23.力を欲する者
宮殿を出て機関に戻っている途中で、リズはレオに気になっていたことを訊ねる。
「レオ様。保護した幻獣は、もう大丈夫だと仰っていませんでしたか?」
「そうだな。あの場にいたのが侍従だけで良かった」
「では、どうして急いで戻ろうと……?」
護国結界が強化された際、影響が出るかもしれないと言って早々に部屋を出てきたが、実のところ、幻獣達は完璧に浄化されており、また瘴気に触れない限りは問題ないというところまで判断はついている。もし、僅かながら瘴気が残っているならば話は別だが。
リズとしては、ダンジェオンの様子のほうが気がかりだ。レオもその判断を下すだろうと思ったため、急いで戻ろうとするのは意外だった。
「あー……まだ王宮だから言いにくいんだが、リズの力をあまり知られたくなくて」
「はい?」
予想していなかった答えに、リズは目を瞬かせた。
元々、アルバートはリズの魔法が幻獣によく効くことを知っている。だからこそ、ダンジェオンの定期的な検診も声が掛かり、リズがレオと共に訪れるようになった。今回の治癒に関しても同様だ。
「いや、既に知られてはいるから今さらなんだが、その……あまりにも有用だと判断された場合、あちらに取られる可能性もあるし……」
元々、幻獣の治癒はどの治療師でも難しく、ノエルでもやや難しいと言っている。それが高い魔力を保有するドラゴンならばさらに困難だ。
リズが機関に所属する前は、幻獣自身の治癒力に任せ、幻獣師達は止血や消毒、消耗した魔力などの回復のサポートをしていた。そのため、保護をする期間は今よりも長期に渡った。
そこに現れたリズの力は、機関にとって天の助けのようにも思えた。守護竜を持つ王家としても、近くに置いておきたいと思う存在だろう。
歯切れが悪いのは、王家に対して利のあるものを隠そうとすることがあまり良しとされないと分かっているからだ。
「王命ともなれば断るのは難しいでしょうね。けれど、国王陛下は利を独占しようとする方ではないので、引き抜きまではされないと思いますよ」
専属とならずとも、今のように機関に籍を置いて必要なときに向かうことはできる。アルバートも、その方が国内の幻獣のためにもなっていいだろうと判断しているからこそ、リズを引き抜いていないのだ。
しかし、レオの懸念は別にあった。
「うーん……正直、これを口にするべきではないのだろうが……。第二王子と面識はあったよな? ルナの双子の兄だし」
「はい。ルナリア様とのお茶会に、何度かいらしていました」
「くそっ。もう手を回しているのか」
レオの脳裏に高らかに笑う従姉妹の姿が浮かぶ。
第二王子、ノヴァはリズとも親交のあるルナリアの双子の兄だ。彼は王家の中でも特に高い魔力を保有しており、十二歳で隣国、シャルトルーズへ留学し、二年前に帰国している。
留学前にも会ったことはあったが、帰国後にも両手で数えられる程度はお茶会で顔を合わせた。
ルナリアは黒髪に金色の目だが、ノヴァはアイスシルバーの髪にルビー色の目が特徴的だ。ただ、母親譲りのルビーの目を未だにコンプレックスに感じているようで、会ってもリズと目が合うことはあまりない。
「今は、第一王子殿下の補佐ができるように、とノエル様のもとで魔法について学んでいるそうですよ」
「そうか。まぁ、ノヴァなりにやれることを見つけて頑張っているならいいんだ」
「あの、ノヴァ様がどうかしましたか? まさか、守護竜のこととか……?」
王族は守護竜を持つ決まりがあるが、ノヴァについては過去のある事件のせいで守護竜がいない。
だが、その点については、ノヴァは「王位は継がない」と言っていることや、第一王子のアレンディスが次期国王として立太子するとほぼ決まっているので大きな問題にはなっていないはずだ。
それでも一部の家臣達は陰口のように守護竜のことを言っているため、事を鎮めるためにアルバートが動こうとしているのか。
心配の色が滲んだリズだが、レオはそれをあっさりと否定した。
「え? ああ、違う違う。いや、守護竜のことも案じられてはいるが、その……アレンに婚約者がいるように、ノヴァ達もそろそろ決めた方がいいと話が出ていて……」
「その話なら、ルナリア様も困っていらっしゃいましたね」
