05.修繕された《コア》
「結界用の魔石に気を取られて忘れてたけど、新しい《コア》が欲しいんだ。使ってた《コア》が割れちゃってさー」
魔石は部屋に入った際にオズから受け取っている。ヒビが入り、一部が欠けた魔石は、マナを失ってただの石ころと化していた。
ノエルはその魔石を仕舞ってから本来の目的を思い出すと、転移魔法を使った後で別空間に仕舞った杖を手元に喚び出す。
これまで彼に何度も《コア》を渡していたオズは、ノエルが使っていた《コア》がどんな代物かを思い浮かべ、怪訝な顔をして杖を見る。
「ええ? あれ、聖獣からの貰いモンだぞ? どんな使い方したんだ」
「いつもと変わらないよ。討伐戦が終わった後に割れちゃったんだよね。それでも、三年も耐えてたんだからすごくない?」
「それはそうだけどな……」
ノエルの魔力が膨大なため、これまでも何度も割れてはいた。しかし、最新の《コア》はノエルの魔力にも耐えられるだろうという強いマナが宿っていたものだ。
目を冷やしていたリズも、自身が授かった物だったため、話が気になってタオルを下ろして杖を見る。
だが、杖の先にはまだ《コア》の一部が残っていた。
「あれ? でも、欠片は残っているんですね?」
「そうなんだよ。不思議なことに、《コア》は割れただけで消えていないんだ」
そう言いながら、ノエルは布に包んだ他の欠片をテーブルに広げた。手のひらに収まるくらいの物から小指の先ほどの大きさの物まで様々だ。少しでも森に残っていると、その微かなマナを狙ってまた魔獣が湧きかねないため、どんなに小さな物でも回収した。
今まで様々な《コア》を見てきたオズだが、割れた後も欠片が残ったものは初めて見る。小指の先ほどの欠片を摘まんで観察した後、一先ず、新しい《コア》を取って来ようと部屋を出て行く。
(微かにマナは残っているけど、割れたらこれも霧散しちゃうはずなのに……)
ルシアンが興味深そうに欠片を手に取っていたため、リズもそれに倣ってすぐ近くにあった欠片に手を伸ばす。
すると、指先が触れた瞬間、テーブルにあった欠片と杖の先に残った欠片が一斉に眩い光を放った。
咄嗟にレオがリズの肩を抱いて庇うように引き寄せる。
ノエルからは「おお」と感嘆の声が上がった。
光が収まり、ゆっくりと目を開けたリズは、テーブルから欠片がなくなっていることに気づいた。
「あ、あれ? 欠片が……」
どこに行ってしまったのか。
ルシアンとダリルも、何かの弾みで欠片が散ったのかと周囲を見回して探す。
リズも一緒に探したかったが、肩を抱いたままのレオの腕で自由に動けない。
すると、リズの後ろからノエルのはしゃいだ声が上がった。
「すごい! 元に戻ってるよ!」
「何だって?」
振り返って見れば、ノエルの杖の先にあった青い石が元の形状に戻っていた。金色の葉と蔦がぐるりと囲む石は、欠けているどころか傷一つない状態だ。
そこへ、別室に向かっていたオズも戻ってきた。
「おい、今の光はなんだ?」
「あっ! オズ、見てよこれ! 元に戻った!」
「はあ?」
子供のように喜んでいるノエルは、杖をオズに向けて見せる。
オズは大股で歩み寄ってくると、ノエルの差し出す杖の上部を掴んで《コア》を確認した。
傷なし、保有するマナに異常なし、量も最初と変わりなし。
新品同然の完璧な《コア》だった。
「割れたのに消えないのもおかしいけど、元に戻るなんて前代未聞だよ! 今すぐ調べないと! リズ。これに魔力を込めてもらえる?」
「え? あ、は、はい」
急に熱量の上がったノエルは、口早にそう言うと何処からともなく魔石を取り出し、リズに差し出す。
