03.割れた《コア》と謎(1)
王都の西にある広大な森の中から獣の断末魔が辺りに響き渡り、木々から複数の鳥が飛び立った。
断末魔の元であった魔獣を切り裂いた青年は、刃についた魔獣の血を振り払ってから剣を鞘に戻す。ウルフカットのアイスシルバーの髪は陽の光を受けて輝き、金色の目は辺りに他の魔獣がいないかを探る。
近くには武装した騎士や白いローブに身を包んだ魔導師がいるが、彼らも同様に周囲の様子を探っていた。
「今ので最後か?」
「そうみたいね。魔獣の気配はもうないし」
疲労の滲む青年に、近くにいた中性的な青年が返す。肩甲骨まで伸ばした金色の髪、やや勝ち気に見えるアザレ色の瞳は、少し体を鍛えた長身の女性と見間違えそうだ。口調も女性的ではあるが、声を聞けば男性であると分かる。
二人は今、王国騎士団と王宮魔導師団の魔獣討伐戦に参加していた。今朝、王都から魔導師達の転移魔法を使って移動してきたが、戦っている間に太陽はもう頂点に差し掛かっている。
アイスシルバーの髪の青年が軽く息を吐けば、騎士の一人が歩み寄ってきた。
「アルドリック卿、パターソン卿。ありがとうございました。幻獣師のお二人のお陰で、魔獣討伐戦を早急に終わらせられました」
「俺達だけじゃないぞ。『アズラ』もいる」
「……そうでしたね」
アイスシルバーの髪の青年、レオハルト・アルドリックが何かの名前を口にした途端、その場に大きな影が落ちる。
全員が見上げれば、巨大な純白のドラゴンが宙に佇んでいた。額にある青い水晶の角が太陽の光を反射し、犬と似た形状の耳はこちらの声を拾おうとしているのか前を向いている。鳥のような翼を羽ばたかせると、ドラゴンは眩い光に包まれた。
光が収まる頃、空にいたドラゴンの姿はなくなり、代わりにレオの隣に一人の美しい女性が立っていた。
二十代半ばから後半に見える彼女は、ドラゴンと同じ純白の長い髪に空色の目をしている。
「お呼びですか? レオ様」
「ありがとう。お陰で助かった」
「いいえ、守護竜としての責務を果たしたまでです」
アズラはレオの守護竜だ。ドラゴンの姿が本来の姿だが、ドラゴンの中でも高い魔力を保有する彼女は人の姿を取ることも出来る。主であるレオの傍に控えるには人の姿が効率がいいとのことで、戦闘以外では人の状態でいることがほとんどだ。
また、守護竜は王族のみが契約することができるのだが、レオの父であるアルドリック公爵は現国王の弟に当たる。そのため、ドラゴンとの契約を許されている。
今回の魔獣討伐戦では、飛行型の魔獣も出現していたため、アズラには主に空中戦を頼んでいた。もし、彼女がいなければもう少し時間が掛かっていただろう。
「特に負傷した幻獣もいないみたいね」
「よし。それじゃあ、俺達は先に戻るか」
騎士ほどの戦闘職ではない幻獣師が魔獣討伐戦に参加するのは、瘴気や魔獣の被害に遭った幻獣の保護が主な目的だ。必ずいるわけではないが、可能性がゼロでないのならば最低でも一人は参加するようにしている。
ただ、騎士に混じって率先して戦うのは、幻獣師の中でも今回参加した二人と、機関で別の仕事をしているルシアンを初めとする一部の者だけだ。
中性的な青年、ダリル・パターソンは、今回は被害に遭った幻獣がいないと分かると安堵の息を吐いた。
残りの事は騎士団達に任せ、先に機関へ戻ろうとした時だった。
「あっ」
一人の魔導師から小さな声が上がったと同時に、ガラスが割れたような音がした。
何事かとレオ達が音のした方を見れば、薄らと緑みを帯びた長い銀髪を緩く三つ編みにした魔導師が自身の杖を見て固まっていた。
「ノエル? どうかしたか?」
その魔導師はレオ達とも親しい者である、魔導師団の団長、ノエル・コーネリウスだ。ダリルと同じく中性的な顔立ちだが、性別は歴とした男性だ。ただし、彼はダリルよりも声が少し高めのため、初見の人は性別に迷うことが多い。
レオと同年代に見える彼の深い青色の瞳には、今は落胆の色が滲む。
溜め息を吐いた後、金色の杖の先端をレオに向けて見せた。
「見てよこれー。《コア》が割れちゃった」
「あらホント」
杖の先には、本来であれば金色の蔦と葉で装飾された青い石があった。しかし、今、その装飾の中には砕けた青い石の一部が残っている。ノエルの足元には石の欠片が散らばっており、光を反射して輝いていた。
