第二十二話 簡単
「ここか……」
廃墟群の中央に建つ旧礼拝堂。
その姿はまるで巨大な墓標のようにこちらを見下ろしていた。
近付くほどに胸がザワつく。
この場所には何かがある、そう思わせるには充分すぎる程の不気味さを纏っていた。
「大丈夫だから。入るぞ」
「えぇ……」
不安そうな表情でこちらを見つめてくるアリステラ。
俺も多少の不安はあるが、そんな弱音を吐ける立場ではない。
今にも壊れてしまいそうな歪な音をたてる扉を押し、魔力感知を発動する。
右へ左へ視線を巡らせたが、
——第六信徒が、居ない。
辺りを警戒しながら旧礼拝堂の中へと足を踏み入れた。
魔力感知では少し魔力量の多い人間が何人か居ることは分かったが、六信徒特有の異物感は感じられない。
信徒かと思っていたその人間達は、鎖で縛られ、身動きが取れなくなっているようだった。
「良かった、生きてたのね」
安心したように胸を撫で下ろすアリステラ。
そのまま一人の貴族へと近付くと、口を塞いでいた布を切り離した。
そこで気付いた。
何か見覚えのある人間だとは思っていたが、それが誰かまでは思い出せていなかった。
「……お前、あの時の騎士じゃないか! 『英雄』ヘクトル・エルカディオン!」
煩いほどに輝く装飾品を全身に身につけ、気味の悪い笑みを浮かべる男。
「いや、今は『元英雄』だったか?」
「黙れ」
そのまま舌でも切り落としてやろうかと思ったが、相手は今回被害者だ。
俺が助け出さないといけない相手だ。
「あの時は大変だったなぁ。お気に入りの玩具も盗まれ、地位も財産も失いかけた。全部、お前のせいだ」
「えっと、二人は知り合いなの?」
「うるせぇ! 女は黙ってろ!!」
これが、助け出さないといけない相手?
こんな人間と呼ぶのも憚られるような奴を、俺は命がけで助けようとしていたのか?
「ルシアンを盗んだことは許せることじゃないが……そうだな、お前がアイツの『代わり』になってくれるんなら、許してやっても良い。前から綺麗だとは思っていたが、その眼帯が美しさを際立たせている」
「このクズが」
怒りが収まらない。
ルシアンを玩具呼ばわりし、それだけでは飽き足らず、俺をその代わりとして消費しようとするだと?
反吐が出る。
今ここで、殺してしまったほうが良いんじゃないか?
「殺しちゃいなよ。こんなクズさぁ」
振り返った先に立っていたのは、白いローブを身に纏う少女。
「良いじゃん、殺しても殺人にはならないよ」
少女は貴族へと近付き、その顔を掴む。
何をするのか、それを見届けようと思った。
こいつを守ってやろうなんて、微塵も思わなかった。
「だって、こんな奴『人』じゃないから」
無理やり口を開け、現れた舌を引き抜く。
その一連の動作をまるで繰り返される作業を淡々とこなすように、迷いもなく行っていた。
「やめて!!!」
助ける必要なんてない。
だが、アリステラはそうは思っていなかった。
その行為を止めようと、非力な彼女はただ叫んだ。
止める術を持っていなかったから、叫ぶしか無かったんだ。
俺なら、助けられたのに。
力のある俺は何もせず、力のない彼女は止めようとした。
カイトは、相手が誰であろうと困っている人間は全て助けていたらしい。
アリステラも、今の会話を聞いても尚助けようとした。
なら、俺はどうだ?
