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神滅の魔剣士は英雄になれない  作者: 意思疎通
第二章 ローデル動乱

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第二十話 才能を持つ者

「ヘクトル!」


 勢いよく開かれた扉から、白銀の髪が視界に飛び込んできた。


「聞いた? さっきの声!」

「あぁ」


 ベッドから起き上がり、アリステラの方向へと身体の向きを正す。

 彼女がどのような反応をしたのか。

 少しばかり気になっていたその答えが、眼の前に現れた。


 普段は綺麗に整えられているシルクのように美しい髪は乱れ、胸が激しく上下している。

 酷く動揺しているのか、服も着替えていないようだった。


「ヘクトルは、罠だと思う?」


 不安そうにこちらを見つめる赤い瞳。

 少し涙ぐんでいるせいか、輝いているように見える。


「思う」

「即答ね……」


 二人だけで来いと言われ、罠じゃないほうがおかしいだろう。

 何故俺を呼び出すのか。相手の目的は何も分からないままだが、向かわないという選択肢もない。


 正直『英雄』らしくない考えだが、貴族のことはどうでもいいと思っている。この街に住む貴族達は殆どが違法な取引に手を染めている。

 団長が動かないせいでしっかりとした調査ができず、未だに野放しになっている者が多い。

 四年前に捕まえることが出来た貴族も、あからさま行動が多すぎたせいで捕まった大馬鹿者だ。

 そんなロクデナシな連中であるということは、この街に住まう人間なら誰もが知っていた。


 昨日、アリステラから聞いた話では『貴族が連れて行かれた時、街の住民には被害が無かった』と言う。

 誰も、貴族を守ろうとはしなかったのだろう。

 ただの一般市民がどうこうしろという訳では無いが、あの場にはこの街に派遣されている騎士も居たはずだ。

 自業自得であると言えばそうだが、あの『英雄』はそんな貴族を守るために一歩を踏み出したらしい。

 結果だけを見れば守りきれてはいないものの、誰が相手だろうが守ろうとした。

 行動をした。


 俺がカイトのように非力であれば、仕方がないと見捨てていただろう。


「……流石だな、『英雄様』」


◇◇◇


「アタシ達は行かないほうが良いみたいね」


 カイトとエルミナも合流し、四人で一つのテーブルを囲むように腰掛けている。

 朝食を取ってから向かうということになり、数々の料理が並べられていた。

 カイトの胃袋を考慮しての量だったが、今日はあまりにも手が動いていない。


「どうしたの? カイト、体調でも悪い?」

「普段は三人前でも足りないと言う癖に、今更少食アピールか?」

「ちょっと、そんな言い方しないの! 無理して食べなくてもいいからね、残った分はヘクトルが全部食べるから」


 カリスタの屋敷で共同生活をしていたせいか、俺の扱いが雑になってきて気がする。

 こんな茶番をしていても、カイトは何も答える様子は無い。

 ただゆっくりと咀嚼するのみだった。


 どうせ、何もできないことに対して無力感でも感じているんだろう。

 自分は『英雄』なのに、昨日から何も出来ていない、といったところか?

