第二十一話 疑念
「どいて。ワタシは神子アリステラを殺さないといけない」
ゆっくりと迫りくる女から守るように、アリステラの前に立つ。
今の俺に守りながら戦うほど器用な真似ができるだろうか。
いや、『最強』なら簡単にできるはずだ。
できるできないを考える事は許されない。
『英雄』ならば、ただ一言しか口にしないだろう。
その答えは勿論、『やる』だ。
「どかないと言えば、どうなる?」
セレナの周りに存在していた氷の粒が一つに纏まり、大きな塊へと変化する。
アリステラに目掛けて放たれるかと思われたそれは、想像とは違う場所へと向けられた。
「右目を狙うとは。性格が悪いな」
「勝利に貪欲なだけ」
氷塊が眼帯に触れようとした瞬間、ただの水へと姿を変える。
音を立てながら地面へと零れ落ち、石畳に大きなシミを作った。
「……ハズレ属性」
「意外と便利だと思うがな。火属性」
氷魔法の弱点があるとすれば、火に弱いことだ。
火属性魔法はハズレ属性と呼ばれており、冒険者や騎士には殆ど適正者が存在しない。
存在していたとしても、精度が低いか魔力量が少ない人間が多い。
ハズレ属性と言われてはいるが、鍛錬をこなして青い炎を作れるようになれば相当な強さになる。
それを知っている人間が少ないせいか、適正が火属性であると分かった途端に冒険者や騎士の道を諦めたり、魔法の鍛錬を一切せず剣術に全振りする人間が多いのだという。
なんとも勿体ない話だ。
そのおかげでセレナは弱点に遭遇すること無く活躍してこれたのだろう。
だが、俺はすべての属性を扱える。
火属性魔法を発動し、周囲に青く光る火の粉を放つ。
どこから氷を放たれたとしても、この火が全て溶かし尽くすだろう。
「俺達も目的は同じだ。彼女は神子アリステラとは別人。見た目も似ていて、名前も同じではあるんだが……」
「……」
自分で言っていて思うが、こんなの誰も信じるはずがない。
どうこの女を倒すか。
正直な所で言えば、今の俺では勝てるビジョンが見えない。
広場で見た魔力量は相当なものだった。
この女は、第六信徒よりも強いだろう。
氷魔法を封じることが出来たとしても、水魔法使い最強の人間だ。
それを対処するには相当骨が折れる。
セレナは言葉を発すること無く、ただ真っ直ぐとアリステラを見つめている。
いつまた攻撃が放たれるか。
神経を集中させ、瞬き一つせずに紺色の髪を眺めた。
「そう……じゃあいい」
だが、そうはならなかった。
彼女から突然殺気が消え、地面から現れていた水の槍が動きを止めた。
……気付いていなかった。
先ほど溶かした水を操り、アリステラを仕留めようと首元へと迫っていた。
あと少しでも彼女の判断が遅れていたのなら、そのまま貫通していたのだろう。
「信じて、くれるの?」
アリステラは警戒しながらも、彼女に問いかけた。
なんとなく、視線を落とした。
水を確認するためか、なんでそうしたのかは分からない。
アリステラの手が、震えている。
ただそのことに気付いたときには、無意識に手が伸びていた。
身体の震えは収まったものの、まだ恐怖は消え去っていないのだろう。
布越しに感じる彼女の体温は、とても冷たく感じた。
「嘘をついているようには見えない。他に仲間はいる?」
「あと二人。戦闘ができる訳じゃないが、回復の腕が良いのが一人、人助けが好きな奴が一人。今は街の見回りを頼んでいるところだ」
「もしかして、エルミナ?」
「えぇ、知り合いなの?」
セレナは目を見開き、黙ってしまった。
彼女が探していた女というのは、セレナのことだったのだろうか。
「……ワタシは戻る。今街が襲われたら大変なことになるから」
確かに、非戦闘員しか居ない状況では危険でしか無い。
これだけの実力者が街を守ってくれるなら安心だろう。
「そういえば、元英雄」
セレナが地面を軽く蹴ると、靴底に氷の刃が現れる。
「復帰おめでとう」
足元だけが薄く凍りつき、それを削りながら街へと姿を消していった。
なるほど、スケートか。
そこに風魔法を組み合わせれば、今以上に移動が楽になること間違いない。
氷魔法、中々応用が効きそうだな。
やはり、後で教えてもらおう。
復帰祝いとして。
「こ、怖かった……」
声を震わせながら、アリステラが呟く。
握っていた手の震えはいつの間にか収まっていたらしく、「ありがとう」と感謝を述べられ手を離した。
「はぁ……」
ため息が聞こえたと思えば、アリステラは勢いよく自らの頬を掌で叩いた。
「こんなことで怯えてちゃダメよね! 今から敵の幹部と戦うんだもの。しっかりしなくちゃ!」
先ほどまでは泣き出してしまいそうな顔で怯えていたというのに。
その全てが演技だったかのように元気な声で、やる気に満ちた表情でそう話す彼女。
「ふっ……」
「何笑ってるの! 私は本気で頑張ってるのにーっ!」
頬を膨らませ、ポカポカと効果音がなりそうなほど軽いパンチを繰り出しているアリステラ。
その姿を見て、また思わず笑みが溢れてしまった。
最近はずっと気を張りすぎていたのかも知れない。
緊張の糸が切れてしまったかのように、笑いが止まらなくなってしまった。
昔はよく笑う人間だった。
好奇心旺盛で、面白そうだと思うものにはすぐ手を出し、様々なことに巻き込まれていた。
その度にヴェルナスやカリスタを困らせ、叱られた。
俺はそれが、どうしようもなく楽しかった。
大人にバレないように三人だけで出かけたり、カリスタの屋敷で上級魔法の試し打ちをしたり。
どれも、提案をするのは俺からだった。
そのせいで盗賊に捕まりそうになったり、部屋を一つ爆破してしまったり。
迷惑な子供だったという自覚はあるが、それでも常に何かをやり続けた。
——二人が困ったように笑う姿が、たまらなく好きだったから。
そんな幸せな時間が永遠に続くものだと思っていた。
そう、思い込もうとしていた。
あの任務よりも少し前、彼女に見放されてからだろうか。
何もかもが変わってしまったのは。
ずっと三人で楽しく過ごしていたと思っていたが、それは勘違いだったのだ。
二人に無理をさせ、嫌々付き合わせてしまっていた。
それからは三人で話すことが無くなり、カリスタとは顔すら会わせなかった。
ヴェルナスとの会話も殆どなく、あの任務以降は毎日ベッドから帝都を眺めるだけ。
笑うことなんて一切無かった。
旅に出てからも、俺しか戦えないという不安感と責任感で気を張りすぎていたのだろう。
楽しい会話の一つもせずに、カイト達からは拒絶しているように見えていたかも知れない。
だが、屋敷で過ごした時間のおかげか少しずつコイツらのことが理解できてきた。
今は仲間達のおかげで、少しだけ前に進めているような気がする。
「分かってる。バカになんかしてないから」
隣で怒るアリステラを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。
今度こそ、期待を裏切らないようにしなくては。
次は絶対に間違えたりなんかしない。
初めはその顔を見るだけで嫌悪感を抱いていたはずの彼女。
『赤目』は重罪人の証であるという考えに、いつの間にか自分も染められてしまっただけだった。
かつては嫌悪していた偏見を、押し付ける側へと回ってしまっていた。
彼女は先天性の赤目なのだろう。
なら、警戒する必要なんて無かった。
いつの間にか、アリステラへと抱いていた疑念は
——『信頼』へと変わり始めていた。




