第十七話 利き手
「アタシの名前はエルミナ・クロリア。一般冒険者なの」
そうか、コイツがエルミナ……。
この国の人間ならば、彼女の名前を知らないはずがない。
グランヴェル帝国一の回復魔法を扱える人間。
国営冒険者だと聞いていたが、今は一般に移っていたとは。
「そんな有名人が、俺達に何の用だ?」
糸目のせいで表情が読みにくい。
常に微笑んでいるように思えるが、アリステラを睨んでいるようにも見える。
「キミ達の方がよっぽど有名人でしょ? 神滅の魔剣士に現英雄。そして、神子アリステラ」
「私は神子じゃないわ! 別人なの……」
「ふうん?」と疑うような声を漏らし、エルミナは話を続けた。
「まあいいけれど。アタシはキミ達と交渉がしたいの。まずは、旅に同行させてくれない?」
「それは交渉の内容次第だ。今このパーティには光魔法を使う人間が二人いる。ヒーラーは必要としていないからな」
実際、この国一番の光魔法使いが同行してくれるというなら、それ以上に安心できることなんて無い。
実力不足だが無茶をする男と、魔力量に不安のあるヒーラー。
回復できるのは実質俺だけと言っても過言ではない。
だが、俺は戦闘をメインにしているせいで他の仲間を回復するのに遅れが生じてしまう。
とても魅力的な提案だと思う。それでも、軽率に判断するわけにはいかない。
この女、何かを企んでいる可能性が高い。
神子アリステラ本人だと思っていたのなら、普通は避けたがるものだ。
それなのにこの女は旅に同行したいという。
怪しいという他ないだろう。
「なるほどねぇ。でも、そこのアリステラちゃん。そんな魔力量で充分な回復が出来るのかしら?」
「回復は俺も出来る。アリステラは応急処置をするだけでいい」
「ヘクトルくんはこのパーティのメインアタッカーでしょう? 回復にまで手が回るのなら素敵だと思うけれど……今のキミには難しそうに見えるわね」
言い返す言葉も出てこない。
以前の俺なら簡単にこなせただろうが、今の俺にとっては難しいだろう。
「そうだとしても、他のヒーラー雇うことだって出来るんだよ。さっさと交渉の内容教えてくんないか?」
「あら、カイトくんの言う通りね。早く話を進めましょう」
言葉に詰まった俺を助けるように、カイトが割り込んできた。
今だけは、コイツに感謝しても良いかもしれないな。
「アタシは今、とある女の子を探しているの。その子はたった一人で黎明の神子を追っている。キミ達も目的は同じでしょう? 同行させてもらえれば、その子を見つけられると思ったのよ」
「一人で探せばいいだろ。わざわざ俺達と共に行動する必要性が感じられないな」
「そんなの、理由は一つよ。『面白そう』だから」
下手な理由を並べられるよりも、笑顔で告げられるその言葉のほうが信憑性があった。
確かに、第三者から見れば異質な三人組ではある。
命知らずな人間ならば、確かに面白そうだと思っていまうのだろう。
本当にこれだけの理由ならば、同行してもらえたほうが圧倒的にカイトの死亡回数が減るだろう。
それに、下手なヒーラーを雇うよりも身元がハッキリしている人間のほうが安心だ。
「交渉成立だ。これからよろしく、エルミナ」
「へぇー……思っていたよりも簡単に了承してくれるのね。意外だわ」
「怪しい動きをすれば、すぐにでも殺せるからな」
「あら怖い。殺されたくないから、精一杯お仕事するわね。ヨロシク」
◇◇◇
「これからどこへ向かうつもりなの?」
食事を終え、四人で冒険者へと足を進めていた。
行き先を知らないエルミナが質問を投げかけてくる。
「冒険者ギルドだ。あそこなら、何かしら情報が掴めるだろうと思ってな」
「騎士様が冒険者ギルドに足を踏み入れるなんて、辞めたほうが良いんじゃない? 神聖な身体が汚れてしまうわよ?」
正直なところ、冒険者ギルドという存在は知っているものの、実際に訪れたことはまだない。
よくあるファンタジー作品では、情報を集めるためにギルドへと向かうという流れが多く存在している。
「そうなのか? 情報が手に入りやすい場所だと思ってたんだが」
「情報はよく集まる。でも、こういう街にあるのは一般冒険者用ギルドよ。国に仕える騎士様が訪れるには、少し血の気が多すぎるわ」
「……そういうものなのか」
少し憧れていたのだが、そういうことなら仕方がない。
他に情報が入りやすい場所といえば、酒場だろうか。
「それに、奴らについて調べる必要は無いわ。今から宿を取って一日休みましょう」
「どういう事だ?」
この街に向かっているという情報しか手元になく、いつ現れ、何を目的としているのか分からないのに。
この女は一体、何を言っているんだ?