いくら婚期が遅くなっているとはいえ、王家としては早めに相手を決めておきたい。これまでからすると、成人した年齢で婚約者がいないのは遅いと言われる。
しかし、ルナリアはまだその気が起きないようで、お茶会のときに大きな溜め息を吐いていたのが記憶に新しい。
そこまで考えたところで、レオが言わんとしていることに気がついた。
「あの、もしや……いえ、王家のことを口にするのも恐れ多いのですが、レオ様の仰る『取られる』というのは……」
「ドラゴンの治癒ができる人を身内に迎えたいと思うのは、自然な流れだろう? リズが婚約者候補に上がる可能性が高いんだ」
「……そ、れは」
相手は政略結婚が多い王族だ。ありえない、とは言えなかった。
家格は高いとも低いとも言えないが、ドラゴンを治癒できた実績は、守護竜を大事にするこの国では結婚相手として文句のつけようがないだろう。また、王位継承権を放棄したも同然の第二王子ならば、反旗を翻される心配もない。さらに、結婚をして子供が生まれたとして、リズの力が遺伝していれば上々、といったところか。
ただひとつ、そこで引っ掛かったことがある。
「レオ様も」
「ん?」
「レオ様も、ドラゴンの治癒ができるような人と結婚したいと思うんですか?」
「え!? ま、まぁ、絶対的な条件ではないが、できるならそれに越したことはないというか……」
まさかリズからそんな質問が来るとは思わず、声が上擦ってしまった。
一瞬、このまま伝えてしまうか? と過ったものの、ここは王宮だ。時折、行政官が行き交っている上に警備の騎士も巡回している。そもそも、リズの肩にいるステラの視線が痛い。
状況が悪い、と言葉を濁したレオだったが、リズが視線を落としたまま難しい顔をしていることに気づいた。
「大丈夫か? どこか具合が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。すみません、変なことを聞いてしまって」
早く戻りましょう、と力なく微笑んだリズに、レオはそれ以上、追及することはできなかった。
ステラは何か言いたげに睨んできたが、目を合わせるとふい、と背けられた。
(やらかしたか)
ここにアズラがいれば、と彼女を置いてきたことを後悔した。
王宮のとある場所の地下。
白い石床が敷き詰められ、白い柱が均等に並ぶそこは、一見すると神殿のようにも見える。光源は柱に設置された魔石が発する青い光と、最奥の天井から床に向かって生えた巨大な水晶の結晶体のみだ。
まるでシャンデリアのような水晶の結晶体は、地上で太陽の光を吸収して発光しているかのように明るい。
そして、その結晶体の下には、オパールのような白い石を抱えたドラゴンの石像が建っている。この石像のドラゴンは、クローディア国を建国した初代国王の守護竜だ。
アルバートと共に訪れたダンジェオンは、自身の頭の大きさとあまり変わらない白い石を見てそっと安堵の息を吐く。
「聖石に異常がないようで安心した」
「ここに出るようなら、今頃、結界が壊れているだろうな」
聖石は、石像のドラゴンが抱く白い石だ。水晶の結晶体から降り注ぐ光を反射して虹色に輝いている。
初代国王が発見した聖石の正体は、強大な力を秘めた《コア》だ。これを用いているからこそ、国を覆うほどの巨大な結界を張ることができている。
歴史上、聖石に異常が出たことはないが、リズの浄化がなければ、遠くない未来に結界が壊れていたかもしれない。その場合、聖石も無事とはいかないだろう。
「そうなる前に治って良かった。本当に、あの幻獣師の娘の力は不思議だな」
「アレンディスやルナリアの守護竜達も懐いているそうだが、それほど彼女の魔力は特別なのか?」
「ああ。まるで、春の陽だまりにいるような心地良さがある。浄化だけの魔法が傷まで癒やしているのは、我々幻獣にとって相性が良いからこそ、通常以上の力が出ているのやもしれん」
リズのことを話すダンジェオンの声音は少し弾んでおり、お世辞などではなく、ドラゴンにとって特別な相手なのだと伝わってきた。
幻獣師として機関に所属した後、その特殊な魔力についてノエルが研究をし、王家としても一目置いている。
本来なら、守護竜の専属医として引き抜くべきなのだが、この国にいる多くの幻獣のことを思えば、王家だけが利を得るのは得策ではない。
