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03.割れた《コア》と謎(2)


「ちょっと待って」

「「ん?」」

「リズが“ロスト”に侵蝕されたのって、たしか十年以上前よね?」

「そうだな。リズは八歳くらいだったはずだ。俺も、あの時はアズラとまだ契約していなかったな」


 レオがアズラと契約したのは、十四歳になってしばらく経った頃だ。後学のため、父に無理を言って魔獣討伐戦に参加させてもらったのだが、凶暴な魔獣に襲われて味方から離されてしまった。その際、たまたま縄張りが近かったアズラが気づき、助けたのが切っ掛けだ。

 契約の時を思い出し、そんなこともあったなと懐かしむレオとアズラに、ダリルは大きくなった疑問をぶつける。


「あなた、リズの四つ上よね? この年齢不詳の魔導師はともかく」

「年齢不詳って。覚えてないだけだよー」


 自身も矢面に立たされるとは思わなかったノエルは、軽く笑いながら少しだけ訂正する。「覚えてないほど長く生きてて、外見が変わらないのどうなってんのよ」と突っ込まれたが。

 一方、年齢がはっきりしているレオは今年で二十四になる。つまり、リズが“ロスト”の被害に遭った時、まだ十二歳だ。

 徐々に自分の失言に気づいたレオは、「やってしまった」と片手を口に当てるが既に遅い。


「なんで詳しいの? まるで当時、その場にいたみたいじゃない」

「幼心に、父君の仕事を見たかったんだって。可愛いよねぇ。連絡が来た時も、『将来、父上の仕事を引き継ぐから』って一緒にいたんだよ」

「あら。そんなに幼い頃からルーカス様の後を追っていたのですね」


 ドラゴンとして数百年以上を生きているアズラからすれば、人の十二年など生まれたばかりの赤子同然だ。レオと契約したのも、「こんなに幼い子が」と興味を持ったからだが、やはり彼は見ていて飽きない。

 ノエルにより、すべて明かされたレオはもはや言葉が出なくなっている。


「先代所長が許可したことだし、過去のことだからアタシがどうこう言えやしないけど、あなたってホント、昔から即行動派だったのね」

「褒めてる?」

「恋愛には臆病なくせに」

「貶してたわ」


 感心した様子ではあったが、最後の一言で感心ではなく呆れが強いと分かった。

 レオより歳上のダリルも、先代所長の仕事ぶりをよく知っている。彼は仕事に対して真面目ではあったが、魔獣討伐戦に参加しても先陣を切って戦うよりは後方で支援をするか、機関に残って幻獣の研究などをしていたほうが多い。

 だからこそ、進んで戦闘に参加するレオには驚いたものだ。

 それが恋愛にも反映されていればいいのに、と思ったところで、ダリルは気になったことを訊ねる。


「そういえば、リズはレオがいたことを知らないみたいだけど、会ってなかったの?」

「一緒に行く条件でノエルに変化の魔法を掛けてもらっていたし、ほとんど寝込んでいたから知らないと思う」


 レオは公爵家の嫡男であり、現国王の甥になる。つまり、王位継承権は下の方だが王族の一員だ。ある程度、自衛はできるようになってはいたが、それでもまだ子供には変わりない。

 そのため、万が一を考え、ノエルに王族特有であるアイスシルバーの髪色と金色の目を変えてもらっていた。

 また、リズはレオがいた時は寝込んでいたため、視界に入ることもほぼなかったはずだ。もし、入っていたとしても、髪と目の色が違うので気づいていないだろう。

 滞在中、ノエルと父の目を盗んで、何度かこっそりと様子を見に行ったりもした。瘴気による熱に侵され、魘される姿は幼心に胸が痛んだ。


(少しでもマシになればと思って、覚えたての治癒魔法を使ったりもしたけど、気休め程度だったしな)


