19.思いもよらぬ来訪者
翌朝、朝食後に広間で談笑していたリズと両親の元に、珍しく慌てた様子の執事長がやって来た。
彼は一通の手紙をペーパーナイフと共にローエンに差し出すと、そのまま指示を待つように隣に待機する。
緊急の報せか、とローエンも少し表情を強張らせつつ、手紙の差出人を見て「なるほど」と呟いてすぐに表情を和らげた。
「さすがは公爵家だな」
「どなたからですか?」
ローエンの向かいのソファーに座るアンリは、差出人が誰なのかと首を傾げる。そのアンリの隣で、リズも膝に乗せたステラと顔を見合わせた。
手紙を取り出したローエンは、封筒をアンリに渡し、文面に目を通す。
「あら大変」
「昨日、アルドリック卿が仕立て屋を寄越すと言っていただろう?」
「はい。時間が分かり次第、なるべく早めに連絡をすると……」
「その仕立て屋、『アルバーノ』からだよ」
聞き間違いか、とリズはアンリへと視線を移せば、彼女は封筒に書かれた店名とオーナー名をリズに見せた。結果、聞き間違いではなかった。
ローエンが口にした仕立て屋は、貴族や王都に住む平民であれば誰もが耳にする、王族御用達の高級仕立て屋だ。
リズは店の外観を目にする程度で、中に入ったことはない。恐らく、反応からして両親もだ。
「十三時頃になるようだ」
「今すぐ準備をしましょう。ハドソン、アンジーを呼んでちょうだい」
「畏まりました」
アンリの指示を受けた執事長、ハドソンはすぐに部屋を後にした。アンジーはメイド長の名だ。
相手は普段、王族を相手にしている仕立て屋だ。いくら客になる側とはいえ、相応の準備をしておかなければならない。
「もしかしなくとも私、とんでもないことしました?」
「してはいないけれど、お相手が……ねぇ?」
確かに、レオは「無理を言える店」だと言っていた。ただ、それが王族御用達レベルの店とは夢にも思わなかった。最も、彼も王族ではあるので、少し考えれば分かることではあるが。
アンリに呼ばれたアンジーがやって来ると、アンリはすぐに邸内の清掃を命じた。また、別のメイド達にはリズの準備をするように指示を出す。
慌ただしくなった場を見たリズは、腕に抱いたままのステラが落ち着けるよう誰かに託そうと、近くに来たメイドに声を掛ける。
「誰かステラを見ていてもらえる?」
「はい! 私が遊び相手になりますね!」
「いいえ、私が!」
「ずるい! 私も!」
ステラの愛くるしい姿は、すっかりメイド達の心を掴んだようだ。数人のメイドが我先にと駆け寄ってきたが、最初に挙手したメイドにステラを託すことにした。
そして、邸内の掃除やリズの準備が整って少しした頃、「アルバーノ」のデザイナーと針子、何故かレオが到着したと、部屋にいたリズのもとに報せが入った。
慌ててリズが応接室に向かえば、レオと両親が向かい合って話をしていた。部屋の傍らには、持ち込まれたドレスがずらりと並んでいる。
「――突然、押しかけてしまい申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ、いつも娘がお世話になっています」
「レオ様!」
「やあ、昨日はお疲れ様」
名前を呼ばれたことで気づいたレオは、部屋に入ってきたリズを見ると笑顔を浮かべた。
開けたままの出入り口から見ているメイド達が色めき立ったが、アンリの後ろに立つアンジーが一睨みするとすぐに散っていった。
「ステラの調子はどう?」
「はい。お陰様で、落ち着いた様子で過ごしてくれています。それより、レオ様は仕事だったはずでは……?」
あくまでも休みになったのはリズだけだ。他にも休日の者はいるが、予定どおりならばレオは出勤のはず。
彼も予定を変えたのだろうかと思いつつ首を傾げれば、レオは困ったように笑みを浮かべる。
「シンシア伯夫妻の大事な令嬢の帰宅を遅くした上、急なエスコートの申し込みにもなったから、挨拶をしないと失礼かと思ってな。抜けてきたんだ」
「そんな、気になさらなくても……」
まだ後処理は多いはずだ。オズやダリル達がいるとはいえ、責任者であるレオがいないと進まないこともあるだろう。
申し訳なさから視線を落としたリズだったが、すぐにその気持ちは吹き飛ばされることになった。
「あなたがシンシア嬢ですね!」
「は、はい」
突然、隣に詰め寄ってきたのは並べたドレスを確認していた女性だ。アンリよりも少し上に見える彼女は、少し性格がキツそうな見た目に反して好奇心の宿る目でリズを観察した後、がっしりと両手を掴んできた。
「初めまして! 私はアルバーノのオーナー兼デザイナーのエミリア・イライザと申します。以後、お見知りおきを」
「リ、リズ・シンシアです。よろしくお願いします」
「レオ坊ちゃまから連絡を頂いた時、ついに……ついに! あの! 『万年異性に興味なし』と言われきた坊ちゃまにお相手ができたのだと、私、嬉しくて嬉しくて」
「イライザ夫人、いろいろと落ち着いてほしい」
興奮した様子でリズに語るエミリアを見て、レオは「坊ちゃま」呼びされた恥ずかしさと誤解を生みそうな発言にいたたまれなくなって間に入った。
ちなみに、ローエンやアンリはこの状況を微笑んで見ているだけで、止めるという選択肢は端からない様子だ。
「申し訳ありません。ですが、もう良いお歳ですのに、一向に婚約者どころか恋人すらできないのはさすがに――」
「い、今はその話はいい! 採寸やデザインについて話を進めてもらっていいか」
「詳しくは後日お聞かせ願えますね?」
「分かった、分かったから」
長年、王族を相手にしているエミリアからすれば、幼少期から知っているであろうレオは親戚の子供同然なのかもしれない。たじたじになっているレオを見て、リズは内心でそう思った。
誤解を生んでいるのは、レオが王族以外をエスコートするからだろうが、この調子では舞踏会で他の貴族からも同様の質問をされそうだ。予想はしていたが、エミリアのように押しが強い人を相手にできるだろうかと、昨日過った不安とは別の不安が生まれた。
採寸を行っている間、リズは「レオ様の婚期に影響が出ませんように」と願った。




