第十一話 安全な屋敷
「ヘクトルー! 暇だぞ!」
庭から呼びかけてくる声が聞こえ、窓の外を覗き込む。
「仕事しろ」
「した!!」
「嘘つけ」
間抜けな声の持ち主は、想像通りあの黒髪バカだった。
使用人と同じ衣服を身に纏い、ほうきを手にしている。
隣にはアリステラも立っていて、女性用の服装をしていた。
ほうきを持っているという事は、枯れ葉の掃除でもしていたのだろう。
広い庭を見渡すと、地面はまだまだ茶色で溢れている。
「休憩だよ休憩! なんかしようぜ! 降りてこいよー!」
「面倒くさいな」と心のなかで思ったつもりが、声に出てしまった。
カイトは不機嫌そうな顔をしたが、これ以上構ってやるつもりはない。
それでも変わらず声を掛け続けてくるあの男。一体、どんな神経をしているんだか。
「うるさい!!!」
そう怒鳴りながら勢いよく窓を閉め、またルシアンの隣に腰を下ろす。
「良いんですか? カイトは、ヘクトル様と仲良くなりたいと言ってましたよ」
「俺はなりたくない」
「そうですか……」
少しの沈黙の後、ルシアンは話題を切り替えた。
「そういえば、ヴェルナス様には会いに行かないんですか?」
「あぁ。アイツが追いかけてくるのを待っているところだからな」
申請が通れば、とは言っていたが、そう簡単に休暇が取れるとは思えない。
会えるうちに顔を見に行く方が良いに決まっているが、追いかけてきてくれる、そう言っていたなら、待つという選択肢しか存在しない。
「ヘクトル様が居ない今の騎士団は、ヴェルナス様が居ないと回らないそうで。本人は申請を通してもらうために、死に物狂いで働いているそうですよ」
「アイツらしいな」
勿論無理はしてほしくはない。
だが、俺に会うため必死に頑張っているというのは、なんと気分が良い事か。
「ヘクトルー!」
「無視だ」
またあの声が聞こえてきた。
今度は、廊下からだ。
「無理だと思いますよ」
「無視だ」
その瞬間、部屋の扉が激しく叩かれた。
「開いてるぞ」
「ヤッター! お邪魔します!」
ドアノブを何度も捻る音が聞こえる。
上下に動くドアノブに反して、扉は一向に開く素振りを見せない。
鍵は、硬く閉ざされていた。
「庭でさー、稽古付けてほしくて。魔法、教えてくれるんだろ? 俺も強くなりたいんだよ」
「……」
急に真面目なトーンで話し始めるその声に、少しだけ耳を傾ける事にした。
◇◇◇
「それで? 魔法を教えれば良いんだな」
話を聞いてやろうと扉を開いた瞬間身体を担ぎ上げられ、気付けば庭へと運ばれていた。
「そう! あと、剣も教えてほしくて」
……もう剣を握る事は出来ないと、そう話したはずだ。
それなのに、コイツは一体何を言っているんだ?
「戦闘の時、左手でも剣を握っていた事があるってカリスタに聞いたんだよ。そこで、だ! 俺はヘクトルに模擬戦を申し込む!」
確かに、右腕とは比べ物にはならないが、左腕でも剣を握る事は出来る。
その辺の騎士なら滅多打ちにする事だって簡単だ。
「仕方ないな。魔法は後で教える。久しぶりに剣を握りたい気分だったんだ。加減がわからず殺してしまったらすまない」
「俺にしか言えないジョークすぎない? 殺されたらカリスタに言いつけるからな!」
魔力を練り上げ、木刀をイメージする。
草魔法の応用でその場に二本の木刀を生成し、投げるようにカイトへと手渡した。
「これは草魔法だ。闇魔法の次に応用が効く。敵が草属性だと分かった場合、燃やすのが最善だ。だが、ハズレ魔法と呼ばれる火属性魔法を使う人間は少ない」
「なら、どうすんの?」
「パワーでねじ伏せるしか無いな」
「力技かよ!」
木刀を構え、合図を待つ。
「始め!」
アリステラの声が聞こえると同時に、カイトは地面を蹴った。
遅いな。
半歩身体をずらし、振り下ろされる剣を回避した。そのまま、無防備になっている足を払う。
「えぇっ!?」
体勢を崩したカイトの腹部へと蹴りを叩き込む。
吹き飛ばされた身体が、芝生の上を転がっていく。
「ぐぇ……」
「弱いな」
「開幕三秒だぞ!?」
文句を言いながらも、カイトはゆっくりと立ち上がる。
「足が無防備すぎる。全身、どこを狙われても良いように集中しろ」
再び距離を詰めてくる。今度は真正面からではなく、右へ、左へと不規則な動き。
「ほう……」
少しだけ感心した。一直線に突っ込んでくるだけではなく、多少は考えて動けるらしい。
木刀が横薙ぎに振られ、それを軽く受け流す。すると、動きを咄嗟に変えたらしく、喉を目掛けて突き。
だが、こんなに遅い動きならば簡単に止める事が出来てしまう。
「終わりだ」
カイトの腕から木刀を絡め取るように弾き飛ばし、微量の風魔法を腕に纏わせる。
そして、先程のカイトと同じように、喉元を目掛けて一突き。
「また俺の勝ちだな」
「木刀飛ばすなんてズルだ! ズル!」
「お前、実践でそんな事を言うつもりか?」
