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I,AI  作者: サメ


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2/6

第一話 最高の進路相談(後編)

進路相談の日。

教室の前には、見たこともないくらい静かな列ができていた。

普段なら騒がしい健太も、今日は口数が少ない。

「緊張する?」

俺が聞くと、健太は笑った。

「そりゃな。人生決められる日やし」

「決められる、か」

「違う?」

その言葉に返事はできなかった。

順番が近づくにつれ、一人、また一人と教室へ入り、数分後には複雑な表情で出てくる。

笑っている奴。

泣いている奴。

首をかしげている奴。

誰も結果を話そうとはしなかった。

「相原」

担任に呼ばれる。

教室へ入ると、中央の机には一台の端末だけが置かれていた。

担任は壁際の椅子に座っている。

今日は先生ですら、立会人に過ぎないらしい。

「緊張しなくていい」

担任が言う。

「ナビは、お前の人生を決めるんじゃない」

俺は少し安心しかけた。

その直後、担任は続ける。

「一番幸せになれる可能性を教えてくれるだけだ」

その”だけ”が、とても重かった。

端末が起動する。

超高精度進路支援AIナビへようこそ』

穏やかな声だった。

『解析を開始します』

画面には、高校生活の記録が次々と映し出される。

成績。

体力測定。

性格診断。

欠席日数。

読んだ本。

描いた絵。

文化祭での行動。

友人関係。

自分でも忘れていたような出来事まで並んでいく。

『解析が完了しました』

教室が静まり返る。

『推奨進路を表示します』

一位。

介護施設管理者。

適性 S

予測幸福度 九六・八パーセント。

思わず画面を見直した。

介護?

頭の中に、絵の具の匂いが浮かぶ。

二位。

営業職。

三位。

中学校教員。

どれも想像したことがない。

震える声で聞いた。

「美術大学は……?」

画面が切り替わる。

芸術大学進学。

推奨度 D

予測幸福度 四二・三パーセント。

理由を表示しますか。

指先が冷たかった。

『はい』を押す。

『あなたは他者の感情変化を観察し、寄り添う能力に優れています。』

少しだけ胸が高鳴る。

褒められた気がした。

しかし次の文章で、その気持ちは静かに消えた。

『一方で、創作活動を職業とした場合、自己評価が成果に大きく左右され、精神的負荷が高まる傾向があります。』

『創作は職業ではなく、私的活動として継続することを推奨します。』

担任は何も言わなかった。

俺も何も言えなかった。

教室を出ると、健太が待っていた。

「どうやった?」

「介護施設管理者」

「……マジ?」

「マジ」

健太は困ったように笑う。

「俺、警察官やった」

「お前らしいな」

「せやろ?」

少しだけ笑い合う。

でも、それだけだった。

家に帰ると、父さんは結果を聞いて満足そうにうなずいた。

「ええやないか」

「そうかな」

「人の役に立つ仕事や」

母さんは俺の顔だけを見ていた。

「あなたは、どうしたいの?」

その一言が、一番答えに困る質問だった。

夜になっても眠れなかった。

スマホには、美術大学のオープンキャンパスの案内が表示されている。

「明日か……」

行くだけなら自由だ。

話を聞くだけなら問題ない。

そう思って申し込み画面を開いた。

その瞬間、通知が割り込む。

《ナビ》

『現在の行動予測を更新しました。』

『美術大学オープンキャンパスへ参加』

予測幸福度 四一・九パーセント。

推奨しません。

代替行動を提案します。

画面に表示されたのは、

『介護施設見学会』

という文字だった。

思わず笑ってしまった。

「そこまで分かるのかよ」

スマホを閉じても、通知は頭から離れない。

翌朝。

結局、駅まで来てしまった。

美術大学へ向かうホーム。

反対側には、介護施設見学会の最寄り駅へ向かう電車が止まる。

どちらにも乗れる。

そのときだった。

「相原?」

振り向くと、美術部の村上先生が立っていた。

「先生」

「こんなとこで何してる」

俺は事情を話した。

先生は最後まで黙って聞いていた。

「先生なら、どうします?」

しばらく考えてから、先生は笑った。

「俺は先生や」

「え?」

「だから、お前の人生は決めへん」

少しだけ間を置いて続ける。

「でも、一つだけ言える」

俺は先生を見る。

「あの日、お前の絵を褒めたのは本心や」

胸が熱くなる。

「ただな」

先生はホームの向こうを見つめた。

「絵が好きな人間全員が、絵を仕事にしたら幸せになれるわけやない」

電車が滑り込んでくる。

「好きなことと、向いてることは、ときどき残酷なくらい違う」

ドアが開く。

発車ベルが鳴る。

俺は目を閉じた。

そして――。

介護施設見学会行きの電車へ乗った。

数年後。

俺は介護施設の管理者として働いていた。

忙しかった。

毎日が慌ただしかった。

それでも、不思議なくらい充実していた。

ある日の午後。

レクリエーションで画用紙が配られた。

「今日は好きなものを描きましょう」

職員の声が響く。

一人の入居者が、ぎこちない手つきでクレヨンを握る。

描き始めたのは、夕暮れの商店街だった。

「昔、よく歩いたんだ」

その一言に、胸が締めつけられる。

俺は倉庫から古い画材箱を持ってきて、静かに隣へ座った。

久しぶりに鉛筆を握る。

白い紙の上に一本、線を引く。

思ったより、手は覚えていた。

仕事が終わる頃には、画用紙の上に、小さな商店街ができあがっていた。

帰り際、一人の職員が笑って言う。

「主任、絵がお上手なんですね」

俺は少し考えてから答えた。

「昔、好きだったんです」

嘘ではなかった。

そして、それもまた本当の全部ではなかった。

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