02.恋の終わり
王宮には既に通達をしていたため、中に入るのに時間は掛からなかった。門の所にいた衛兵に幻獣師である証明札を出した瞬間、「すぐに捕獲してくれ」と言わんばかりにスムーズに通された。
そして、嗅覚の優れたテオに魔力の匂いを辿ってもらい、行き着いた先は騎士団の訓練所から程近い場所にある雑木林だった。
「いた! リズ、あそこ! 木の枝!」
「ワンッ!」
枝に留まっていた薄紅色の鳥の幻獣は、騒動の主であるとは思えないほど堂々としている。下からテオに吠えられてもしれっとしている程に。
リズが「おいで」と腕を差し出せば、逃げていたのが嘘のようにすんなりと枝から離れてリズの腕に留まった。
「良かった。もっと奥に行ってなくて」
「マジで生きた心地がしなかった……」
「ふふっ。ここに留まっていたのも、王族の居住区に近づけなかったのかもね」
「それはあり得る。魔導師団の団長の結界に、王族の守護竜の庇護下だもんな」
王宮の奥にある王族の居住区には、当然ながら強固な結界が張られている。それも、国内一の実力を持つ魔導師団の団長によるものだ。
また、王族が従える「守護竜」という存在は、その力の大きさ故に多くの幻獣から恐れられているため、逃げたこの幻獣も咄嗟に身の危険を感じ取ったのだろう。
リズは、幻獣に新しい傷がないかを軽く確認する。幸い、元々怪我をしていた翼に目立った異常はなく、傷が出来ている様子もない。
「大丈夫そうね」
「ああ。これなら、帰ってすぐ訓練でき――っ! ご、ごめん!」
「え?」
リズと一緒に幻獣を確認していたルシアンは、すぐそばに彼女の顔があることに気づいて慌てて身を引いた。 確認のためにお互いの距離が近づくのは不思議ではない。まして、確認をしていた相手は鷹ほどの大きさの鳥だ。細かいところを見ようとすれば、顔が近づくこともよくある。
ただし、平気なのは『何の意識もしていない人』が相手であればの話だ。
飛び退いたルシアンを不思議そうに見つめるリズに対し、ルシアンは早鐘を打つ心臓を押さえるように胸を握りしめ、赤くなった顔を隠すように背を向けた。テオにじとっと睨まれた気がするが、今は大目に見てほしい。
(分かってる。意識してんのが俺だけだってことくらい!)
彼女への想いを自覚してまだ二年弱だが、無自覚だった期間を含めれば、さらに長い間、リズに異性としての好意を寄せている。彼女からは「よき友人」という認識なのが辛いところだ。
ルシアンは大きく深呼吸をして落ち着かせると、リズの方へと向き直る。彼女の腕に留まっていた幻獣が、ルシアンを煽るようにリズに頬ずりをしていたのが目に入った。
「あははっ。くすぐったい」
「クルル」
(えっ、まさか喧嘩売られてる?)
明らかに調子に乗った様子の幻獣に舐められている気がする。テオもそれを感じ取ったのか、「食っていいか?」と言わんばかりにルシアンと幻獣を交互に見てくる。
このまま幻獣に負けてはいられない。
ルシアンは、ポケットから手のひらに収まるサイズの青紫色の魔石を取り出すと、リズにべったりの幻獣に向ける。
「『回収』」
「あっ」
「よし。これで帰るまでは大丈夫だな」
「わふん」
魔石から白い光が放たれると、幻獣を包み込んで魔石へと取り込んだ。幻獣を取り込んだ魔石は、中心部分が僅かに発光している。
ルシアンが取り出したのは、幻獣を保護する際に使用する魔石だ。取り込む幻獣の力によって魔石の強度や必要な魔力は異なるが、先ほどの幻獣であればさほど魔力を消費せずに保護できる。
「じゃあ、戻るか。他の人達にも連絡しておかないと」
「うん」
魔石の魔力が途絶えた地点から手分けをして探していたため、まだ他の幻獣師は幻獣の捕獲を知らないままだ。
王宮の外へ向かいながら、リズは通信用の魔石で他の幻獣師達に捕獲が完了したことを知らせる。
ルシアンと他愛ない会話をしつつ、王宮の廊下近くを歩いていると、前方に見慣れた青年の姿を見つけた。
「クライド様?」
「え? あ、ほんとだ」
廊下の方を向いて誰かと親しげに話をしているのは、金髪に青い目を持つ整った顔立ちの青年、クライド・イザックスだった。
リズの一つ上の彼は、幼い頃からリズの家と付き合いのあるイザックス侯爵家の嫡男だ。イザックス侯爵家は多くの騎士を輩出しており、物心ついた時から剣術を学んでいた彼は学園を卒業してから王国騎士団に入団している。
騎士を目指すひたむきな姿を見てきたリズは、いつからかそんな彼に密かに想いを寄せるようになった。
(休憩中かな?)
