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神滅の魔剣士は英雄になれない  作者: 意思疎通
第二章 ローデル動乱

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第十八話 傷跡

「……そう」


 エルミナの笑みが、固まったように見えた。

 回復魔法が効かない人間なんて、この世に存在しているなど思っても見なかったのだろう。


「信じられないか」

「まぁ、そうね。今までの人生で、アタシが治せなかった傷は無いもの」


 視線を逸らし、暗くなった窓の外を眺めた。

 俺だってそうだ。


 『昔は治せた』傷が、治らなくなったなんて、初めは信じられなかった。

 それでも、これは現実。この腕が魔法で生えることはなく、右目に光が戻ることもない。


「治るか、試してみない?」

「無駄な魔力を消費することになる。明日に備えてもう寝ろ」

「でも、治るかもしれないわよ?」


 何故こんなにも必死なのか。

 完璧な俺じゃないと、明日が不安だというのだろうか。

 第六信徒相手に勝てない可能性があるということが、気に食わないのだろうか。


「……虚しくなるだけだ」


 そう伝えると、エルミナは諦めたのか黙り込んだ。

 先ほどまでは余裕そうな笑みを浮かべていたにも関わらず、今の彼女にその面影はないほど表情に焦りが見える。


「……ねぇ、ヘクトルくん」

「なんだ」

「その体質って、生まれつき?」


 生まれつきなら、どれだけ良かったことだろう。


「答える義理はないな」

「そう……」


 エルミナは空を見上げ、小さく何かを呟いた。


「厄介ね」


◇◇◇


 眩しい日差しを浴びながら、ローデルの中央広場へと足を進めていた。

 周りには商人や街人で賑わっており、景気の良さが伺える。

 どこに奴らが現れるのか。分からないからこそ、広場へ向かうのが最善だと判断した。


 この中央広場は見晴らしが良く、街全体を見渡すには最適な場所と言える。

 街全体が広く、魔力感知で全てを把握するのは少々骨が折れる行為だ。

 だが、その心配必要無かったらしい。


「……来た」


 視界の先には、白いローブを身に纏う人間が一人。

 忌々しい勲章が胸元で光を放ち、異様なオーラを放っている。


 近付きたくない。

 このまま逃げられるのなら、そうしてしまいたい。


「アリステラ、カイト。ここにいる人間の避難誘導を頼む」

「えぇ、分かったわ!」


 だが、俺は演じなくてはならない。

 目の前の敵に対して、怖気付いている暇なんてない。


「俺も戦う。万が一ヘクトルがやられたとしても、俺が居れば安心だろ?」


 バカなのか?

 俺が精一杯演じようと、自分の心を偽ろうと必死になっているというのに。

 この男は、簡単に誰かを救うことを第一に優先している。


 それでも、その判断は間違いだ。

 確かに俺が死んでしまった場合、詰みの状況になってしまうだろう。

 だが、俺は死んでも死ななくても、カイトの力を借りることはしない。

 必ず、自分の力だけで解決して見せる。


 それが、『英雄』に戻るために必要な結果だ。


 誰の手も借りなかったという結果だけが残れば、それは自信になる。


「俺は死なない。エルミナの回復魔法はこの国一だと聞いただろ」

「……」


 仲間に話していないのか。そんな声が聞こえてきそうだったが、エルミナは口を開かなかった。

 今起きた出来事に、意識が持っていかれたのだろう。


「ねぇ、『元英雄』」


 右肩を叩かれた。

 目の前に居るカイトではない。

 左隣に立っているエルミナでもない。

 避難誘導をしているアリステラでもない。


 ——なら、この手は一体誰の?


「キミは、何人殺した?」


 痛い。

 痛い、痛い、痛い、痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 熱が、腕を覆う。

 いつもの痛みとは違う。比べ物にならないほどの痛み。

 右腕を抑えると、掌が濡れた。

 温かい。

 ……いや、熱い。


 怖い、怖い、痛い、苦しい。


 呼吸の仕方が分からない。

 俺は今、生きているのか?


