24.進展
翌日、ノエルが機関を訪れると、リズは幻獣の浄化と治癒を行っていた。
幻獣は昨日の討伐戦で魔導師が保護した個体で、“ロスト”の侵蝕が僅かに見られたものの、救助が早かったことで魔獣へ転じることはなかった。
リズの処置の様子を別室の窓から見ていたノエルは、隣にいるレオに昨日のことについて報告をする。
「ダンジェオンの浄化は完璧だったよ。護国結界も、元通りどころか以前より堅固になっているし」
「ああ。アズラも、彼は若さを取り戻したみたいだと言っていたな」
昨日、ノエルはレオとリズに話を聞きたかったのだが、機関に行く前にアルバートとダンジェオンの様子を見に行って話をしているうちに時間が経ってしまった。
その代わりに、治癒された本人であるダンジェオンや居合わせたアズラから状況を確認した。
新しく張られた護国結界は、歴代の中でもトップクラスの強度を誇るだろう。
「そういえば、ノエル達もあの瘴気には気づかなかったんだって?」
「うん。アル達には、ごく小さなものだから、ダンジェオン自身の魔力で相殺されて気づけなかったんじゃないかって言われたけど、僕としてはとんだ失態だよ。僕も歳を取ったかなぁ」
「うーん……。まぁ、俺もリズに言われて気づいたから何とも言えないが……」
国内でも最も魔力を有するノエルは、これまでどんな些細な瘴気も見逃してこなかった。それこそ、リズが見つけたような小さな瘴気でさえも。
アルバートやダンジェオンは気にしていないが、ノエルは今後、同じようなことを起こさないよう自身も含めて他の魔導師の訓練も増やそうと密かに決めた。
「でも、不思議なことに、庭の結界の強化はしたけど、瘴気が発生した痕跡とかもないんだよね。怪我したのが二ヶ月前でも、浄化をしていないのだから多少は残っているものなのに」
そもそも、宮殿の裏にある守護竜達が休む庭は、ダンジェオン以外の守護竜達も使っている。しかし、今のところ、そちらに異変はない。
怪我をした事も含め、ダンジェオンを狙ったものと考えるのが自然だ。
「ここ最近、陛下以外にダンジェオンに近づいたのは?」
「僕と数人の魔導師と治療師、あとは世話係だけかな。もしかして、彼らが何かしたって?」
「その可能性はあるなと思ったんだ。ただ、結界が張られている場所に、瘴気を外部から持ち込めるのかという疑問はあるが……」
衰弱していることはあまり外部に知られてはならないため、近づいたのは両手で数えられる程度だ。
一瞬、彼らがダンジェオンに接触した際に瘴気を仕込んだかとも思ったが、瘴気を持ち込もうものなら結界に弾かれている。
「ひとまず、魔導師達はともかく、治療師と世話係のことは近衛騎士団に頼んで探ってもらおう」
「そうだな」
魔導師についてはノエル直属なので、わざわざ王家の守護者である近衛騎士団を挟まなくても直接調べることができる。もし、魔導師が犯人だとしたら頭が痛いが。
話が一区切りついたところで、レオはリズの力についての調査の進捗について訊ねる。
「リズの力の調査はどうだ?」
「今、故郷の文献が届いたから確認しているところ。ただ、量が膨大だから、もう少し時間は欲しいかな」
一体、どれほどの量の文献が届いたのか。
気にはなったが、部外者を避けるエルフの郷にある文献を人であるレオが触っていいとは思えず、「そうか。気にはなるが、あまり無理はするなよ」とだけ言った。
そこへ、治療を終えたリズがノエルに気づいて部屋に入ってくる。肩にいるステラはやや疲れた様子だ。
「お疲れ様です、ノエル様」
「やあ、リズ。昨日はお手柄だったね」
「いえ、私は特に……いつもどおり、浄化をしただけなので」
「二人とも、とても喜んでいたよ。昨日はすぐ帰っていたみたいだし、今度、改めてお礼を言いたいって。報奨も期待していいんじゃない?」
アルバートの伝言を聞いたリズは、帰り道でレオと話していたことが蘇り、一瞬、表情を曇らせた。まだ決まったことではない、とすぐにいつもと変わりない笑みを浮かべる。
「幻獣師として仕事をしただけなのですが、そうですね。希望を言えるなら、この前、城下の市で見つけた薬草をお願いしたいです」
「ああ、この前届いていたルナドロップか。たしか、煎じた物を飲ませた幻獣が翌日には元気になっていたな」
「はい。あのコは軽い風邪症状でしたが、分量や処理方法を変えれば他の怪我や病気にも使えるそうなので、できればもっと欲しいなと思っていたんです」
