20.曖昧なまま
「やだ、このリボンも似合うー!」
「こっちのスカーフはどうかしら?」
「ピンクも可愛いですけど、青もいいですね」
きゃいきゃいとアンリとメイド達がはしゃいでいる中心にいるのは、採寸を終えてデザイン決めをしているリズではなく、リズの部屋で留守番をしていたステラだ。
メイドが遊び相手になっていたものの、エミリアが「使役獣をお迎えされたとお聞きしまして、使役獣向けの物もお持ちしました」とステラに合いそうな小物を見せてくれたのだ。
気になったリズがエミリアにこっそりと値段を聞けば、意外にも手頃な価格だった。そのため、いくつか購入しようとステラを連れて来てもらい、今に至る。
(ステラも楽しそうだし、馴染んでくれて良かった)
周囲の人達にすっかり懐いているステラは、着せ替え人形状態でも嫌そうな顔はしていない。むしろ、可愛いと言われて嬉しそうだった。
その様子を遠目に見た後、リズはデザイン画が載っている冊子に視線を戻す。ただ、さすがは王都一の仕立て屋と言われるだけあって、どれも目を引くものばかりだ。
リズの隣に座っているレオは向かいのローエンと話をしていたが、彼はリズが迷っていると気づくなり、「迷うようなら幾つか仕立ててもらおう」と言ってきたので丁重に断っておいた。
「お嬢様の年代ですと、最近は体のラインに沿わせつつ裾が広がったものや、ウエストをリボンなどで絞ってスタイル良く見せるものが人気です」
エミリアは「失礼しますね」とリズの持っている冊子を捲り、人気のデザイン画を見せてくれた。
シンプルながらも洗練された美しさを持つドレスに、やはり目移りしてしまう。
次いで、参考程度ですが、と前置きをしてから出されたのは、国内では斬新なデザインだった。
「こちらはお隣の帝国で流行し始めたデザインで、スカート部分にスリットを大きく入れて大人の女性の魅力を際立たせるものになっています。ただ、リズ嬢の場合は足を見せるよりは肩を出した方がより魅力が出るかと」
「うーん、露出は控えたいな」
「あらあら」
「確かに。傷があったりしますし、あまり目立たない方がいいですね」
口を挟んできたレオににやにやとするエミリアは何か言いたげだ。
ただ、リズは仕事でできた傷がまだ薄らと残っているのを出さない方がいいという意味に捉えてしまった。
エミリアとローエンは「そういう意味じゃないと思う」と内心で訂正しつつも、レオのために口を閉ざしておいた。
「では、こちらはいかがでしょう? デコルテ部分をレースで覆っているので、肌は少し見えつつも傷は目立ちませんよ」
リズの言う傷は鎖骨の少し下辺りにあり、保護した幻獣の世話をしている際にじゃれつかれ、軽く引っ掻かれたものだ。
採寸の時にエミリアも目にしたが、舞踏会までにはほぼ消えるような浅い物だった。そのため、先ほどはデコルテ部分が大きく開いた物を勧めたのだ。
しかし、職業柄、舞踏会までに新しい傷ができないとも言い切れない。
そこでエミリアが出したのは、デコルテ部分がレースで覆われた淡い水色をベースにしたドレスだ。腰辺りから控えめに広がるスカート部分はサイドにスリットが入っており、白いレースを重ねた深い青色の生地が覗いている。
「いいですね。じゃあ、これにします」
「畏まりました。では、レオ様のデザインはこちらに合わせますね」
「ああ、頼んだ」
話が一段落したところで、リズはアンジーがローエンに何かを話した後、応接室の扉に向かったことに気づいた。
扉が開かれ、入ってきたのは書類の束を持ったカイルだった。彼は次期伯爵として、今は領地経営のことをローエンから学んでいるところだ。
「歓談中、失礼します」
「構わないよ。ああ、そうだ。アルドリック卿はカイルと面識があるそうですね」
「ええ。在学中、彼とは魔法学や剣術の授業でペアを組んだこともあります。久しぶり」
「なぜ、おま――あなたがここに?」
リズはカイルとレオが同い年であることは知っていたが、そこまで関わりがあったことは初耳だった。カイルからレオの話が出ることはなく、機関に入ることになった時も特に触れていない。
ただ、眉間に皺が寄った上に荒々しい言い方になりかけたのを見るに、カイルにとっては親しい同級生ではなかったようだ。
(お兄様にも苦手な人はいるのね)
カイルから他人を嫌悪するような発言は、これまでほぼなかった。そのため、兄の反応はリズからすれば珍しく貴重なものだ。
「俺も挨拶をしておかないといけないと思って。君のパートナーを奪ってしまったわけだし」
「色々と言いたいことはありますが……私のパートナーについては、元々、掛かっていた声もあるのでお気になさらず」
「女性からとは珍しいな。どこの令嬢だ?」
「言いません」
カイルの口調が丁寧なのは、父の目があるからだ。レオもそれに気づいてはいるが、敢えて指摘はせずに会話を続けている。
カイルはレオの好奇心に満ちた視線を気にせず、ローエンに向き直った。