「何が起こったか分からないでしょ?」


 右腕に視線を向けた。

 確認しないほうが、この現実と向き合わずに済むだろう。

 それでも、見ずにはいられなかった。


「……ぁ、あ、ああ」


 そこから先が抉り取られたかのように、骨や肉が剥き出しになり、どくどくと血が溢れて止まらない。


「あ、キミは邪魔だからどっか行っててよ」


 その声が聞こえると同時に、戦闘態勢に入っていたはずのエルミナの姿が消えていた。

 光魔法には回復以外にも攻撃魔法が存在するが、種類も少なく威力も低い。

 それでも、ないよりはマシだと加勢しようとしてくれたのだろう。


「過去は消えない。キズもまた同じ」


 腕が痛くて仕方ない。

 それでも、それでも——


 俺は、『英雄』にならなくては。


 火属性魔法を発動し、右腕の傷口に向けて放った。

 止血しなければ、このままではいずれ死に至る。

 ならば、多少の痛みを感じても焼いてしまったほうが生き延びる確率は上がるだろう。


「……くっ」


 分かってはいたが、痛い。熱い。

 意識が飛びそうなほどの強烈な痛みと熱が右腕を襲う。

 なんでこんな事をしないといけないのだろうか。

 こんなにも身体を張ることに、意味なんてあるのか。


「おぉ! 咄嗟の判断にしてはいいんじゃない? ……ところで、そこのキミは何してるの? 何も出来ない、出来損ないのニンゲンには興味ないんだケドー」

「……っ! お、俺は!」


 英雄であるこの男が、出来損ないだと?

 なら、俺は何だと言うんだ。


「他にも信徒が来ているかもしれない。こんなところで突っ立っている暇なんて無いはずだろ」


 はやく動けよ。

 今までも、恐怖に打ち勝って来たんだろ?


「『英雄』!! お前の役割は何だ?!」

「俺は……」

「戦うことか? いいや、違うな。一般市民の安全を確保することだ」


 今の俺を見て、安心しろだなんて言うことは出来ない。

 ここは任せろなんて言えない。

 それでも、お前の役割を伝える事は出来る。


「急げ。アリステラを一人にするんじゃない」

「……ごめん」


 そう一言口にすると、カイトは微量の風魔法を纏いながら走り去る。

 そうだ、それでいい。

 『英雄』であるお前はそうでなくてはいけない。


「いいの? 行かせちゃってさぁ。キミ一人でボクに勝てるのかなぁ?」


 口をとがらせながら、左右に頭を揺らす女。


「この傷、お前を殺せば元に戻るのか?」

「いーや? ボクがキミの見えない所まで離れたら戻る。その焼いた傷跡も、昨日までと同じように治るはずだよ」


 そうか。

 それが分かれば充分だ。

 

「あの第六信徒サマがボクっ娘だとはな。キャラが立つことを意識しすぎなんじゃないか?」

「急に何? ボクを煽ってるのかな」


 草魔法を発動し、女の足元にツタを巻き付け固定。

 身動きが取れなくなった所を雷魔法で仕留める。


「無駄だよ? あまりボクを舐めないでほしいな。『六信徒』の一人であるボクが、こんな簡単な罠にかかるはずがないでしょ」


 だが、そう上手くは行かないのが現実というものだ。


「キミは今でも夢を見る?」


 足を固定したはずが、声の方向は真後ろ。

 なるほど、転移魔法か。


「仲間が死ぬ夢」


 足の方向を即座に切り替え、水魔法を発動。

 巨大な水の塊が女の顔を覆い、空気が口から溢れているのが分かる。


「腕を失った瞬間の夢」


 水が落ちる音と共に、背後から声が聞こえた。


「大事な人が傷ついた時の夢」


 腕の痛みのせいか、上手く力が入らない。


「『英雄』じゃなくなった日の夢」

「——黙れ」


 風魔法を身体に纏い、地面を蹴る。

 一息で間合いを詰め、炎で生成した剣が女の首元へと迫った。


「ボクの『加護』はね、傷を開く。でも、それだけじゃない」


 今出せる精一杯の力を左腕に込め、剣を振るった。


「忘れたい過去も思い出させる」


 完全に、仕留めたと確信した。

 だが、女は笑う。


「合格。明日の朝、楽しみにしといて!」


 首に剣が触れようとした時、女は既にそこには居なかった。


 ……逃亡。


 右腕の傷は塞がり、昨日までと同じ見た目に戻っている。

 あれだけの余裕があったなら、俺を仕留めることさえ簡単にできたはずだ。

 それなのに、アイツは消えた。

 

 ——俺は今も、欠けた人間として生きているのに。

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