第二十話 才能を持つ者
「ヘクトル!」
勢いよく開かれた扉から、白銀の髪が視界に飛び込んできた。
「聞いた? さっきの声!」
「あぁ」
ベッドから起き上がり、アリステラの方向へと身体の向きを正す。
彼女がどのような反応をしたのか。
少しばかり気になっていたその答えが、眼の前に現れた。
普段は綺麗に整えられているシルクのように美しい髪は乱れ、胸が激しく上下している。
酷く動揺しているのか、服も着替えていないようだった。
「ヘクトルは、罠だと思う?」
不安そうにこちらを見つめる赤い瞳。
少し涙ぐんでいるせいか、輝いているように見える。
「思う」
「即答ね……」
二人だけで来いと言われ、罠じゃないほうがおかしいだろう。
何故俺を呼び出すのか。相手の目的は何も分からないままだが、向かわないという選択肢もない。
正直『英雄』らしくない考えだが、貴族のことはどうでもいいと思っている。この街に住む貴族達は殆どが違法な取引に手を染めている。
団長が動かないせいでしっかりとした調査ができず、未だに野放しになっている者が多い。
四年前に捕まえることが出来た貴族も、あからさま行動が多すぎたせいで捕まった大馬鹿者だ。
そんなロクデナシな連中であるということは、この街に住まう人間なら誰もが知っていた。
昨日、アリステラから聞いた話では『貴族が連れて行かれた時、街の住民には被害が無かった』と言う。
誰も、貴族を守ろうとはしなかったのだろう。
ただの一般市民がどうこうしろという訳では無いが、あの場にはこの街に派遣されている騎士も居たはずだ。
自業自得であると言えばそうだが、あの『英雄』はそんな貴族を守るために一歩を踏み出したらしい。
結果だけを見れば守りきれてはいないものの、誰が相手だろうが守ろうとした。
行動をした。
俺がカイトのように非力であれば、仕方がないと見捨てていただろう。
「……流石だな、『英雄様』」
◇◇◇
「アタシ達は行かないほうが良いみたいね」
カイトとエルミナも合流し、四人で一つのテーブルを囲むように腰掛けている。
朝食を取ってから向かうということになり、数々の料理が並べられていた。
カイトの胃袋を考慮しての量だったが、今日はあまりにも手が動いていない。
「どうしたの? カイト、体調でも悪い?」
「普段は三人前でも足りないと言う癖に、今更少食アピールか?」
「ちょっと、そんな言い方しないの! 無理して食べなくてもいいからね、残った分はヘクトルが全部食べるから」
カリスタの屋敷で共同生活をしていたせいか、俺の扱いが雑になってきて気がする。
こんな茶番をしていても、カイトは何も答える様子は無い。
ただゆっくりと咀嚼するのみだった。
どうせ、何もできないことに対して無力感でも感じているんだろう。
自分は『英雄』なのに、昨日から何も出来ていない、といったところか?