「ぐっ……」
言い返せないらしく、カイトは悔しそうに唇を噛む。
「最後の突きを見て、何か気付いた事はあるか?」
「うーん、何かめっちゃ速かった!」
「そうだ。あの速さならカイトの魔力量でも簡単に扱えるようになるはずだ。速度が上がる分、威力も増す」
悔しそうな表情から一変し、キラキラと瞳を輝かせながらこちらを見つめてくる瞳。
「どうやってやんの?」
「基本的には詠唱魔法から学ぶべきだが、カイトの場合は無詠唱でしか扱えない可能性が高い」
「え、なんで!?」
カイトは異世界転移者だ。転生者の俺とは違い、言葉の意味を理解していない状態で詠唱しても効果はないだろう。
「詠唱とは、今から自分の行う動き、行動を明確にするためのものだ。意味を理解せずに使っても意味がない」
「じゃあ、どうやって無詠唱で使うんだよ」
本来なら、詠唱魔法で魔力の流れを覚えてから、無詠唱を使えるようになっていくものだ。
だが、今回は力技でするしかない。
「カイト、痛い思いをする事になるが、良いか?」
「どんとこいよ!」
手に持つ木刀を、カイトの身体の中心に突く。
風魔法を纏わせた刀身は、ただの木刀と呼ぶにはあまりにも殺傷力が高く、魔剣と呼ぶには素朴な見た目をしていた。
「痛く、ない?」
「そんな事よりも、身体に流れる魔力を感じろ」
カイトの身体には大きな風穴が空いたが、次第に修復されていく。
それは、禁忌と呼ぶに相応しいあの歪な力では無く、神秘的な光を放っていた。
これは、光魔法だ。
風魔法を纏う木刀で身体の内部に触れ、内側から光魔法で魔力を流す。
そうすれば、体内に魔力を感じる事が出来、低級魔法レベルなら感覚が掴めるようになるはずだ。
「ヤバい、なにこれ!? なんか、急に自転車に乗れたときみたいな感覚がある! ヘクトル、見ててくれ!」
「あぁ、見てやるから落ち着け」
完全に穴が塞がったカイトは、興奮した様子で木刀を構えた。
「うおおおお!!」
こちらを目掛けて振り下ろされたその刀身は、先ほどとは比べ物にならない速度で迫ってくる。
一度で感覚を掴めるとは、中々センスがあるのかもしれない。
そうは言っても、ド素人が素人になったレベル。
カイトの木刀を薙ぎ払った後、無防備になっている足を払った。
「魔法に集中しすぎだ。足元も気にしろ」
「今のはいけると思ったのに!」
カイトは力が抜けたように地面へ座り込むと、小さく拍手が聞こえた。
「すごいわね!」
「アリステラ! そ、そうかな? 俺なんてまだまだ……」
「やっぱり、すごすぎるわ! ヘクトル!」
「そっちかよ!!」
◇◇◇
「これで十五勝目だな。あと何回やる? 俺はいくらでも付き合えるぞ」
「もう無理ぃー! 疲れたぁ!」
左腕というハンデを背負いながらも、十五勝零敗という戦績だ。
カイトの身体は痣だらけになり、汗まみれ。まさにボロボロというに相応しい見た目になっていた。
相当疲弊したのか、その場で大の字に寝転がり、一歩も動く様子はない。
「カイト、お疲れ様! とってもかっこよかったわ!」
タオルと水を両手に持ちながら、アリステラは寝転がるカイトへと駆け寄った。
「ありがとう、アリステラ。でも、残念ながら惨敗だ」
次こそは勝つぞ! と意気込むカイトに、アリステラは光魔法で治療を始めた。
「ルシアン、模擬戦やらないか? 今度は魔法で」
始めはイヤイヤやっていた模擬戦だったが、もう既にモチベーションは高まっている。
目の前には魔法の天才とも呼べる逸材。
「いえ、遠慮しておきますよ。僕なんかじゃ、怪我するだけではすみませんし」
「ルシアンってやっぱ強いの?」
本人の言葉は謙遜だと分かっているのか、カイトは俺の方を向きながら尋ねてきた。
「あぁ、相当強い。昔、ルシアンの水魔法で溺れかけた事がある」
「何言ってるんですか。僕が魔法発動した後すぐにねじ伏せてきたじゃないですか」
「前の俺に対して、魔法を発動出来るだけで凄いんだよ」
実際、ルシアンは本当に優秀な魔法使いだ。
だからこそ、悔やまれる。
「そんな煽ててもダメですよ。緊急時以外では、掃除のときにしか使わないと決めているんですから」
◇◇◇
夕食を終え、カイト達は部屋へと戻った。
とても、平和だった。
部屋へと戻る途中、夜の見回りをしていた兵士達とすれ違う。
「ご安心ください。ここには結界もありますし、我々もおります」
「何かあっても絶対に守りますよ」
そう笑う兵士に、軽く手を振った。
外はもう暗い。窓を覗くと、警備兵達が巡回を続けている。
やはり、ここは安全だ。
そのまま眠気に身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じる。
明日も、平和に過ごせますように。
そんな祈りを込めながら、深い眠りについた。
◇◇◇
翌朝
——警備兵十五名、死亡。