 レオの魔力も光属性だ。苦しさが和らげば、とリズの手を握って治癒魔法を使ったが、まだ未熟だったことや治癒よりも攻撃の方が得意なため、根本的な治癒は出来ていない。

 それでも、治癒魔法を使った直後は、苦しげな呼吸が僅かに落ち着いていたのが記憶に残っている。


「特に何かできたわけでもないし、言うほどのことじゃないから言ってない」

「えっ! 僕らの目を盗んで、覚えたての治癒魔法を使ってたのに!?」

「言うな!」

「幻獣や剣術にしか興味なかった息子に春が来たんじゃない? ってはしゃいだら怒られたのに!?」

「それは自業自得だろ!」


 茶化される可能性も鑑みて言わなかったことを、ノエルはわざわざ声を大にして明かす。

 彼が気づいていた事には驚きだが、それならば黙っていて欲しかった。

 ダリルとアズラがこそこそと何かを話しているが、突っ込めば余計なことになりそうだ。

 すると、ノエルは当時を思い返していたからか、あることを思い出して訊ねる。


「あ。そういえば、“ロスト”の浄化中、リズに不思議な魔力がくっついてたんだけど、レオは何か気づいた?」

「いや、特には……。それは“ロスト”の影響によるものか?」

「ううん。リズと同じ光属性なんだけど、人間が持つものよりも神聖な感じの。でも、聖獣のようなものでもないんだよね」


 元々、リズの光属性の魔力は、他の光属性の魔力とは性質が少し異なる。治癒魔法は幻獣に対して抜群に効果を発揮するが、人に対しての効果は薄い。通常は同種族である人に対して効果を発揮し、幻獣には効きにくいことが多いのだ。

 以前、聖獣の傷を治せたのは、リズの魔力の性質のおかげでもある。

 今、リズに感じた不思議な魔力の気配はほとんど残っておらず、ごく稀に残り香のように感じる程度だ。


「うーん。改めて考えると、もう一度調べ直したほうが良さそうだね。《コア》の件もあるし。いっそ、うちに入ってくれたらいいのに」

「ダメだ」

「分かってるって」


 魔導師団に入ってくれれば、魔力についてもっと細かく調べられる。だが、レオが許すはずもなく一瞬で却下された。


「調査が大事なのは分かるが、なるべく負担は掛けたくない。傷つけるようなこともしたくない」

「僕のこと、マッドサイエンティストか何かだと思ってる?」

「そこまでは言ってない」


 さすがにノエルも倫理観を無視したような調査はしない。ただ、それはあくまでもノエルの主観であり、周囲からやや行き過ぎでは? と思われることもあったが。

 すると、アズラとこそこそと話をしていたダリルが、横からノエルにこっそりと言った。


「自分の目の届かないところに行かせるのが嫌なのよ」

「成長に繋がるかもしれないのに、それを邪魔するような独占欲は嫌われるんじゃない?」

「邪魔はしないが節度を守って欲しいだけだ」


 リズが成長するのは喜ばしい限りだ。だが、その成長の過程に彼女が傷つくことがあるのであれば、なるべく避けたい。分かっていることならば尚更。

 ノエルは呆れ混じりにストレートに言う。


「過保護すぎない? 『婚約者』どころか『恋人』でもあるまいし」

「うっ」

「あーあ、トドメ刺したわね」


 ただの上司と部下。それを改めて突きつけられたレオは反論の余地がない。

 ダリルとアズラは揃って溜め息を吐いた。

 ノエルは散らばった《コア》の欠片を魔法で浮かして回収しつつ、以前から気になっていたことを訊ねる。


「ずっと気になってたんだけど、レオはどうして彼女の事を好きになったの?」

「えっ。ここで聞くのか?」


 突然、始まった色恋の話に、せめて場所を変えてくれと思った。周囲には騎士や魔導師達がいる。各々が片付けなどをしているとはいえ、会話が聞こえていないとは限らない。

 言いにくそうにしているレオを見て、ノエルは軽く指を鳴らすと四人を囲う結界を張った。


「大丈夫。遮音魔法を掛けたし、そうじゃなくても大体の人が気づいてるよ。見てて分かりやすいんだもん」

「気づいてないのはご本人くらいですね」

「別に好きな人がいるんだし、自分に向けられている視線なんて気にしないわよ」

「で? 何が切っ掛けなの?」


 本当に守護竜と部下なのかと思うほど、アズラとダリルは容赦がない。

 ノエルはノエルで、自分の好奇心が抑えられないようだ。

 観念したレオは、軽く溜め息を吐いてから切っ掛けを話すことにした。


「リズが学園に入学した時、ちょっと気になってたから会いに行ったんだよ。そしたら、ルシアンが他の貴族に馬鹿にされているのを庇ってるところに出くわしたんだ」


 ルシアンも貴族の家だが、領地を持たず、王都に居を構えて王宮に仕える宮廷貴族というものだ。貴族には変わりないのだが、それを領地を持つ別の貴族の子息が「宮廷貴族のくせに魔力なんて大層な物を持ちやがって」と見下し、喧嘩に発展しそうになっていた。それも、まだ魔力が安定して間もないルシアンの魔力が暴走しかけるほどの。

