第十五話 弱い人間
「そんな事では、ルシアンが報われませんね」
『英雄』という立場を、俺の存在意義を手放してしまいそうになった。
もう、苦しみたくないと思ってしまった。
「何があったか、大方予想はつきますよ。どうせ、貴方を守ろうとして返り討ちにあってしまったのでしょう?」
俺を信じ、俺の代わりに苦しんだ人間を目の前で見てしまったのに。
守ろうとした?
そんなことしなくたって、俺のほうが強いことを彼は理解していたはずだ。
「彼は貴方を酷く慕っているのに、貴方は何をしているんですか?」
「自分の身くらい、守れた」
「でも実際、貴方は動けたんですか? ルシアンが重症を負っているのに無傷で立っているという事は、貴方は加勢をしなかった。そうでしょう?」
「っ……」
言葉が、出ない。
何か言い訳をしないと、逃げ道を探さないと、今にも罪悪感で押しつぶされてしまいそうなのに。
俺は動けなかった。
過去の恐怖に囚われ、ルシアンが傷付き、シフェルに失望された。
何もしていない。
俺はあの部屋に籠もっていた時から、何も変わっていない。
「その顔をしていれば、誰かが代わりに戦ってくれるとでも?」
「そんなこと……」
「ワタクシには、そうとしか見えませんけど」
確かに、俺以外の誰かがアイツを倒してくれれば、それ以上に幸福なことは無いかも知れない。
でも、それでいいのか?
あれだけ傷付きながらも俺を守り、信じようとしてくれた人間が居るのに?
「貴方が弱い人間だということは、充分すぎるほどに理解しています」
怖い、苦しい、逃げたい。
俺はこの世界に来てから……いや、前世からずっと、強い人間なんかじゃなかった。
——強いと勘違いしていた、弱い人間だ。
「それでも」
カリスタは真剣な眼差しで、何か希望を見出すかのような瞳で、弱い俺を見つめた。
「貴方には背負わなくてはならない役割がある。前を向き、時には振り返り、弱い自分と向き合いながら進まなくてはいけない。勿論苦しい道を進むことになるでしょう。苦しくて、逃げたくなってしまう。貴方はそういう性格ですからね」
厳しく、耳を塞いでしまいたくなるような言葉。
「それでも、進み続けるしかないんですよ。貴方が人に頼らず自分の足で立つと決めたのなら、その足を止めることは許されないんです。弱い人間だと自覚しながら、『強い人間』を演じ続ける。それが出来ないのであれば、今すぐ家に帰りなさい」
演じ続けるなんて、そんな事、俺に出来るのか?
もう既に、俺を強いと思っている人間なんて居ないかもしれないのに。
今更取り繕ったところで、もう何も……
「貴方のことを強い人間だと信じている人達を、ルシアンやヴェルナスを失望させないでください」
——ヴェルナス
「偽りなさい。演じなさい。貴方は『神滅の魔剣士』ヘクトル・エルカディオン。この世界の英雄であり、最強で無くてはならない男。そうでしょう?」
そうか、そうだよな。
俺は弱い人間だ。
それでも、誰かを守りたくて、大切な人達に恩返しがしたい。
『偽る』んだ。弱い自分を偽り、強い自分を演じろ。
それがどれだけ苦しい道であったとしても、やり遂げるしか無い。
「俺の名前は、ヘクトル・エルカディオン。『神滅の魔剣士』であり——」
ヴェルナスの隣に立つために、全てを捧げろ。
「『英雄』に返り咲く男だ」
この世界に生きる人間全てが、俺を最強だと思うまで。
◇◇◇
「第一信徒とアリステラを襲ってきた奴は、それぞれ別の目的を持っているはずだ」
カリスタの自室へと移動し、先程の出来事を詳しく説明していた。
「そうでしょうね。あのシフェルが、相棒であるフィエル以外と行動を共にするはずがありませんし。今回襲ってきたのも、『いつも』と同じように、貴方と殺し合いをするためでしょう」