ルシアンと城下の市を見に行った際に見つけた花は、翌日には機関に届けられた。
他の幻獣師達も珍しい薬草に興味を示したため、頼んだ物はあっという間に使い果たしてしまった。
完成した薬の効果もこれまで機関で取り扱っていた物より高かったため、追加で手に入らないか探っていたところだ。
「それなら僕に言ってくれれば、流通ルートを確保してあげるよ。だから、アルにはもっと貴重な物とか高価な物を強請ったっていいんだよ? だって、一国を救ったようなもんじゃない。誰も怒らないよ」
「仕入れ先を知っているのか?」
「うん。あれ、一時的な魔力増幅効果もあるから、たまに僕らも取り寄せてるんだ。どれくらい必要か教えてくれたら、僕が話を通しておくよ」
「いいんですか!? ありがとうございます」
薬があれば、今後、リズが不在の時に重傷や重病の幻獣が運び込まれてもすぐに処置が可能だ。
現状でも時間を掛ければ救えてはいるが、治療期間が短くなれば幻獣も幻獣師も負担が減る。
思いもよらぬ進展に、先ほどまであった憂いが吹き飛んだ。
そして、三人で執務室に戻ると、上機嫌な様子のリズを見たダリルが声を掛けてきた。
「あら、随分とご機嫌ね。何か良いことがあったの?」
「はい。ノエル様が、ルナドロップの仕入れ先をご存知だったみたいで、そこを教えてくださるそうなんです」
「それは良かったわ。あの薬、かなり効果が高かったから、あたし達もどうにか手に入らないか探してたのよね」
リズが本で薬草を見つけるまで、ほとんどの幻獣師が存在を知らなかった。オズやアズラが、「そういえばそんな薬草もあったな」と思い出した程度だ。
ダリルの隣にいたルシアンは、リズの肩で眠そうに欠伸をするステラの頭を撫でつつ、リズの治癒の様子を思い浮かべて口にする。
「あれがあったら、リズ達の負担も減るだろうし、良かったな」
「そうだな。最近は特に、リズに頼ることも増えたし……って、『達』?」
浄化や治癒について、リズが来てからは日に日に彼女を頼ることが増えている。勿論、すべてではないものの、重傷のものは大抵の場合、リズが最初の処置に当たっているのだ。
その負担が軽減されるならレオとしても喜ばしい限りだが、ルシアンがリズだけでなく別の者も含めている言い方に気づいた。
「え? リズが治癒魔法を使ってる時、こいつも一緒に何かしてません? 額の石が光ってるのってそういうことかと……」
「キュッ」
「やっぱり、あの魔力はステラの物だったんだ」
「ちょっと待て。どういうことだ?」
ルシアンに言われて、ステラは「そうだよ」と言わんばかりに顔を上げて短く鳴いた。
先ほどの治癒魔法の様子を見ていたノエルも、ルシアンが言っているステラの状態に気づいていたが、リズの治癒魔法に影響されたものかどうか判断しかねていたのだ。
「リズが治癒魔法を使っている時、ステラの額の宝石も輝いていてね。それからは魔法の威力が増しているように見えたんだ」
「つまり、ステラがリズの魔法を強めていると?」
「要はそういうことだね。ということは、ダンジェオンの件もステラが絡んでいそうだ。……あれ? 待って。そういえば、今朝読んでた文献に似たようなことを書いてた気が……」
簡単にまとめたレオに頷いてから、ノエルは数時間前に読んだ本の内容を思い出す。ぶつぶつと何かを呟いていたが、「あ!」と声を上げるとすぐに踵を返した。
「ノエル!? 何か分かったのか?」
「うん、軽く流しちゃったから確認し直すよ。あ、ルナドロップの件、後日ちゃんと話を詰めるから!」
ノエルが慌ただしく去った後、リズは肩にいるステラを見やった。
通常であれば、魔法を使っているときに他者の魔力があれば感じ取れる。だが、リズが治癒魔法を使っている時、いつもより対象の回復速度が速かったり、普段より効果が高いとは思っていたが、まさかステラも魔法を使っているとは気づかなかった。
レオの執務机の横にいたアズラは、その理由を挙げた。
「魔力は個々によって異なるものだからこそ感じ取れるのですが、恐らく、リズ様とステラの魔力の性質が瓜二つなのでしょうね。ノエル様が漸く感じ取れるほどに」
「そんなこと、あり得るのか?」
「血の繋がりがあれば可能性は高いのですが、人と幻獣ではまずあり得ません」
そもそもの種族が違うため、属性が同じであっても重なることはない。
