21.出遅れる人
レオが仕事を抜けることと、ステラを環境に慣らすためにリズを急遽休みに変更したと伝えられたのは、当日の朝礼だった。
リズについては、いつもの時間に出勤していないことやステラのこともあるため、幻獣師達も予想はしていた。
ただ、朝礼後にオズが「抜けるなんて珍しい」とレオに話しかけた直後、ルシアン達に衝撃が走った。
「今度の舞踏会で、リズをエスコートすることになったんだ。その関係でシンシア邸に行ってくる。アズラに残ってもらうから、何かあれば彼女に伝えてくれ」
「了解。頑張ってこい」
「えっ」
「待って待って。昨日、一緒に帰るとは聞いたけど、そんな関係になったの?」
オズとレオの会話が聞こえたルシアンは固まり、ダリルは慌てて会話に入る。展開が急すぎるのだ。
レオの隣にいるアズラは主の進展に上機嫌だが、ルシアンの反応からあまりよくない流れだと読んだテオは不満げに小さく唸った。
ダリルに詰め寄られたレオは、やや残念そうにしながらもどこか浮かれた調子で返す。
「そうだったら良かったんだけどな。残念ながらエスコートだけだ。相手がいなくて困っていたのは本当だし」
「ルナリア王女は? いつもエスコートしてたじゃない」
「ルナは、今回は陛下達と一緒に入場するからいいって」
そんなはずないでしょ、とダリルは言いかけた口を噤んだ。相手が王家なだけに下手に口にできない。もしかすると、ルナリアにも相手が出来たがまだ公表できないのかもしれないからだ。
一方、ルシアンは自分のデスクに突っ伏した。
「詰んだ」
「最近、出遅れてばかりね。少し前までは良い感じだったのに、あれがピーク?」
「舞踏会のエスコートなんて、もう『そういう関係です』って知らせるようなもんじゃないですか」
ルシアンを密かに応援するリディアは、優勢なレオを見て溜め息を吐いた。
舞踏会には「結婚相手探し」という意味合いもあるため、まだ恋仲ではなく、友人同士という人もいるが少数だ。しかも、レオとリズの年齢を考えれば、婚約まで秒読みかと周囲は自然とそう捉える。
自身のデスクに戻ってきたダリルは、落ち込むルシアンを見て呆れを滲ませた。
「アンタも誘おうとしてたじゃない。成功してたら、『そういう関係です』って知らせる側だったのよ?」
「…………そうだった」
「そうだったって、リズのこと好きなのよね?」
自分がそう見られる立場になることは想像していなかったのか。
今さら気づいた様子のルシアンに、リディアとダリルは顔を見合わせた。
「どういうつもりで誘おうとしたの?」
「誘ったら、ちょっとは意識してもらえるかなって思ったんです」
「健気ねぇ」
「友人代表みたいなとこあるもんね」
友人としての付き合いが長い分、そこから先の関係に発展しづらい。特に、ルシアンは告白が失敗した場合、今の関係性が崩れることや仕事への影響を懸念して慎重になっている。この点については、クライドに想いを伝えなかったリズや、家格に物を言わせて婚約を申し込まないレオも同じだ。
ルシアンは、リズにそれとなく舞踏会について聞いた日を思い浮かべる。
「けど、お兄さんと行くって聞いたら下がりません?」
「そこを押し通した人があそこで浮かれてるんだけど」
「そういうとこはさすが公爵子息って感じね」
リディアが視線で示す先には、ずっと機嫌が良さそうなレオがいる。その前で仕事の話をするオズは呆れた様子だ。
「カイルさんはどうするんだろ」
「行ったことがないから分からないけど、準備も時間が掛かるだろうし、さすがにアテがあるんじゃない?」
「ですよねー……」
すっかり意気消沈したルシアンを見て、傍らに座るテオは主人を励まそうと軽く息を吐いてから膝に顎を乗せる。
「撫でて癒やされろ」と言わんばかりのテオを見たルシアンは、「テオは優しいなー!」と手触りの良い頭を抱きしめて撫で回した。
「まぁ、リズのことだから、もし誤解されてるって分かったら訂正しそうだし、まだ婚約成立してないんだから挽回できるんじゃない? 分からないけど、どうなんです? 貴族視点では」
「そうね。アタシが良い例だし、チャンスはゼロじゃないと思うわよ。最近は婚期が遅くなっている分、自由恋愛も増えてるし。それこそ、巷で流行の物語みたいに、『突然の婚約破棄からの別の人と結婚』って話も耳にするし」
平民であるリディアから見れば、ルシアンの努力次第でうまく行きそうだが、貴族視点でどうなのかは判断できない。
そこで、貴族であるダリルに確認を取る。ただ、ダリルの場合はこれまでの恋人が多すぎて、逆にあまり参考にならないと後悔したが。
「ダリルさんは来る者拒まず過ぎる気がします」
「断ったら可哀想じゃない。期間は被ってないし、さすがに既婚者に手は出していないからセーフよ」
(何でこの人ってこんなにモテるんだろ……)
発言だけを切り取れば、ただの節操なしとも捉えられる。それでも、ダリルと親しい関係になりたいという女性が後を絶たない。
ダリルは見目麗しい男性ではあるが、話し方に癖がある。今でこそルシアンは慣れたものの、最初は戸惑いを覚えたものだ。
しかし、彼の性格や美容系に詳しい点は、女性からすれば近づきやすい上に話が弾むのだろう。また、意外にも前戦で戦えるだけの体術や魔法は心得ているのだ。頼もしさしかない。
「ちなみに、ダリルさんが特定の人を決めないのは何かあるんですか?」
「一応、結婚まで考えた人はいるわよ。でも、向こうから『やっぱり恋人として見れない』って言ってきたのよ」
「話が合いすぎて、恋人というより友人の方がいいのかも」
「まぁ、逃がしたくないと思うほどの人に会ったら諦める気はないけれど」
にっこりと笑んで言うことだろうか、とリディアとルシアンは少しの恐怖心を抱いた。
そんな感情を抱かれているとは知らないダリルは、「さて、仕事仕事ー」と切り替えて席を立った。
ルシアンも昨日、保護した幻獣の様子を見に行かなければ、と軽く息を吐く。
「ねぇ、最後に一個だけ訊いていい?」
「なんですか?」
「諦めたわけじゃないんだよね?」
「はい。まぁ、外堀埋められてるような絶望的な状況ではあるんですけど、もう少し頑張ります」
決定的なところまでは進んでいないため、まだ可能性はある。
「諦めが悪いですかね」と苦笑するルシアンを見て、リディアはそっと微笑んで肩を軽く叩いた。
「全然。応援してる」
「ありがとうございます」
幾分か元気を取り戻したルシアンは、テオと共に執務室を出て行った。
その背を見送りながら、リディアは「可愛いカップルを見るためにも、一肌脱ぎますか」とリズが出勤したときのことを考えることにした。勿論、仕事優先でだが。