ノエルが言う《コア》は、魔導師が魔法を使う際に補助として使うことが多い魔石の一種だ。高濃度のマナが詰まっており、より細かい魔法の操作が可能になる。また、操作の補助以外にも、自身の魔力が尽きないよう事前に魔力を保存しておく魔導師もいる。
最も、魔導師団の団長であるノエルは、彼一人で国内の魔導師達に勝る魔力を保有しているため、《コア》がなくとも問題はない。それでも使っているのは、本人曰く「自分の労力が少なく済むから」だ。
レオがしゃがんで欠片を拾えば、まだ微かにマナが残っているのが感じ取れた。陽に透かせば、まるで海の底から空を見ているようだ。
「不思議だな。《コア》は割れたら消えるのに、まだしっかり形が残ってる」
「ああ、言われてみれば確かに。今まで使った《コア》って半年も経たない内に割れて消えてたけど、これは三年は保ったよ」
「半年が早すぎるんだ」
《コア》は永久に使える物ではなく、保有するマナや魔力が尽きた時に割れて消滅する。ただし、最低でも五年は使えることが多く、ノエルの「半年で割れる」というのは、彼の元々の強い魔力に《コア》がついていけていないだけだ。
今回、割れた《コア》は微かにマナが残っているとはいえ、割れた衝撃で霧散して消えるような量だ。
ダリルもレオの隣で《コア》を見ながら、これを入手した切っ掛けを思い浮かべる。
「この《コア》って、前にリズが聖獣から直接貰った物でしょう?」
「うん。たしか、彼女が見習いとして通い始めて少しした頃だったかな? その時に助けた聖獣に、お礼として貰った物だよ。これなら僕でも長く使えるんじゃないかってくれたんだよね」
幻獣の中でも強く、神聖な力を持つものが「聖獣」と呼ばれている。彼らは基本的に人との接触を拒み、人が足を踏み入れない地域かつマナの濃度が高い所に棲んでいるが、その時は偶然、瘴気の発生が聖獣の住処だった。
リズは光属性の魔力を持っており、瘴気の浄化を得意としている上、幻獣に対する治癒魔法は王宮治療師を上回るほどだ。そのため、見習いであっても、任務に適していると判断した当時の所長が派遣した。
瘴気に侵された自身を手早く浄化し、怪我を治してくれたリズに聖獣は心を許し、自身と住処を救ってくれた礼に《コア》を作り出してくれた。かなりの高濃度のマナが宿っていたため、ノエルのほうが上手く使えるだろうと譲ってくれたのだ。
「聖獣が作り出したものだから残っているのでしょうか?」
「いや、数が少ないとしても、前例はないな」
「じゃあ、彼女の魔力が影響していたとか? ほら、彼女が昔、“ロスト”の侵蝕被害に遭った時もおかしかったじゃん」
聖獣から授かった《コア》は、これまでも何個かはある。しかし、どれも割れれば他の《コア》同様に消滅している。
そこで思い至ったのが、ノエルに渡されるまでリズが持っていたということだ。
十二年前、リズは自身の領地にて“ロスト”の被害に遭い、ノエルと当時の幻獣保護機関の所長であるレオの父、ルーカス・アルドリックによって助けられている。
ただ、被害の話はダリルも耳にしているが、おかしいと言われる話は聞いたことがない。
「おかしいって?」
「あの時、ノエルの転移魔法を使ったとは言え、到着まで数時間は掛かっていたんだ。一応、ある程度の準備は必要だったからな。なのに、呑まれていたリズの侵蝕はあまり進んでいなかった」
当時の不思議な点を上げていくレオの話を聞いて、ダリルも「それはおかしいわね」と納得した。
“ロスト”に呑まれた場合、ほとんどが精神を破壊され、完全に元に戻るまで数年は掛かる。また、最悪の場合、命を落とすことも。
だが、リズの場合は助けた直後に意識を失いはしたが、特に生命力は削られていなかった。その後も数日間熱を出して寝込んだだけで、精神を壊された様子もなかったのだ。
「一応、調べはしたんだ。それで、彼女の魔力の発現も重なったし、光属性……それも、浄化に特化した魔力だからって結論に至ったんだよ」
「なるほど。だから、《コア》にも何らかの影響を与えているかもしれないってことか」
“ロスト”の侵蝕を防ぐ程の強い魔力であれば、《コア》への影響もゼロではないだろう。
ノエルの調査の段階ではそこまで判明してはいないが、今回のことを踏まえて調べ直せば新しい発見があるかもしれない。
そんな二人の推察を隣で聞いて納得していたダリルだが、ふと、あることに気づいて眉間に皺を寄せた。