 そこへ、たまたま通りかかったリズが間に入り、宮廷で働く貴族も社会に貢献する立派な貴族であり、他人を見下す貴方のほうが恥ずかしいと一蹴。文句があるなら魔力を発現させてからにしなさい、と叱りつけていた。


「その後、ルシアンの魔力もすぐに安定したし、俺の光属性の魔力と違うんだなって興味が湧いたんだ」


 さらに翌年、今度はレオの従姉妹に当たる第二王女のルナリアが入学。王族特有の金色の目を持つ彼女だが、髪は側室である母親の艶やかな黒髪を受け継いでいた。この国では珍しいその黒髪が、一部の貴族令嬢達に受け入れられなかった。

 ある事件で母が亡くなっていたこともあってか、「気味が悪い」「不吉だ」と囁かれはじめ、さすがに王族が侮辱されてはならない、と事が大きくなる前にレオが間に入ろうとした。

 だが、またしても偶然、令嬢がそれを言っているところにリズが居合わせ、令嬢達をその場で注意したのだ。さらに、それまで話したこともなかったルナリアに歩み寄り、「珍しい髪色ですし、とても綺麗なので妬ましかったのでしょうね。どんな髪飾りでも宝石でも映えそうなので、羨ましい限りです」とさらりと殺し文句まで言ってみせた。

 おかげで、ルナリアはすっかり彼女に懐いており、見習いで機関に入ったと知るなり「お姉様を傷つけたら許しませんからね」とレオに手紙を送ってきたほどだ。


「正義感の強さはさすがねぇ」

「気づいたら目で追っていたし、幻獣と遊んでいる姿も可愛いし、人の治癒は苦手だからって一生懸命に手当てをしてくれるのも――」

「ねー、もういい?」


 すらすらとリズを好きになった切っ掛けを話し続けるレオに、ノエルはもうお腹いっぱいだと言わんばかりに止めた。

 ダリルとアズラも、戦闘由来ではない疲労がやや滲んでいる。


「自分で聞いておいてあれだけど、なんかこっちが恥ずかしくなってきちゃった」

「それだけ拗らせてんのよ、このお坊ちゃんは」

「慎重になっていると言ってくれ。彼女には好きな人がいるんだから」


 毎日のように着けている青いリボンを見る度に、嫌というほど思い知らされてきた。彼女の視界に入るのは違う人なのだと。

 彼女が入学した時に接して交流を重ねていれば、今の関係はもう少し変わっていたかもしれないのにと何度も後悔した。

 ダリルは隣にいるアズラに訊ねる。


「アズラ、契約したの後悔してない?」

「然程は」

「『然程』!?」


 そこは「全然」ではないのか。多少なりとも後悔したことがあると知り、見限られないようにしなければと気を引き締める。

 そんなレオをノエルは冷やかす。


「でも、行動派な上に優秀だ何だと褒め称えられる公爵子息も奥手なんだ。可愛いね」

「面白がるな」


 若くして機関の所長を父から引き継ぎ、魔獣討伐戦でも騎士に引けを取らない戦いをするレオは、周囲からの評価がとても高い。

 だからこそ、彼の未熟なところは余計に可愛らしく見える。

 レオからすれば堪ったものではないが。

 ノエルは結界を解除すると、大きく伸びをして自身の魔力を整える。調整のための《コア》がない今、魔法を使う際は周囲への影響を考えなければならない。


「よーし。じゃあ、面白い話を聞いたことだし、新しい《コア》も貰いたいし、機関まで送ってあげるよ」


 王宮に帰らなければならない騎士や魔導師は、ノエルとは別の魔導師達の転移魔法で戻れる。

 ノエルは、近くにいた魔導師に自分が機関に向かうことを伝えてから、レオ達を転移魔法で飛ばした。





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