今、彼は訓練の合間なのか、普段の騎士の制服とは異なるラフな格好だ。
一体、誰と話をしているのだろう、と彼の向かいを見れば、ふわふわとしたピンクブロンドの髪に愛嬌のあるオレンジの目をした美少女がいた。
どくん、と心臓が跳ねる。
「あれ? リズ。久しぶり」
「お久しぶりです」
上擦りそうになる声を抑えつつ、必死に笑顔を取り繕って挨拶を返す。目の前の少女は誰だろう、白を基調とした制服は王宮治療師のものだが、こんなに目立つ容姿の治療師はいただろうかと考えつつ。
すると、少女を見るリズの視線に気づいたクライドが、「ああ、そうだ。ちょうど良かった」と表情を和らげ、少女を紹介した。
「この子はフィルバート辺境伯令嬢のイザベラだ」
「初めまして。シンシア嬢のことは、クライド様からよく聞いています。一度、お会いしてみたかったんですの。そちらは?」
「申し遅れました。コンラッド子爵家のルシアンです。よろしくお願いします」
蚊帳の外と思っていたルシアンは、イザベラから視線を向けられ、慌てて挨拶をする。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」とにこりと微笑んだイザベラは、すぐにリズに視線を戻すと、彼女を頭の先からつま先まで見てからクライドにさらに近寄る。そして、見せつけるようにクライドの腕に自らの腕を絡ませた。
(何だその距離。令嬢ってそんな気軽に異性に触れたっけ? リズにはされたことないけど?)
「リズには紹介しておきたかったんだ。その、ちょっと恥ずかしいんだが……彼女と付き合うことになったんだ」
「!」
リズは鈍器で殴られたような衝撃が走った気がした。照れた様子で言うクライドに「おめでとう」と返したいのに、息が詰まって言葉が上手く出てこない。
リズの異変を察したテオが、「くぅん」と鳴いて擦り寄ってきたことで、ハッと我に返る。
「そ、そうなんですね。おめでとうございます」
「ありがとう。リズとは昔からの付き合いだし、『妹みたいな存在』だったから、早く知らせたかったんだ」
恋愛対象になっていないことは分かってはいたが、そこまでは聞きたくなかった。
視界が滲んで、思わず下を向く。
泣くな、と手を強く握りしめると、その手を上から握られた。
驚いて手を握ってきた相手、ルシアンを見れば、彼は真っ直ぐにクライド達を見て言う。
「喜ばしい話のところ水を差してすみません。実は、幻獣のことですぐに戻らないといけなくて……」
「えっ、そうだったのか。悪い。足止めさせて」
「……いいえ。久しぶりにお会いできましたし、嬉しい報告も聞けたので良かったです」
感情を押し込め、どうにか涙を堪えて笑顔を浮かべる。
今まで婚約者の話も出なかったのが奇跡なくらいだ。そんな彼に恋人ができたのは喜ばしいことに変わりはない。侯爵夫妻も一安心だろう。
失礼します、と断りを入れてから二人の前を去った。
「リズ、どうしたんだろう? あんまり元気がなさそうだったけど……」
「幻獣のことがとても好きな方なんですよね? きっと、お仕事が気がかりなんでしょう」
「それもそうか。また、何処かで話せるといいんだが」
「ええ。私も、もっとお話ししてみたいですわ」
クライドに相応しいのは自分だと、もっと分からせるために。
交際を知り、泣きそうになったリズの顔を思い出し、イザベラはひっそりとほくそ笑んだ。
(どうしよう、この空気)
