22.国王の守護竜
国王の守護竜の容態について、レオから話を聞いて三日。
リズとステラは、王宮の奥にある、王家の人達が住む宮殿にレオとアズラと共に来ていた。
国王の補佐官に案内され、守護竜、ダンジェオンが休んでいるという部屋に通されると、奥にある石で出来た寝台で休んでいた焦げ茶色のドラゴンが首を上げ、黒い瞳にリズ達を映す。
「おお、幻獣師達か。リズは久しぶりだな」
「お久しぶりです。体調はいかがですか?」
年配の男性の声は嬉しそうではあるものの、レオが前回、聞いた時よりも弱々しかった。
レオとダンジェオンは数日前にも会ったが、リズは数ヶ月前の定期健診が最後だ。式典などで姿を見ることはあるが、ダンジェオンからリズを見つけるのは難しいだろう。
リズは話しかけながらも、ダンジェオンの体に異常がないかを目視で確認する。
「うむ……。もう歳なのだろうな。魔力の減りが早くなったように感じる」
「嫌ですね。私よりも若いというのに」
「ははっ。種族が違うだろう?」
不満を漏らしたのは、種族こそ違えど同じドラゴンであるアズラだ。
長命であるドラゴンは、その種族によっても寿命の長さが異なる。基本的にダンジェオンのような地属性の「地竜」は長い方に入るが、それを上回るのが「光竜」のドラゴン達だ。最も短いのは火属性の「火竜」とされている。それでも数百年を生きるが。
ドラゴン同士の話が弾んでいるところで、リズはさらに詳しく診ていこうと「少し、お身体を診ていきますね」と声を掛けてからレオと手分けして観察をする。
体の表面を覆う鱗は所々に亀裂は見られるが、日常生活でつくような程度だ。
そんな中、リズが気になったのは、首の後ろにあった傷跡だった。鱗が何枚か割れ、その下の皮膚が露出している。出血はしていないが再生されている途中の状態だ。
(少し、瘴気が滲んでる。ここはノエル様達の結界もあるのにどうして……?)
傷が出来たのは、治り方から推測するに恐らく前回の健診後だ。それも、薄らと瘴気を纏っている。よほど気をつけて見なければ、ダンジェオン自身の魔力で隠れて分からないだろう。
しかし、この場所は魔導師達が結界を張っている場所でもあるため、瘴気が入り込む隙はない。また、定期的に浄化も行われているため、発生する可能性もないのだ。
もしかすると、この僅かな瘴気がダンジェオンの衰弱に繋がっているのかもしれない。
考え込んでいると、反対側から診察をしていたレオがリズの元にやって来た。
「何か見つかったか?」
「あ。この傷なんですが……」
「鱗が割れてできた傷か? いや、これは……瘴気か」
「なんだと?」
瘴気という単語に反応したのは、アズラと話をしていたダンジェオンだ。やはり、自分の体に瘴気がついていたと気づいていなかった。
レオは傷跡にまとわりつく瘴気からダンジェオンに視線を移して説明する。
「治りかけの傷が首の後ろにあるんです。そこに、よく見なければ分からない程度ですが、僅かに瘴気がついています」
「首の傷……ああ、そういえば、二ヶ月くらい前だったか、庭を散策していた際に何かがぶつかったんだ。アルバートに見てもらったが、鱗が割れているだけだったから、あまり気にしていなかったな」
宮殿の裏手には、王族の守護竜達が心置きなく休めるよう平原や森、湖などがある。宮殿のような結界はないものの、他の幻獣達からすれば「ドラゴンの縄張り」になっているため、魔獣は勿論、幻獣もほぼ近寄らない。いるとすれば、元々、強い幻獣の影響下で生きる小型の種族くらいだ。
レオ達が予想していたよりも時期が前ではあるが、そもそも、宮殿で暮らす守護竜達は滅多なことで怪我をしない。そのため、小さな傷でも印象に強く残ったのだろう。
(瘴気や魔獣が増え始めたのはそれよりも少し後……時期は少しズレるが、傷を治すために魔力が消費され、さらに瘴気の侵蝕があったから聖石も弱ったのか?)