ルシアンも、魔力の違いで気づいたのではなく、ステラの額の石が輝いたからこそ「何かをしている」と思った程度だ。
滅多にない状況、それもかなり有用な話に、ダリルは感心を滲ませて言う。
「治癒魔法の効果が二倍になるってことでしょ? その内、王家に引き抜かれそうね」
「「!」」
まだ確定した話ではない。勝手な推測だが、昨日、レオが口にしただけに二人の心臓が跳ねた。
居たたまれなくなったリズは、思わずルシアンの手を握った。
「えっ」
「申し訳ありません。テオのことで相談があるのを思い出しました! 失礼します!」
「ちょっ、リズ!?」
テオは今、中庭で自由に遊ばせている。
ただ、ルシアンは相談があるという話も初耳のため、戸惑いながらも手を引くリズについて行くしかなかった。
あっという間に姿を消したリズ達に、ダリルは目を瞬かせつつ、残されたレオに「何事?」と問う。
「昨日、ちょっとな」
「昨日って、陛下の守護竜を診てくるって話だったでしょ? 帰ってきてから、リズは少し浮かない顔をしていたけど、アズラを残しているほどだから、まだ容態が気になっているのかと思ったわ」
「……アズラを残して先に帰ったのは、宮殿にリズを長居させたくなかったからだ」
「どういうこと?」
ダリルは怪訝に眉を寄せた。
昨日の様子について、王家が絡んでいるためにあまり突っ込んだ話も聞けていない。そのため、状況が分からず、リズを宮殿に長居させたくないと思うほどの出来事の想像がつかなかった。
「その王家の引き抜きの話が、割と現実味を帯びてきたんだ。まぁ、引き抜きというよりは、第二王子の婚約者っていう話なんだけど」
「はぁ? 何でそんな話をあなたが知っているのよ」
「一応、俺も王族なんだが」
「あら、ごめんなさい。そうだったわね」
王家の婚約者候補の話は貴族の間で噂になることはある。だが、それはあくまでも王家側である程度、話がまとまり、候補者の家に話が持ち込まれてから広まるものだ。
第一王子に婚約者が決まってからはその噂は立っておらず、せいぜい、候補に挙がりそうな令嬢や令息は誰かという内容までだった。
レオの言い方ではほぼ確定事項のようだが、どこから情報を得たのかと突っ込んだところでレオも王族だと思い出す。
機関では家格についてあまり気にせず、意見などは素直に言うようにと常々言われていることもあり、すっかり抜けてしまっていた。
「かなり前だが、リズの引き抜きの話はあったんだ。ただ、ここにいてくれたほうが、より多くの幻獣を救うこともできるから、陛下も引き抜きについては諦めてくれている」
「その代わり、守護竜の健診に必ず同行するようにと言われましたね。昨日も、リズ様のお陰で状況がかなり良くなりましたし」
「なるほど。何となく話が見えてきたわ。」
守護竜専属の治癒師では王家が独占してしまう形になる。それを避けつつ近くに置いておく方法としては、「婚約者」という名目は有用だ。
以前、雑談中にダリル達に「結婚をするなら、自分が好きになった人がいい」と言っていたリズからすればあまり嬉しくない話だろう。
「それであの顔ね」
「陛下のことだから、あのまま残っていたらルナリア達を呼びつけて、『休憩』と称した茶会を開かれて、それとなく話を持ち出しかねないからな。適当に理由つけて出てきたんだ」
十分にあり得る流れに、ダリルは苦笑いを浮かべた。
一緒に行っていたのがオズだったなら、ダンジェオンのその後の様子を優先して残り、茶会を開かれたところでリズを残して先に戻っていたはずだ。
改めて、レオのリズに関することへの嗅覚の鋭さに感心してしまった。
「さすが、長年片思いしているだけはあるわね」
「あの幼馴染みの件も終わったことだし、さすがにそろそろとは思うんだけど」
暫く仕事を優先したい、と言っている上に、今のところ「異性として好き」という気持ちを向けられているわけではない。
出来ればレオにとって良い方向に話を進めるには、まだまだ時間が欲しいところだ。
「今度の舞踏会は一緒に行くんでしょ? まぁ、それまでにリズがまた恋愛したいと思うかは分からないけど」
「……そうだな。でも、一旦、あちら側に牽制できたらなとは思ってる」
「王家に対してそんなこと言えるの、あなたくらいね」
これがルシアンなら、頭を抱えていただろう。
リズに連れて行かれたルシアンを浮かべながら、ダリルは溜め息を吐いた。