かつてルシアンに対して酷い扱いをしていた奴だ。
第六信徒が言うように、人じゃないとすら思えるほどの男だ。
それでも、カイトなら止めていただろう。
コイツがどんな人間だと知っていても、自分にそれを止める力がないと理解していても、一歩を踏み出していたはずだ。
「おっと……危ないなぁ」
眼の前の少女を目掛け、地面を蹴った。
左手には水魔法で生成した剣を握り、首元に刀身を伸ばす。
「アリステラ、貴族達の避難を頼めるか?」
「えぇ、勿論よ!」
あと少しという所で姿を消した少女。
仕留められなかったのは仕方がない。
今の目的はそれではなく、このクズを治療することだった。
光魔法で抜かれた舌を生やしてやり、少しの手加減をしてゴミクズ野郎を蹴り飛ばした。
これで怒りが収まったなど、そんな生ぬるい感情ではない。
それでも、今は守るべき市民だ。
「後で一度殺す」
「そんな物騒なこと言わないの!」
きっと、これが正解なんだろう?
なぁ、『英雄』
「第六信徒、命令通りに俺達は来た。目的は何だ?」
水剣を構えながら、威圧するように問いかける。
だが、それをなんとも思っていない様子で、嘲笑うような笑みを浮かべた。
「ボクは黎明の神子、六信徒が一人。第六信徒ミリエル。殉光の加護を与えられしモノ」
ミリエルは右手を胸に当て、優雅に一礼した。
その所作の美しさは、庶民のものとは到底思えないものだった。
白いフードから現れた夕焼けのような髪は肩まで伸び、ルビーのように『赤い目』が真っ直ぐとこちらを捉えている。
「信徒は戦う前に自己紹介をする決まりでもあるのか? 意外と礼儀正しいんだな」
確か、これまで戦ってきた第五、第四信徒も自己紹介をしていた。
第一信徒はフィエルはしていたが、シフェルはしていなかったはず。
思い出したら気分が悪くなってきた。
口上のようなものなのだろうか。
それにしても、妙に気味が悪く感じる。
「こういうのをなんて言うか知ってる?」
瞬きをした一瞬のすきに、ミリエルは姿を消した。
咄嗟に振り返り、握っていた水剣に更に魔力を流し込む。
——氷に、ならない。
「舐めてるんだよ、元英雄」
耳元に聞こえてきた声。
「背後か」
俺が振り返るのを予測した行動。
だが、気付いた時には既に遅かった。
右肩に、何かが触れた感触。
「気色悪いな、お前」
右腕が熱い液体で覆い隠される。
わざと振り返るよう誘導し、確実に右肩を触れようと企んでいたのだろう。
「ありがとぉー! 褒め言葉として受け取っとくね!」
ミリエルは無邪気な子供のように笑う。
気味が悪いとしか思えないその笑みに、ただ苦笑することしか出来なかった。
「俺を殺すのが目的だったのか? なら、何故貴族やアリステラ達を」
最後まで言葉を発する前に、ミリエルの姿が消える。
話すつもりは無い、ということか。
「キミはボクと戦うことだけ考えてればいいよ。『元英雄』なら、ボクを殺すことなんて簡単でしょ?」
背後から声がしたと同時に、熱が熱湯に浸かったかのような熱を発し始める。
——右目を触られた。
痛い、熱い……が。
「当たり前のことを確認するのも、信徒の決まりか?」
「舐めやがって」
また姿が消えた。
後ろか、前か……。
バカの一つ覚えのように同じ事を繰り返しているだけだ。
魔力感知を発動し、魔力の流れを感じる。
転移魔法というものは、魔力の消費量が極端に多い魔法だ。放出口への負担も酷く、一度使うだけでも相当な労力を消費する。
なら、少し考えれば分かるはずだ。
連続で使えば精度が落ちる。
精度が落ちればどうなるかなんて、答えは簡単だ。
「お前みたいなバカを舐めないほうが難しいだろ」
セレナの作り出した氷槍をを思い出す。
あれはどうやっていた?
もっと思い出せ、あの時の魔力の流れを。
……パキッ
左手に握っていた刀身の先端が白く染まっていく。そこから亀裂のように霜が走り、瞬く間に全体を覆い尽くした。
揺らいでいた水の刀身は輝きを増し、透き通る氷の剣へと変貌していく。
完璧な剣というよりは少し歪な形をしているが、威力は充分だ。
「頭を使え」
——無から現れた少女の胸元に向け、氷の刃が迷うこと無く貫かれた。