「父上、領地のことでご相談があるのですが」
「分かった。それなら場所を移そう。アルドリック卿、私は失礼しますが、お時間の許す限りごゆっくりとなさってください」
「はい。本日はありがとうございました」
ソファーから立ったローエンを見送るように、レオもソファーから立って礼を述べた。
二人が部屋を出た後、まだステラの小物決めが終わっていないのを見て、レオは再びソファーに座った。
「お休みを頂いた身で言うのもおかしいのですが、お仕事は大丈夫ですか?」
「ああ。アズラに残ってもらっているから、余程のことがない限りは問題ない」
一瞬、押しつけたのではないかと思ったが、レオの反応から見るにアズラも快く送り出したようだ。最も、真相は明日、アズラ達を見れば分かるだろうが。
エミリアがアンリ達の方に歩み寄り、一緒に小物を選んでいるのを見ながら、リズは応接室に入ったときのことを思い返す。
「レオ様が来るとは思っていなかったのでびっくりしました」
「ははっ。ご両親に挨拶したいからとは言ったが、本音はリズに会いたかったからって言ったら?」
「からかいすぎです。怒りますよ」
「からかってないんだが」
今ひとつ、気持ちが伝わりきらない様子にレオは肩を竦めた。
その様子を、ステラの小物を選びながらもこっそりと見ていたアンリは、隣にいるアンジーにぼやくように言う。
「あれでまだ上司と部下だなんて言うの、不思議ねぇ」
「距離感としては近いですね」
「面白いから、また来てほしいわ」
アンリは微笑ましそうにしているが、もし、またレオが来るとなった場合、カイルは嫌だろうなとアンジーはそっと溜め息を吐いた。
ただ、次いで出たアンリの言葉にぎょっとしたが。
「ルシアン君も可愛いから、彼でもいいのだけれど」
アンリはリズの学生時代に見た少年を思い浮かべつつ、娘の恋人がどちらになるのか、それともまた別の人が出てくるのかと密かに楽しんでいた。
騎士団の訓練所横にある治療室。
訓練で怪我をした騎士がいる、という報告を受けたイザベラは、治癒のために他数名の治療師と共に訪れていた。
「……他に、痛むところはありませんか?」
治癒を終え、イザベラは軽い目眩を覚えつつ、不快感を押し込めて騎士に他に異常はないかを訊ねる。外見上は問題がなさそうだが、治癒が行き届いていない可能性を考慮しての言葉だ。
しかし、騎士は跡形もなく治った腕や足を嬉しそうに見た後、イザベラに笑顔を向ける。
「いえ、もう大丈夫です! ありがとうございました!」
「真剣を使っているときは、特に気を抜くなとあれほど言ったのに」
「あはは……。まさか、俺も弾かれるとは思わなくて」
「その甘い考えが駄目だと言っているんだ」
治療を受けた騎士の隣にはクライドもいた。騎士が怪我をしたときに治療室まで運んだのがクライドだった。
気恥ずかしそうに苦笑いをする騎士を注意した後、クライドはイザベラを見て怪訝な顔をした。
「イザベラ、大丈夫か? 顔色があまり良くないぞ」
「本当だ。もしかして、体調が悪かったんですか?」
確かに、先ほど治癒魔法を使った際、いつもより消費する魔力が多い気はした。魔法を使った後に目眩を覚えたのも随分久しぶりだ。
いつもなら、クライドに心配されたい気持ちが勝って目眩のことも明かし、甘えてしまいたいところだが、イザベラの脳裏に魔獣討伐戦後でのレオの一言が過った。
――不必要な接触を、相手の許可なくするものじゃない。不愉快だ。
「……いえ、問題ありません」
クライドに言われたわけではないが、つい素っ気なく返してしまった。
普段ではあり得ない反応に、クライドは何か失言をしてしまったかとこれまでの会話を振り返る。しかし、今日、イザベラと交わした会話は治療室に来てからだけだ。そこに思い当たる節はない。
考えている内に、イザベラは次の騎士のもとに向かうために椅子から立ち上がった。その瞬間、足に突き刺したような痛みが走り、思わず前に倒れそうになる。
「っ!」
「危ない!」
「……も、申し訳ありません」
すぐにクライドが支えてくれたため、床に倒れ込むことはなかった。
そのまま、クライドはイザベラを椅子に座らせ、熱を測るように額に手を当てた。
「……ちょっと熱っぽいな。昨日の今日で疲れが出ているのかもしれない。少し、座って休んでいてくれ」
「俺、何か飲み物持ってきます!」
「ああ、頼んだ」
(さっきの痛み、何だったの……?)
慌ただしく治療室を飛び出す騎士を見るクライドの傍らで、イザベラは痛みが走った足を確認しようとそっとスカートの裾を持ち上げる。
足首くらいまで上げたところで見えたのは、打撲のような痣だった。
(昨日、どこかでぶつけたかしら?)
朝までは何もなかったはずだが、痣は後になって出てくるものもある。
治癒魔法は使用者自身には効きにくいため、イザベラはあとで塗り薬を塗っておこうと思い、スカートから手を離した。