「黎明の神子が現れるのは明日の昼。何をしに来るのかは分からなかったけれど、今の現状で手に入るのはこれだけよ。冒険者ギルドでも、酒場でも、誰に聞いてもこれ以上は分からないでしょうね。奴らは情報を漏らすことのほうが少ない。これだけ分かっているだけでも充分でしょ?」
その物言いから、先に情報を集めていたのだと分かった。
なら、明日のために身体を休めたほうが良いという意見には賛成だ。
「俺は今から宿で休む。お前達は好きなように過ごしとけ」
それだけ告げ、宿を探すために歩き出した。
◇◇◇
宿で休み、気が付けば日が暮れていた。
明日には黎明の神子がこの街に訪れる。
正直、戦えるのが俺だけなのは不安でしか無い。
「ねぇ、少し話をしない? どうせまだ寝ていないでしょう?」
ノック音が聞こえた後、女の声が扉の奥から聞こえた。
カイトとは違い、常識があるのは素晴らしいことだと思う。
ドアノブを捻り、現れた糸目の女の話を聞くことにした。
「明日来るという信徒についてなんだけれど……『第六信徒』が率いていると聞いたわ」
「第六信徒だと?」
——黎明の神子最高幹部、『六信徒』の一人。
何故そんなに重要な話を俺にだけしてくるのか。
そう問いかける前に、エルミナが口を開いた。
「あの二人に言う必要は無いと思ったのよ。キミと二人で話せる時間が出来たら、すぐにでも伝えようと思っていたわ」
「……要件はそれだけか? 俺は明日に備えてもう寝たいんだが」
右腕が痛い。
それでも、この女にそれを悟られるわけには行かなかった。
すぐにでもここから出ていってくほしい。
だが、その願いは叶わなかった。
「意外と冷静なのね。まぁ、最強のキミからしたら些細なことかしら。……あと一つだけ、話があるわ」
俺の右肩を指さしながら、女は言う。
「ソレ、不便でしょう? アタシになら『治せる』わ」
この腕を、治してくれる?
それはとても、魅力的な提案だ。
「利き手が無いなんて、得意な剣も握れないじゃない。それに、腕が無いってことはその分の魔力回路も無くなっているでしょう? デメリットしかないように見えるわ」
デメリットしか無い?
そんなの、当たり前だろ。
「それは、この国一番の光魔法使いだからか?」
「えぇ、そうよ」
なら、何故俺が腕を治していないのか。
俺は、エルミナと同じレベルの光魔法を扱える。
腕の一本や二本生やすことなんて簡単だ。
「魅力的な提案だ……不可能という点に目を瞑ればな」
「……どういうこと?」
あの日のことを、俺は今でも覚えている。
とある任務でカリスタと共に魔獣を討伐しに行った。
正直、調子に乗っていたのだと思う。
最強だと称えられ、英雄だと認められた。
何も、怖いものなど無いのだと、本気で思っていた。
だが、俺はヘマをする。
油断していたところを狙われ、首に一撃、攻撃を食らった。
痛みを、感じた。
俺は急いで傷口に掌を当て、光魔法を発動する。
血は、止まらなかった。
「——俺は、回復魔法が効かない体質なんだ」
今でも首元に、傷跡が残っている。




