18.気持ちの整理
屋敷へと続く道をカイルと並んで歩いていると、彼は小さく息を吐いてから口を開く。
「アルドリック家の馬車で送ってもらえるとは聞いたが、公爵子息とそこまで仲が良かったか?」
「そこまでとは?」
「最後の」
カイルが指すものが分からずに目を瞬かせれば、明言するのが嫌なのか、彼はリズの手を取って汚れを取るように甲を軽く拭った。
そこで漸く、リズは手の甲に落とされたキスのことだと気づき、一気に顔に熱が集まるのを感じた。
「み、見ていたのですか!?」
「正面で堂々とやるほうが悪い。……まったく。誰の目にも付く場所なのに、何かあったらどう責任を取ってくれるんだ」
「それはもう一択なのでは」
「アーティ」
兄妹の後ろをついて歩いていたカイルの従者、アーティが思わず口を挟んだ。ただ、彼も口に出ていたとは思わなかったのか、カイルに睨まれるとハッとして手で口を押さえている。
アーティはシンシア家の執事長の孫で、カイルの三歳上だ。十代の頃からカイルの従者として働いており、互いに気心が知れていることもあって、たまに従者らしからぬ余計な一言を口走ってしまうところがある。
これ以上は口を挟むまい、とアーティは「申し訳ありません」と下がった。
「まぁ、いい。『ソレ』のことも含めて、父上達に話してもらおう」
(ステラのことがおまけみたいになってる……)
本題はステラなのだが、カイルからすれば先ほどのレオとのやり取りのほうが気がかりのようだ。最も、リズも舞踏会のパートナーについてカイルに言っておかなければならないため、なるべく早い段階で説明しようと思った。
そして、屋敷の扉の前に着くと、すぐにアーティが扉を開けてくれた。その扉の向こうにいたのは、馬車が到着した頃から待ってくれていた両親だった。
「お帰りなさい、リズ」
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません」
「討伐戦だったのだろう? 怪我はないか?」
「はい。大丈夫です。それと……」
帰宅が遅くなったリズを心配していた両親は、怪我一つない姿を見て胸を撫で下ろした。
あまり玄関ホールで立ち話をするものではないと思いつつ、リズは先にステラを紹介しようとバスケットへと視線を落とす。
すると、タイミングよくバスケットの中から小さな鳴き声がした。
「キュゥ」
「先に連絡がいったかと思いますが、このコが私の使役獣になるステラです」
「あらぁ、可愛らしいコねぇ」
バスケットの蓋を開ければ、目を覚ましたステラがひょこっと顔を出した。その愛らしい姿に破顔したのは母、アンリだ。
父のローレンは「額の宝石がなければ、普通の子犬のようだな」と興味深そうに観察していた。
元々、領地が自然豊かということもあり、幻獣はそれなりに生息している。そのため、両親達も人懐っこい幻獣としばしば触れ合う程度には親しみを持っているのだ。
「ステラちゃんの食事は済んだの? リズのは用意しているのだけれど、何か用意したほうがいいかしら?」
「今夜と明日の朝は大丈夫です。その後の分についてはお願いしたいのですが、私から料理長に説明します」
「分かったわ。じゃあ、それは食事が終わってからで大丈夫よ。さあさあ、行きましょう。積もる話もありますし」
ひとまず、食事を済ませることが先だ。リズの帰宅を待っていた両親やカイルもまだだった。
アンリはリズの背中を優しく押し、ダイニングルームへと向かう。
食事を終えてから、両親……主にアンリからの怒濤の質問攻めに遭うとは、この時のリズは予想していなかった。
「はあー……。疲れた……」
食事と入浴を終えて自室に戻ったリズは、ベッドの縁に腰掛けてステラを優しく下ろした後、そのままベッドへと背中から倒れた。どっと押し寄せた疲労感から、大きな溜め息を吐く。
それを見たステラは、リズの顔の横に同じように寝そべった。
食事の席では、ステラを使役獣にした経緯を簡単に話したが、そこから徐々にレオとのことを根掘り葉掘り聞かれた。気を利かせた執事長が止めてくれたことにより解放されたが、まだまだ訊き足りない様子だった。