クライド達の前から半ば強引にリズを連れて去ったルシアンは、漂う重い空気をどう晴らすかと悩んでいた。掴んだ手も離すタイミングを失ったせいで、「手が小さいのも可愛いな」と思考が斜め上に走ってうまく働かない。
リズがクライドを慕っていることは知っていた。彼女が十六歳になり、クライドから成人祝いのプレゼントとして青いリボンを貰ったと喜んでいた時、友人達との恋愛話を耳にしたからだ。
当時のルシアンは色恋について疎く、それまでリズの様々な一面に好感を持っていたものの、それが異性としてなのか人としてなのかははっきりしていなかった。ただ、嬉しそうに話す姿を見て、もやもやとしていたが。それが嫉妬だったと気づいたのも、つい最近だ。
(俺が、もっと早く自覚していたら変わっていたんだろうか)
友人止まりのまま、月日が流れてきた。
もし、もっと異性として見てもらえるようアピールが出来ていれば、今日の辛さは和らいでいただろうか?
そんなありもしないことを考えつつ、リズの反対隣にいるテオを見る。
使役獣としてまだ一年半ほどしか一緒にいないテオは、不安げな主人を見ると「わふっ」と呆れた様子で小さく鳴いた。そして、スッとルシアンの隣を離れると、空いているリズの手に頭を擦り付ける。
「……テオ?」
か細いリズの声がした。
足を止めると、テオはリズの体に擦り寄って「キューン」と高く鳴く。
ルシアンがそっとリズの手を離すと、彼女はテオの前にしゃがんで頭を撫でてやった。
「気遣ってくれてるの? ありがとう」
お座りの姿勢を取ったテオの尾が地面を軽く叩く。
今は仕事の最中だというのに、私情を挟んだことでテオだけでなく、ルシアンにも気を遣わせてしまった。
「ごめん、仕事中なのに。もう切り替えるから気にしないで」
「…………」
無理に笑って言うリズは、どう見ても気持ちを切り替えるにはまだ早い。また強く握り締められた手もそれを物語っている。
しかし、そんな彼女にうまく言葉を掛けられない自分ももどかしい。
ルシアンは軽く息を吐くと、またリズの手を取って引いた。
「ちょっとこっち来て」
向かった先は、すぐ近くの建物と建物の間。二人並んで入るには少し狭いそこは、陽の光も届きにくく、やや薄暗い。
戸惑うリズを奥に押し込んだルシアンは、「上手く言えないけど……」と前置きをしてから言葉を続ける。
「仕事中だろうと、辛い時は辛いだろ」
入ってきた所は、魔力の制御を緩めて大きくなったテオが座って塞いでいる。奥にいる二人の姿は、外からは見えにくい。
「……私、もう子供じゃないのに」
「大人だからって泣いちゃいけないとかないじゃん」
「…………」
「俺とテオしかいないし、我慢しなくていいよ」
「っ!」
優しい声音で言われた途端、また視界が滲んだ。
堰を切ったように溢れ出した涙はもう止まらなかった。
「う……っ」
「…………」
顔を手で覆い、声を押し殺して泣くリズを見て、ルシアンは自然と手を伸ばしかけ、触れる直前で止まる。
抱き締めたいが、ここで抱き締めてもいいものか。
そんな主人の躊躇いを察したのか、ルシアンの背中をテオの尻尾が叩く。
ちらりと見れば、こちらに背を向けて座っているテオが「早く」と行動を催促していた。言葉はないが、背中が物語っている。
(傷心につけ込んでるんじゃない、単純に支えたいからだ……!)
出来るだけ優しく、苦しくないようにそっと抱き締める。
少しでも彼女の心が軽くなればいいと願いながら。




