第十六話 信頼
「色々、本当に助かった。ありがとう」
荷物をまとめ、屋敷を出る準備を始める。
結局、一週間も滞在してしまった。
アリステラが中々目覚めず、予定よりも長く居座ることになり、黎明の神子の連中も中々ローデルには向かっていなかったらしく、ようやく今朝動きがあったとカリスタから報告があった。
「いえ、ヘクトル様には命を助けてもらったので。感謝を伝えるのは僕の方ですよ。本当に、ありがとうございました」
命を助けてもらった、か。
死にかけた原因は俺だと言うのに……。
ルシアンは俺に対して、盲目的に信仰しすぎる悪い癖がある。
「感謝される程の事はしてない。それに、ルシアンが助かったのはアリステラのおかげだ。俺じゃなく、彼女に伝えたほうがいい」
「そうじゃなくて……いや、なんでもありません。そうですね、アリステラ様にもしっかりと感謝を伝えます」
あれだけ重症だったにも関わらず、ルシアンはアリステラよりも先に目を覚まし、いつも通り仕事をしているらしい。
少しの間だけでも休むべきだと伝えたが、俺を支えるためだと聞かなかった。
「準備、終わりましたよ。アリステラ様もカイトも既に荷物をまとめ、下で待っているそうです」
「あぁ、ありがとう」
剣を手に取り、腰に備えた。
「……その剣、やっぱり持ち歩いているんですね。しかも、左側に」
右腕では握れないのに。そう続けようとしたのが分かった。
だが、その言葉は続かなかった。
「あぁ……いつもの場所に無いと安心できないんだ。それに、またすぐ握れるようになる」
「それは、どういう……」
そう、また握れるようになるはずだ。
俺が覚悟さえ決めれば、『ケジメ』さえ付けることが出来れば。
この右腕で、また剣が握れるようになる。
「俺はこの世界で最強と呼ばれる男だ。また、必ず英雄と呼ばれて見せる。だから、ルシアン」
恐怖と向き合え。
もう、逃げるな。
「俺を信じてくれ」
「……」
この表情を、俺は知っている。
初めてルシアンと出会った時の、光を見たような目。
「勿論ですよ。僕は、貴方が『英雄』に最も相応しいと信じている。もう英雄にならなくても良いなんて、そんなこと言いません。僕はずっと、貴方だけが輝いて見えているんです。貴方だけが、僕にとっての『英雄』なんです」
◇◇◇
カリスタにも感謝を伝え、屋敷を後にした。
「さて。次に向かう場所についてだが、まだ何も言ってなかったよな」
「そうだよ、荷物まとめて出る準備しろとか言われてさぁー! 結局、どこ向かうんだ?」
屋敷の中で行き先を伝えなかったのは、ルシアンが着いてくるのを防ぐためだ。
ローデルは、俺がルシアンを拾った街。
そこに黎明の神子が向かうとなれば、恩返しをしたいと着いてくるのではないか。
そうカリスタと話し合った結果、屋敷から出た後に伝えると決めた。
「次に向かうのはローデルという街だ。元は公国だったが、今はグランヴェル帝国の領地となっている。貴族が多く、とても栄えた街だ」
「ほぉーん。難しいことはよくわかんねえ」
「なんでローデルに向かうの?」
なんで、か。
お前ならもう知っているんじゃないのか?