特に、舞踏会のパートナーについては、アンリは喜色を浮かべ、ローレンは驚きから目を瞠り、カイルは嫌そうな顔をしていた。
あの様子では、明日、またいろいろと訊かれるだろう。
「お兄様はパートナーがいなくなるし、探すのが難しいから嫌なのかと思ったけれど、『それならそれで他を当たる』って言っていたものね。当てがあるのかしら」
「キュウ」
「まさか、気になる人がいるとか……?」
だとすればもっと早くに言ってほしいものだが、リズに対してやや過保護気味なカイルのことだ。大方、リズのパートナーがいなくなることを危惧して、自分のことを後回ししたに違いない。
ちなみに、「舞踏会」という単語が初耳のステラには、リズが質問攻めに遭っている際にアーティがステラに説明していた。どこまで人語を理解するかは分からないが、反応を見るにある程度は理解していそうだった。
両親はリズとレオのことについて知りたがっていたが、家督を継ぐ息子の恋路にも目を向けてほしいものだ。
(明日、もし、質問攻めにまた遭うようならお兄様のことを出そう)
盾にしてごめんなさい、と兄を浮かべて先に謝罪しておく。
ただ、アンリとしては娘の恋路のほうが気になるのかもしれない。レオのエスコートの話を出した時も、真っ先に「彼から告白されたの?」とストレートに訊かれたほどだ。
(されるわけないのに。勿論、庇ってくれたり、気を遣ってくれたりするけど、それはレオ様が優しいからだもの)
今回のエスコートにしても、ルナリアがいないから、歳が近くて相手のいないリズが目に入ったのだと言い聞かせる。
だが、そこで思い出したのは、馬車でのやり取りだ。
(顔が綺麗な分、ああやって近づかれると心臓に悪いわ……)
仕事中以外で肩が触れる距離まで近づいたのは初めてだ。しかも、彼はリズの反応を楽しんでいたようだった。門の前で手にキスを落とされたのも、彼としては別れの挨拶なのかもしれない。
レオの本意は分からないが、明言されていない以上、変に期待するのは彼にも失礼だと考えるのをやめた。
リズは体を捻ってステラへと向くと、ふいに過ったことを呟く。
「クライド様達も来るのかな……」
「?」
侯爵家嫡男と辺境伯令嬢だ。それぞれ招待状は届いているだろう。恋人同士ならば、一緒に参加するのが普通だ。
仕事に集中したいと意気込んでいたものの、仕事がないときはまだ過ってしまう。もし、舞踏会で二人の仲睦まじい姿を見ても平静を保っていられるよう、きちんと気持ちを整理しておかなければならない。
特に、イザベラには警戒されているので、先日のようなことが起きる可能性もある。レオの隣に立つ以上、彼に恥をかかせるわけにはいかない。
「うう……。余計に緊張してきたかも」
「キャウウン」
レオも初めて王族以外の令嬢をエスコートすることになるのだ。その分、周囲からの注目もあるだろう。そう考えると別の不安が込み上げてきた。
ステラが安心させるかのように首元に擦り寄ってきたため、リズはステラを抱えてから上体を起こす。
「ありがとう。ステラも一緒にいてほしいけど、舞踏会の会場には連れて行けないから、テオと一緒に控え室でお留守番ね」
「キュッ!?」
アーティはそこまでの説明はしていなかったのか、ステラはショックを受けたように耳を下げた。
舞踏会は基本的に使役獣は会場に入れない。アズラのように人型を取れるのであれば護衛として同行を認められるが、テオやステラは変化できない。そのため、使役獣は会場に入る前に別室に預けることになっている。
先日、ルシアンは舞踏会に参加するか、誰と行くかをリズに訊ねてきた。兄と行くことを告げると、「そう、だよな。いつもカイルさんがいるもんな……」と苦笑いしていたが、彼も双子の妹のどちらかと行くと思うと言っていたのでテオもいるはずだ。
「合間で様子を見に行けたら行くから、ちゃんとテオと待っててね」
「キュウウン……」
「私も頑張るから」
舞踏会まで二週間。明日は仕立て屋も来る。
失敗しないためにも、リズは改めてダンスやマナーについて学び直しておこうと決めた。