 本当に、どこまでも癪に障る男だ。


「二人には街の見回りを頼みたい。奴らの目的が完全に分かっていない以上、一般市民に対しても何か仕掛けてくる可能性が充分にある」

「えぇ、分かったわ」

「……」


 エルミナは返事をしたが、隣のバカは何も言わずに咀嚼を続けている。

 お前、その肉何分噛んでるんだよ。


「アリステラのことは俺が守る。今、お前の役割は何だ? バカなことを考えている暇はない。分かるよな、『英雄』」

「あぁ、分かってるよ」


 何も、分かっていないだろうな。


「エルミナ、カイトが変な動きをしないように見張ってくれ」

「はぁーい。わかったわ」


 何かを叩くような音が聞こえると同時に、カイトが立ち上がった。


「変な動きなんてしねぇよ! ちゃんと分かってるから、別に見張らなくても……」

「お前一人の勝手な行動で、人が死ぬかも知れないんだぞ」


 死の恐怖を感じているくせに、誰かが死んでも治せばいいと楽観的な考えをしている。

 あまりにもバカだとしか言いようがない。


「能力を使うのも禁止だ。エルミナが側にいるなら大丈夫だとは思うが、一応な」

「……」


 それ以上カイトが口を開くことはなかった。

 空になった皿を見つめ、ただ呼吸をするだけ。


「私たちのことは気にしないで。ヘクトルが居るんだから、絶対に死なないわ! カイトは、街の人達をちゃんと守ってあげて。あ、無理だけはしちゃダメよ?」


 左手でカイトの顔をアリステラに無理やり向けさせ、右手の人差し指でその唇に指を指す。


「めっ、よ?」


 笑顔でカイトにそう言うアリステラの姿は、まるで小さい子供に躾をする母親のように見えた。


◇◇◇


 大量に並べられた食事を無理やり身体に詰め込み、二人だけの行動が始まった。

 ローデルの街並みは、とても整備されている。

 綺麗な造形の建物に、広場には美しい噴水。

 初めて訪れる人々は、口を揃えて言う。


『ここは、この国で最も綺麗な街だ』


 表面的なものだけを見れば、確かにそうかもしれない。

 だが、綺麗なのは貴族たちが通る表通りだけ。

 少し裏通りに入ってしまえば、まるで違う街にでも来たかのように雰囲気を変えてしまう。

 光があまり入らず、薄汚い建物が多く並んでいた。

 旧礼拝堂も、そんな裏の世界の先に佇んでいる。


 裏通りを抜けた先で、周りを警戒しながら足を早めた。


 ——付けられている。


 人数は一人。

 信徒か? 二人で向かっているかを監視している、と言う可能性もありえる。

 いや、そうであってくれたほうがずっとマシだ。


 こういう時に思うのは、何故自分には片目しか残っていないのかと言うことだ。

 両目があれば、ずっと楽だったはずなのに。


「ねぇ、ヘクトル」


 アリステラが言葉を発した。

 何を言ったのかも聞こえなかった程、『空気が凍る音』が耳を掠めて消えた。

 反射的にアリステラの肩を掴み、後方へと引き寄せる。


「クソ……」


 身体が鈍っているという事実をこんな形で再認識するとは。

 アリステラの身体が後方へと下がり、その勢いのまま地面へと尻をつく。

 それと同時のことだった。


 ——巨大な氷槍が眼の前を通過したのは。


 あと少し、一秒でも反応が遅れていれば、今この場にアリステラは居なかっただろう。

 もっと早く気付けたはずだ。

 こんなことでは、第六信徒なんて倒せない。


 アリステラに視線を向けると、顔を真っ青にしながら身体を震わせている。


「立てるか?」


 返事はなかったが、アリステラは差し出した左手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


 明確な、殺意。

 先程からつけてきている人間の仕業だろう。

 やはり、信徒などでは無かった。

 あの攻撃は……


 『氷魔法』


 この世界には七種類の魔法が存在するが、氷魔法なんてものは存在していない。

 だが、高精度の水魔法を扱う人間が温度を調節することによって、氷魔法を生み出したのだと。

 圧倒的な魔力量と高精度な技術が必要なため、他に試そうとする人間など居なかった。

 今この世界でそれを扱えるのは、生み出した本人だけだ。

 もし出会えたならば使い方を教えてもらおうと思っていたが……その願いはどうも叶いそうにないらしい。


 足音が近付いてくる。

 ゆっくりと、一歩ずつ。


「神子、アリステラ」


 紺色の長髪を靡かせ、現れた女。


「見つけた」


 氷の粒が周囲を舞い、水色の瞳はアリステラを捉えたまま離さない。

 噂には聞いていたが、本人と顔を会わせるのは初めてだ。


「お前が『セレナ・アークライト』だな」


 広場で殺意を放っていたのは、この女だったのだろう。

 あれ程の魔力量の人間なんてそう居ない。

 だが、眼の前の女ならば納得がいってしまう。

 

 俺でさえ扱えない氷魔法を使うこの女こそ、『氷の魔女』の異名を持つ


 ——水魔法使い最強の人間だ。

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