「だろうな。怯えて動けない俺を見て、アイツは失望しているようだった。しばらくは俺の前に現れないだろう」
自分で言っていて、惨めな気持ちになる。
当分襲われることはないだろうが、それは俺が弱い人間だと思われてしまったからだ。
「そうですか。なら、次に会った時には最強な貴方と対峙するという事ですね」
「……そうだな」
カリスタは、俺が弱い人間だと昔から知っている。
それでも、俺が強い人間であるということも信じてくれていた。
ずっと、変わらず。
「大体の理解は出来ました。それでは、次はワタクシが話す番ですね」
「何のことだ?」
「貴方に頼まれていた、黎明の神子について。少しだけですが、情報を得ることが出来ました」
やはり、カリスタに頼んで正解だった。
情報が出回ることが少ない連中のことを、こうも簡単に嗅ぎつけるとは。
「最近の動きについての情報を掴みました。彼らは今、とある街に向かっているそうです。アリステラ様を狙ったものとは違う陣営だと思われます」
「とある街……どこだ?」
「ローデルです。貴方もよくご存知でしょう」
——ローデル。
任務で何度も出向いたことのある街。
正直なところ、あまり近寄りたくはない場所でもある。
「久しぶりに聞く名前だな。奴らの目的は?」
「神に関する何かを探すため。その何かが指しているものは分からなかったですが、こうも簡単に情報が手に入るという事は罠である可能性も高いです」
「充分だ、ありがとう」
罠だったとしても、今の俺達に他の道はない。
「報酬はいくら必要だ?」
「あぁ、報酬ですか。それなら……」
◇◇◇
「なあ、こういうのは本業の人間に任せたほうが良いんじゃないか? カリスタなら優秀な医者くらい簡単に手配できるだろ」
いくらでも払う覚悟は出来ていたが、連れてこられたのは医務室。
「面倒くさがっているのですか? 貴方の光魔法に匹敵する医者を探すほうが骨が折れるというものですよ。うちの大事な使用人がこんなことになった原因でもあるんですから、さっさと治してください」
「……分かった。報酬がこれでいいなら、こちらとしても有難いからな」
正直なところ、ルシアンの傷を見ることが怖かった。
俺を守るためにできた傷を、直視できる自信が無かった。
だが、目の前にして気付いた。
応急処置が的確に行われている。
光魔法は回復特化の属性であり、魔力量によって様々な治療を施すことが出来る。
だが、必要なのは魔力量だけではない。
光魔法に最も必要な力は、魔力精度だ。
アリステラが応急処置を行ったと聞いたが、傷の治り具合から相当な魔力精度だと分かる。
とは言え、魔力量が少ない彼女に完治させることは難しかったらしく、急所以外は未だに痛々しい見た目をしている。
眠っているルシアンの手を取り、瞼を閉じた。
魔力の流れを感じながら、欠けた部分を補完していく。
それを繰り返し数十秒も経てば、元の綺麗な身体に戻っていった。
「数時間で目を覚ますはずだ。起きた時に何かあれば、医者に言え。俺は詳しいことが分からないからな」
医療の知識があるわけでもない俺は、ただ傷を塞ぐことしか出来ない。
体内の魔力回路がしっかりと繋がっていること、傷が綺麗に修復されていることは確認しているが、何かある可能性は捨てきれない。
「えぇ、分かりました」
あれだけ悲惨な状態だったにも関わらず、簡単に治療することが出来たのは的確な応急処置のおかげだ。
完治させることは出来ずとも、彼女がいなければルシアンは確実に死んでいただろう。
あれだけの医療知識があり、希少な光魔法の使い手。
彼女は一体、何者なのか。
体内の魔力を全て消費してでもルシアンを助けた人間が、本当に神子アリステラなのだろうか。
自分を犠牲にしてまでも目の前の人間を助ける彼女は、カイトとよく似ているように感じた。
——アリステラは、良い人間なのかもしれない。