だが、身内に欲しい力であるのも事実。
「やはり、早い内にシンシア伯に伝えて、ノヴァとの婚約について話を進めるべきか」
「レオが嫌がるのでは?」
「仕事は続けてもいいと条件を出すつもりだ。第二王子妃としての肩書きが支障を来さないよう、その他の配慮も必要にはなるだろうが、王族がいる職場ならそう大きな問題も起きないはずだ」
アルバートは口にしたことがなかったが、彼なりにリズを王家に招く方法を探っていたようだ。
既に決まったことのように話すアルバートを見て、ダンジェオンは「嫌がるとはそういう意味ではないのだが」とぼやく。アルバートの耳には届いていないが。
「まぁ、その話は結界の問題を解決してからでもいいだろう」
「それもそうだな」
リズの父、ローエンに打診する前に、家臣達にも伝える必要がある。
まずは目の前の問題を解決しようとダンジェオンが思考を切り替えさせた。
(そう言えば、令嬢の肩にいた幻獣の額の石も似ているな)
聖石に向き直ったところで、ふいに、リズが連れていた幻獣の姿が過った。
レオから事前に話は聞いており、未知の幻獣ではあるが害はないとのことで同行を許可したが、額で輝いていた白い石は聖石とよく似ていた。
ただ、額に石を持つ幻獣は他にもいるため、たまたま似ているだけだろう、とアルバートは軽く息を吐いて考えを振り払った。
「では、結界を張り直そうか」
「ああ」
石像の前に並んで立ち、アルバートは片手を聖石に翳し、ダンジェオンは額を聖石に近づけた。
「――“我、アルバート・クローディアと守護竜、ダンジェオンの名の下に、王国の堅牢な守護を築かん”」
アルバートが唱えた直後、ふたりを柔らかい光が包み込み、聖石へと注がれる。
聖石は光を吸収し、眩い光を発した。やがて、光は天井から伸びる水晶の結晶体へと伸び、一本の光の柱へと転じる。
(……ん? ダンジェオンの魔力が、以前より強まっている?)
ふと、アルバートは隣から感じるダンジェオンの魔力が、これまでよりも精錬され、強くなっているように感じた。
ダンジェオンは最盛期ほどにまで力が出せそうだと言っていたが、今、アルバートが感じるのはそれよりもやや強い。
気にはなったものの、今は聖石に集中するべきだと判断し、アルバートは意識を聖石に戻した。
少しして、王宮の一角から巨大な光柱が天へと伸びた。
首都の東北にある平野で、騎士団と共に魔獣の討伐をしていたノエルは、突然、首都から放たれた強い魔力に振り返った。
同行していた数人の魔導師もノエルに少し遅れて気づき、同じ方向へと視線をやっている。
「おや、あれは……」
王宮がある辺りから天へと伸びる一本の光柱。
これまで何度も目にしてきたそれは、既に張られている護国結界に触れると、光は四方八方へと広がっていく。
ノエルは、光が広がっていくのに伴って結界が力を取り戻しているのを肌で感じ、「何かやったねぇ」とリズの姿を浮かべる。
魔法を使えない者にも見える光柱は、魔獣を斬り倒していた騎士団の手も止めた。さらに、魔獣の動きもかなり鈍くなった上に、何匹かは塵になって消えている。
「ノエル様、これは……」
「陛下と守護竜が力を貸してくださったようだね」
公言されていない護国結界の弱体化については触れず、あくまでもアルバートとダンジェオンが「結界を強化した」と伝わるように言う。
レオがリズを連れてダンジェオンの容態を診に行くという話は耳にしているが、まさかこれほどまで早く回復するとは思わなかった。
今すぐにでも詳しい話を聞きたいところだが、一先ず、目の前の討伐が先だ。
「魔獣はもう虫の息だ。一気に片をつけよう」
ノエルはそう言って杖を持ち直すと、弱体化した魔獣の群れに炎の矢の雨を降らせた。
矢に触れた魔獣は、瞬く間に炎に包まれて消滅していく。
圧倒的な力の差を見せつけられ、騎士達は思わず数歩下がった。
「じゃ、あとはよろしくー」
「え!? ちょっ、師団長!!」
まだ炎は鎮火しておらず、後始末もある。
だが、ノエルは近くの魔導師の青年にあとのことを託すと、すぐに姿を消してしまった。
「本当に、あの人は……!」
残された魔導師は、苛立ったように杖で地面を叩いた。