本当に、どこまでも癪に障る男だ。
「二人には街の見回りを頼みたい。奴らの目的が完全に分かっていない以上、一般市民に対しても何か仕掛けてくる可能性が充分にある」
「えぇ、分かったわ」
「……」
エルミナは返事をしたが、隣のバカは何も言わずに咀嚼を続けている。
お前、その肉何分噛んでるんだよ。
「アリステラのことは俺が守る。今、お前の役割は何だ? バカなことを考えている暇はない。分かるよな、『英雄』」
「あぁ、分かってるよ」
何も、分かっていないだろうな。
「エルミナ、カイトが変な動きをしないように見張ってくれ」
「はぁーい。わかったわ」
何かを叩くような音が聞こえると同時に、カイトが立ち上がった。
「変な動きなんてしねぇよ! ちゃんと分かってるから、別に見張らなくても……」
「お前一人の勝手な行動で、人が死ぬかも知れないんだぞ」
死の恐怖を感じているくせに、誰かが死んでも治せばいいと楽観的な考えをしている。
あまりにもバカだとしか言いようがない。
「能力を使うのも禁止だ。エルミナが側にいるなら大丈夫だとは思うが、一応な」
「……」
それ以上カイトが口を開くことはなかった。
空になった皿を見つめ、ただ呼吸をするだけ。
「私たちのことは気にしないで。ヘクトルが居るんだから、絶対に死なないわ! カイトは、街の人達をちゃんと守ってあげて。あ、無理だけはしちゃダメよ?」
左手でカイトの顔をアリステラに無理やり向けさせ、右手の人差し指でその唇に指を指す。
「めっ、よ?」
笑顔でカイトにそう言うアリステラの姿は、まるで小さい子供に躾をする母親のように見えた。
◇◇◇
大量に並べられた食事を無理やり身体に詰め込み、二人だけの行動が始まった。
ローデルの街並みは、とても整備されている。
綺麗な造形の建物に、広場には美しい噴水。
初めて訪れる人々は、口を揃えて言う。
『ここは、この国で最も綺麗な街だ』
表面的なものだけを見れば、確かにそうかもしれない。
だが、綺麗なのは貴族たちが通る表通りだけ。
少し裏通りに入ってしまえば、まるで違う街にでも来たかのように雰囲気を変えてしまう。
光があまり入らず、薄汚い建物が多く並んでいた。
旧礼拝堂も、そんな裏の世界の先に佇んでいる。
裏通りを抜けた先で、周りを警戒しながら足を早めた。
——付けられている。
人数は一人。
信徒か? 二人で向かっているかを監視している、と言う可能性もありえる。
いや、そうであってくれたほうがずっとマシだ。
こういう時に思うのは、何故自分には片目しか残っていないのかと言うことだ。
両目があれば、ずっと楽だったはずなのに。
「ねぇ、ヘクトル」
アリステラが言葉を発した。
何を言ったのかも聞こえなかった程、『空気が凍る音』が耳を掠めて消えた。
反射的にアリステラの肩を掴み、後方へと引き寄せる。
「クソ……」
身体が鈍っているという事実をこんな形で再認識するとは。
アリステラの身体が後方へと下がり、その勢いのまま地面へと尻をつく。
それと同時のことだった。
——巨大な氷槍が眼の前を通過したのは。
あと少し、一秒でも反応が遅れていれば、今この場にアリステラは居なかっただろう。
もっと早く気付けたはずだ。
こんなことでは、第六信徒なんて倒せない。
アリステラに視線を向けると、顔を真っ青にしながら身体を震わせている。
「立てるか?」
返事はなかったが、アリステラは差し出した左手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
明確な、殺意。
先程からつけてきている人間の仕業だろう。
やはり、信徒などでは無かった。
あの攻撃は……
『氷魔法』
この世界には七種類の魔法が存在するが、氷魔法なんてものは存在していない。
だが、高精度の水魔法を扱う人間が温度を調節することによって、氷魔法を生み出したのだと。
圧倒的な魔力量と高精度な技術が必要なため、他に試そうとする人間など居なかった。
今この世界でそれを扱えるのは、生み出した本人だけだ。
もし出会えたならば使い方を教えてもらおうと思っていたが……その願いはどうも叶いそうにないらしい。
足音が近付いてくる。
ゆっくりと、一歩ずつ。
「神子、アリステラ」
紺色の長髪を靡かせ、現れた女。
「見つけた」
氷の粒が周囲を舞い、水色の瞳はアリステラを捉えたまま離さない。
噂には聞いていたが、本人と顔を会わせるのは初めてだ。
「お前が『セレナ・アークライト』だな」
広場で殺意を放っていたのは、この女だったのだろう。
あれ程の魔力量の人間なんてそう居ない。
だが、眼の前の女ならば納得がいってしまう。
俺でさえ扱えない氷魔法を使うこの女こそ、『氷の魔女』の異名を持つ
——水魔法使い最強の人間だ。