話を聞くに聖石にまで影響が出るほどの大きな傷ではないものの、瘴気まで纏わりついているとなれば、じわじわと蝕まれていたのかもしれない。
唯一、気になるのは、レオ達よりもここに顔を出しているであろうノエルを初めとする魔導師や治療師が何も気づいていないことだ。
「瘴気の元凶は探した方が良さそうですが、先に浄化はしておきましょう。リズ、頼めるか?」
「はい。――“浄化”」
リズが短く唱えた直後、傷跡に翳した手から淡い光が溢れ、瞬く間にダンジェオンを包み込んだ。
見慣れた光景ではあるが、レオはリズの肩で大人しくしていたステラの額の宝石も輝きを放ったことに気づいた。
すると、本来、瘴気の消滅だけで傷までは治さないはずが、治りかけの皮膚が瞬く間に綺麗になり、硬度を増して元の鱗に戻った。
(これは……)
「……あれ? 傷まで治っていますね。瘴気が阻んでいたのでしょうか?」
光が収まり、元の綺麗な状態になった首元を見たリズは目を瞬かせる。
今、リズが使用したのはあくまでも瘴気の浄化のための魔法だ。傷はほぼ治りかけのため、下手に治癒魔法を掛けるよりは自然治癒に任せたほうがいいと判断した。
レオは、ここにノエルがいたらまた食いつきそうだな、と思いつつ、ダンジェオンに訊ねる。
「綺麗に治りましたよ。気分はどうですか?」
「おお、あれは瘴気のせいだったのか。随分と軽くなった。礼を言うぞ。これならば聖石に思う存分、力を注げそうだ」
そう言うなり、ダンジェオンはゆっくりと立ち上がった。首を振り、自身の体や尾など、他の箇所に違和感がないことを確認すると満足げに頷いた。
すると、部屋の扉の前に待機していた侍従が何かに気づいて扉を開ける。
外にいる誰かと話をした後、部屋に通されたのは、アイスシルバーの髪にやや鋭い金の目をした壮年の男性……執務中だと言われていた国王、アルバートだ。
「ダンジェオン、今の魔力は一体……え?」
「アルバートか。見てくれ。このとおり、綺麗に治ったぞ」
これまで原因が分からず、守護竜の衰弱を案じていたアルバートは、久しぶりに見るダンジェオンの生き生きとした声に愕然と立ち尽くす。
しかし、すぐにハッと我に返ると、ダンジェオンの前に佇んでいたレオ達へと視線を向けた。
「王国の偉大なる統治者、アルバート陛下にご挨拶申し上げます」
「公式的な場でもないのだから、堅苦しい挨拶はよい。……先ほどの魔力は君達の物か?」
レオの挨拶に続けて、リズとアズラもカーテシーをする。
アルバートは片手を軽く挙げて三人の姿勢を崩させると、部屋に入る前に感じ取った魔力について訊ねた。ダンジェオンの容態を診てもらうために呼んだのはアルバートだが、感じ取った魔力は今までのものより優しく、かなり強いものだった。
一方、アルバートの真意を知らないリズは、部屋の外にまで漏れていたとは思わず、もしや、一騒動を起こしていないかと一抹の不安が過った。
リズが不安げな表情をしていると気づいたレオは、問題はないと示すためにも、いつもと変わりない声音で答える。
「いえ、私とアズラは何もしていませんよ。ダンジェオン殿を治したのは、こちらのシンシア伯令嬢です」
ステラのことについては一旦、伏せておくことにした。どのような影響を与えたか分からない以上、憶測だけで言うことではない。
また、ただでさえ幻獣の治癒に特化したリズのことを王家も一目置いている今、これ以上興味を持たれるのも個人的に好ましくないと感じた。
「そうだったのか。令嬢の魔力についてはノエル達からもよく聞いているが、ダンジェオンの様子を見るに、やはり君を頼って正解だったようだ」
「お役に立てたようで何よりです」
リズに向けられた金色の瞳が優しく細められた。
そこで漸く、リズは内心でほっと胸を撫で下ろす。大きな問題になっていたなら、家だけでなくレオにも迷惑を掛けてしまう。
肩にいるステラは何が起こっているのか理解できておらず、リズとアルバートを不思議そうに交互に見ていた。
一連の話は終わったと見たダンジェオンは、アルバートのもとに歩み寄る。
「アルバート。今すぐに聖石に向かおう。この国の憂いは、早々に払わねば」
「今から? もうそこまで回復しているのか」
ダンジェオンがやろうとしているのは、聖石に魔力を注入し、護国結界を張り直すことだ。
しかし、傷が治ったとはいえ、ついさきほどまで衰弱していた状態で行うのは厳しいはず。
本当に大丈夫なのかと怪訝な顔をするアルバートに、ダンジェオンは軽く微笑んだ。
「不思議と、魔力が満ちている。今ならば、最盛期のように張ることも出来そうだ」
「……それは、私が頑張らなければならないな」
元気になったダンジェオンの姿に、アルバートは守護竜の契約を結んだ日のことを思い出して破顔した。
聖石の場所はリズは勿論、レオにも知らせることはできないため、アルバートは「二人とも、本当に感謝する。褒美については、また後日」と手短に言ってからダンジェオンと共に部屋を後にする。
残されたリズは、扉が閉められた瞬間に大きく息を吐いた。
「はぁ……。緊張しました」
「お疲れ様。本当によくやった」
今にも座り込みそうなリズは、レオに軽く頭を撫でられたことで「気を抜きすぎた」と気づいて姿勢を正した。
アルバートとダンジェオンは去ったが、まだ案内をしてくれた侍従は残っている。気を抜くのは最低でも機関に帰ってからだ。
その侍従は、リズと目が合うなり、話に入るタイミングを見計らっていたかのように歩み寄ってきた。
「本日はありがとうございました。お疲れでしょうから、少し休憩をなさって行かれてはどうでしょう? 陛下にも許可は頂いておりますので」
「いや、気持ちだけ受け取っておこう。本当なら、この後の様子も見たいところだが、機関の方で保護している幻獣達の様子が気になるんだ」
護国結界を張り直した後、魔力を消費したダンジェオンの容態が悪化しないとも言い切れない。そのため、休憩を勧めてきたのも半分は緊急時に備えての待機の意味もある。
ただ、レオとしては機関で保護をしている元魔獣のことが気がかりだった。こちらもこちらで、瘴気が完全に浄化されたとはいえ、護国結界が強化されることで影響が出ないとも限らない。
困った顔をする侍従を見て、アズラが小さく挙手した。
「ならば、私が暫くこちらに残りましょう。異変があればすぐにお伝え致します」
「助かる。では、我々はこれで失礼します」
「畏まりました。またよろしくお願い致します」