リズは、何が起こっているのか理解が追いついていないまま、魔石に手を翳して魔力を込める。
魔石に魔力が満ちたところで、ノエルは「ありがとー! また何か分かったら連絡するね!」と出入り口に向かいながら言った。
「結界用の魔石も調べといてくれよ」
「分かってるって!」
興奮した様子のノエルにオズが軽く声を掛ければ、結界用の魔石のこともしっかり覚えていた。
ノエルが出た後、嵐が過ぎ去ったかのように室内が静まり、全員が軽く息を吐く。
だが、すぐに嵐は戻ってきた。
「ねえねえ、リズ」
「はっ、はい!?」
出て行ったはずのノエルが、出入り口のドアからひょっこりと顔を出す。
戻ってくるとは思わず、声が裏返ってしまった。
「次の討伐戦、参加してみない? 最近、出てないでしょ」
「ダメだ。少し前ならともかく、最近のは危険だ」
「でも、リズの治癒魔法は幻獣によく効くでしょ? 光属性だから瘴気の浄化は勿論、“ロスト”にだって有効だし」
今回はたまたま幻獣の被害がなかったが、次もないとは限らない。むしろ、日々、魔獣の脅威が増している今、被害が出る可能性も高まっているのだ。その場で応急処置ができれば、後の対処も楽になる。
また、リズも実戦経験はそれなりに積んできた。攻撃魔法はまだ詰めが甘いが、自衛のための魔法は習得済みだ。
それでも渋る様子のレオに、ノエルは「過保護だなぁ」と口を尖らせる。
「僕がいるなら大丈夫でしょ」
「許可さえいただければ、レオ様の代わりに私が同行しますよ」
アズラはあくまでもレオの守護竜だ。リズが行く際にレオが同行できない場合は、レオの許可があればリズの護衛につくことができる。
すると、前にいたルシアンが勢いよく挙手した。
「俺も! 俺も行きたいです!」
「俺はパース」
「いや、貴方はちょっとは出なさいよ」
「そうだな。出来れば、現場の状況は見て欲しい」
ここ最近の討伐に出ているのは専らレオとダリルだ。他の幻獣師も参加することはあるが、オズは機関での研究などを優先し、誰よりも現場に出ていない。
呆れる二人だが、オズにも理由はあった。
「まだそこまで逼迫した状況でもないんだろう? それに、所長が行くなら留守番は必要だろ。さっきみたいなことがまた起こらないとも限らないし」
「うっ」
レオとダリルが参加し、オズまで出るとなれば、機関の責任者が一人もいなくなる。何かが起きた際に指示できる者は必要だ。
その「さっきみたいなこと」である幻獣の脱走を揶揄され、ルシアンがダメージを受けた。
「リズが触れて直ったなら、他にも影響があるかもしれないでしょ? 戦闘時の魔力の動きも見たいんだよね」
「レオ様、私なら大丈夫です」
「……はぁ、分かった。でも、前戦には出るなよ?」
「はい」
できれば、次の魔獣討伐戦もあまり危険でなければいい。
内心でそう願うレオに、リズの向かいに座っているダリルはジト目で見ながら指摘する。
「で? いつ、その手を離すのかしら?」
「……?」
何のことか分からずに怪訝な顔をすれば、ダリルは自身の肩を指してみせる。
肩? と首を傾げれば、後ろにいたアズラがレオの片腕……リズに回したままの腕を指で軽く突いた。
そこで漸く、リズを庇おうと肩に腕を回したままだったことに気づく。どうりで距離が近いと思った、と合点がいった。
既に手遅れではあるが、そろりと腕を離し、無実だと言わんばかりに両手を軽く挙げる。
「…………悪い」
「いえ、大丈夫です」
(それはそれで傷つくが)
リズは気にした様子もなく平然としている。
少しくらいは動揺してくれてもいい気はするが、失恋直後な上にこの状況では揺れ動くこともないか、と自身を納得させた。




