第十九話 向き合えた先にあるもの
「ヘクトル! 良かった、無事だったのね!」
カイト達と合流しようと宿へ戻る途中、背後から声が聞こえてきた。
振り返った先に見えたのは、白銀の髪を揺らしながら駆け寄ってくる女。
「アリステラ。一般人は無事、避難できたのか?」
そして、その後ろから着いてくる男が一人。
街中が騒がしいのに反し、バツの悪そうな表情で静かにこちらに近付いてくる。
「それが……」
アリステラが言いにくそうに顔を背け、伝えることを拒んでいるようだった。
何かあったんだろうな。
正直な所、そこまで驚きはしない。
この二人では明らかに戦力不足だ。
避難誘導中に他の信徒が襲ってくれば、守りきれないことは簡単に理解できる。
「貴族が、連れ去られたんだ。あの信徒達に」
口を開かないアリステラを庇うように、黙っていたカイトが代わりに説明する。
「貴族だけか?」
「えぇ。急に白いローブの人達が現れて、貴族の人達だけを連れ去っていったの。抵抗しようと思ったんだけど、私達じゃ手も足も出なくて……」
「ごめん」
カイトの表情が暗い。いつもはあんなにも明るく、黙っていても煩いと感じる程なのに。
どうせ、自分は『英雄』なのに守れなかった、何も出来なかったと申し訳無さでも感じているんだろう。
バカバカしい。
お前は与えられた役割を、自分のできる範囲でやりきったんだろう。
なら、それだけで充分だ。
「やられたわね」
ヒールの硬い足音が聞こえ、その方向へと顔を向ける。
視界に写ったのは、うぐいす色の髪。
「あの女は、貴族を攫うための足止めか」
「そうでしょうね。本当ならもっと活躍出来ると思っていたのだけど……申し訳ないわ」
「相手は闇魔法使いだった。仕方ないと言えば甘えのように聞こえるかも知れないが、初見で対処するのは難しいだろう」
不規則な呼吸を繰り返しながら、エルミナがゆっくりと近付いてきた。
あの『加護』と転移魔法を扱える『闇魔法』。
六信徒の末端とはいえ、流石の実力だと言わざる負えない。
だが、俺が超えなければいけない壁はこれ以上に高い。圧倒的に、第一信徒の方が上だ。
こんな所で躓いているような奴が、『英雄』になんてなれるはずがないだろ。
「そういえば、あの女は『明日の朝を楽しみにしておけ』と言っていた。なにか行動を起こすとすれば、その時だろうな」
「なるほどね。なら、今日はもう何もないだろうし、さっさと宿で休まない? アタシ、走ってきたから汗かいちゃったわ」
まだ太陽は高く登っており、時刻は十二時を回ったばかり。
だが、その意見には賛成だった。
アイツと、自分の過去と向き合う心の準備をしなくてはいけないのだから。
◇◇◇
自室に戻り、真っ直ぐとベッドに向けて飛び込んだ。
まだ、右腕の痛みが残っている。
最近ずっと感じていたはずの痛み。それよりも、それとは全く比べ物にならない程の痛みだった。
あの時の光景が、脳に焼き付いて離れない。
奴の長い爪に突き刺さり、白目さえも真っ赤に染まっていた瞳。
あの男の楽しそうな笑い声。
……ヴェルナスの表情。
全て思い出したくもない記憶。
体内から何かが溢れ出しそうな不快感。
右腕を抑えることしか出来ず、ただその場で蹲るだけだった。
それでも、今日は違った。
いつもなら『死の恐怖』を感じた途端に動かなくなる身体が、右腕の痛みを感じながらも魔法を放った。
思考が恐怖で埋め尽くされるのではなく、次に取る行動を選択していた。
——俺は、変われる。
ケジメを付けることは、今は難しいかもしれない。
それでも、今日動けたのは事実だ。
動けないはずの弱い自分を、敵を倒すために立ち向かえる強い人間として偽った。
演じれた。
もう、昔の俺とは違う。
後悔した所で過去は変わらない。そんなことは充分理解している。
だから俺は今出来ることを探さなくてはいけない。
今度こそ、大切な人を傷つけないように。
もう、間違わないように。
誰もが思う最強の『英雄』となるんだ。
俺は、必ず前に進んで見せる。
それがどれだけ自分を犠牲にすることになったとしても。
◇◇◇
煩い鐘の音で目が覚めた。
街全体に響き渡らせるためか、何度も何度も打ち付けられている。
「うるさいな」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
上体を起こし、この騒音被害の犯人を探すため窓の外を眺めた。
広場には、やけに多くの人が集まっている。
皆この音に苦情を入れるためだろうか。
「えーっと、そろそろいい? まだダメ?」
広場に立つのは、白いローブを身に纏う三人の人間。
昨日の女が真ん中に立ち、隣の男に何か確認をしているようだった。
「ヨシ、もういいでしょ!」
一呼吸置いた後、女は大声で言う。
「神滅の魔剣士、ヘクトル・エルカディオン! 白銀の少女アリステラと共に、旧礼拝堂に来なさい! あ、他の人連れてきたら貴族達殺しちゃうからねーっ」
満面の笑みを浮かべる女。
その声が聞こえたと同時に、広場に強烈な魔力が溢れるのが分かった。
急いで魔力感知を発動するが、既に多量な魔力で広場が埋め尽くされている。
どこから発生したものかを突き止めるには、行動が遅すぎた。
裸眼で見ても気付くほどの魔力量。
あの信徒の魔力だろうか?
……いや、違うな。
これは、『殺意』から溢れた魔力だ。それに、魔力色から水魔法の使い手である可能性が高い。
なら、これは別の勢力がこの街に来ているということだろう。
それも相当な手練であると分かる。
敵か味方か分からない以上、警戒しなくてはならない。
警戒対象が増えたのは喜ばしいことではないが、信徒への恨みがある人間だというのは間違いないだろう。
邪魔さえしてこなければ、どうでもいい。
思考を巡らせていると、信徒は転移魔法で何処かへと消えてしまった。
旧礼拝堂、か。
昔はよく『神』に祈りを捧げるために貴族たちが訪れていたと聞いたが、今はそんな面影もないほどに寂れてしまっている。
——何かが、おかしい。
奴の目的がアリステラなら、何故昨日の時点で攫わなかった?
彼女は、手も足も出なかったと言っていた。
簡単にそれが出来たはずだ。こんな回りくどいやり方をする理由が分からない。
何故、俺まで名指しした?
そして、昨日言っていた『合格』とは何だ?
「不愉快だな」
考えれば考えるほど、理解できないことばかりだ。
なら、もう思考することはやめだ。
理由がどうだったとしても関係はない。
アリステラが狙われていようが、俺が試されていようがどうでもいい。
これは、『英雄』の復帰戦だ。
アイツを倒し、自信を少しだけでも取り戻すためだけの戦い。
ただ仕留めればいい。何も考えず、自分の強さを思い出せば良い。
俺を誰だと思っているんだ?
俺は、『神滅の魔剣士』だ。
大丈夫。あんな末端に殺されるほどやわな人間じゃない。
そんなこと、俺が一番わかってるはずだろ?
恐怖を感じる必要なんてないんだ。簡単に、倒せるはずなんだ。
とにかく今は、第六信徒の一人を倒したという事実が欲しい。
忌まわしいあの男と同じ、『六信徒』の一人を……。
そうすれば、更に大きな殻を身に纏う事ができる。
それを繰り返すしか今の俺に出来ることはない。
そうするしかないんだ。
——最強の『英雄』を演じるために、俺は死ぬ気で戦い続ける。