俺はまだ、神子アリステラであると疑っている。
一度良い行いをしたからと言って、そう簡単に疑いが張れるはずがない。
「黎明の神子が向かっているという情報を手に入れたからだ」
「黎明の神子が……」
口に手を添え、驚いたような表情で目を見開く女。
「なんでそこに向かってんだ? っていうか、今から行って追いつく?」
「理由は分からない。だが、向かっているのは確かだ。奴らは常に神に関わる情報を集めるためだけに行動している。きっと何かが隠されているんだろ」
追いつくか、という問に対しては何も答えなかった。
言葉にしなくとも、今から分かる。
奴らが向かい始めたのは今朝だと聞いた。
なら、簡単に追いつける。
数分歩き続け、森についた。
「ローデルってこんな森の奥にあんの? っていうか、馬車とか使ったほうが良いんじゃね? 歩いていける距離なの?」
「いや、方角が全然違うはずよ。ヘクトル、何か間違えてるんじゃない?」
森の中を進み続け、気付けば周囲にあるのは木々と獣の気配だけになっていた。
「ここなら大丈夫だろ。少し待て」
腕を真っ直ぐと前に伸ばし、闇魔法を放つ。
瞼を閉じ、ローデルの座標を頭に浮かべながら魔力を放出した。
魔力が黒いモヤとしてその場に現れ、人が通れるほどの大きさへと変わっていく。
「えっとー。ヘクトルさん? 禍々しい見た目のこれは、一体何を作っておられるんですかねぇ???」
「転移魔法の応用だ。三人まとめて連れて行くより、通路を作ってしまう方が魔力消費が少なくて済む」
ここ一週間で少しずつ感覚を取り戻し、転移扉を作るくらいは簡単にできるようになった。
「これなら簡単に追いつける」
「初めて見る魔法だわ。どうしてこんな森の中でその魔法を使ったの?」
「この魔法を使えるのはこの世界で俺だけだ。大事な手札を全ての人間に曝け出す程、俺は世界を舐め腐ってはいない。いざという時のために、存在を知っている人間は少ないほうが良いんだよ」
そこまで話した所、左右から煩い声が聞こえてきた。
「俺達を信用してくれたってことか?!」
「そんなすごい魔法、どうやって使えるようになったの?!」
面倒くさいな。
「あ、ヘクトル!!!」
俺は二人をその場に放置し、黒いモヤへと飛び込んだ。
目の前に現れたのは、綺麗に整えられた街、ローデル。
貴族が多く住むこの街は民から巻き上げた金を贅沢に使い、外観を気にした建物ばかりが並んでいる。
「置いてくなよ! はぐれたらどうするんだ!」
「ヘクトルが私達を置いてどこかへ行くなんて思ってないけど、少し不安になっちゃったわ」
「すぐに通らないのが悪いだろ」
黒いモヤを掌に集め、転移扉を閉じる。
幸い近くに人は居なかったが、久しぶりに使ったせいで座標が少しズレてしまった。
こんな街の目の前に着いてしまうとは。もう少し、鍛錬が必要だな。
「まずは情報を集めるために、この街一番の冒険者ギルドへ向かう」
「えぇー?? 腹減ったぁー!」
「そうね、私もお腹空いちゃったから、先にご飯が食べたいわ」
……。
「はぁ」
◇◇◇
「美味そー!! 流石、貴族が多い街なだけある!」
机には豪華な肉料理が隙間無く並べられ、どれも空腹を刺激する芳醇な香りを放っていた。
「なぁ、はやく食おうぜ! いただきます!」
「いただきます」
ここ数日、一人でも食事ができるよう左手だけを使って練習をした。
少し不便ではあるが、人に頼らなくても良いのは気持ちが楽だ。
「そういえば、ヘクトルは飯食う時『いただきます』って言うよな。他の人はあんま言ってるとこ見ないのに。あ、でもカリスタは言ってたような気もする」
「癖で言っているだけで特に意味はない。カリスタは昔から食事を共にすることが多かったからか、俺に合わせて言うようになったな」
この国には、食事の挨拶は存在しない。
食べ物に感謝をしなさいと教育はされるものの、全員が席に付けば自然と食事が始まる。
そこに合図など必要が無い。
それでも俺は、前世の癖でその言葉を口にしてしまう。
「それに、カイトもいつも言ってるだろ」
「うん。俺の故郷も同じ文化だったからさ、なんか親近感湧くわ!」
カイトは幸せそうに料理を口に運びながら、真っ直ぐと笑顔を向けてくる。
「初めて聞く文化だわ。カイトは異世界だと思うけど、ヘクトルはどこ出身なの?」
「俺の出身地は分からない。育ての親が居たらしいから、その人の文化なんだろうな」
半分本当で、半分嘘だ。
「あ……その、ごめんなさい」
「気にするな。別に、俺は故郷が分からないことについてなんとも思ってない。今はグランヴェル帝国に仕えている。ただそれだけで充分だ」
そう、俺の故郷はこの国だと言っても良い。
出身地なんて、些細なことだ。
「ねぇ、キミ達。お姉さんも混ぜてくれないかしら?」
空いていた席に腰掛け、頬杖を付く女。
うぐいす色の髪をハーフアップに括り、胸の谷間を強調させるような服装。
胸元には、水色に光る魔法石。
——柔らかい笑みを浮かべているその細い目は、親の敵のようにアリステラを睨んでいるように思えた。




