17.エスコートの申し出
レオの話は国王の守護竜のことだったのか、とリズは内心で緊張していた自分が少し恥ずかしくなった。
いくら先にダリルの意味深な笑顔があったとはいえ、少し自惚れてしまっていたようだ。
肩の力を抜くつもりで小さく息を吐けば、斜め向かいにいるレオが「それと、もう一つ」とどこか言いにくそうに言葉を続ける。
「王宮関連で、聞きたいことがあるんだが……」
レオは先ほど話をしていたよりも緊張した面持ちだ。
まさか、他にも何か大きな問題があるのかと身構えたリズだったが、彼から出てきたのは思いもよらぬ話だった。
「二週間後に、王宮で舞踏会が開かれるだろう?」
「……え? あ、はい。そうですね」
舞踏会の話が出るとは思わず、意味を理解するまで少し間が空いてしまった。
今は社交シーズン中だ。仕事をしているリズ達は、頻繁には参加できていないものの、休みの日には招待されたパーティーなどに顔を出すことはある。
今、レオが持ち出した「舞踏会」は王宮主催のものだ。よほどのことがなければ、招待されたほとんどの貴族が参加する。
リズの元にも招待状が届いているため、少し前から準備をしているところだ。
「もう日がないのは分かっているんだが、タイミングを逃してしまっただけで……」
「タイミング……?」
やや怪訝な顔で首を傾げるリズを見て、レオは内心で変な言い訳を口にした自分を責める。国王の守護竜の話よりも緊張するとは思ってもみなかった。
リズを先に馬車に乗せ、御者と従者に話をしに行った後、レオが乗るまで時間が掛かったのはこの話を持ち出すに当たって脳内で流れを考えていたからだ。おかげで、レオを幼い頃から知る御者には生暖かい目で、兄弟のように育った従者には引いた目で見られてしまった。
もうどうにでもなれ、とレオは思い切ることにした。
「パートナーは、もう決まったか?」
「はい。いつもどおり、兄の予定です」
(良かった。ルシアンの名前が出なくて)
レオは、リズからあっさりと出た身内に内心で安堵する。ルシアンには申し訳ないと思いつつ。
リズのパートナーは、デビュタントの時から兄であるカイルが務めている。リズとしてはデビュタントはクライドにお願いしたかったのだが、婚約しているわけでもないため、余計な誤解を生むのは互いによくないだろうとカイルに言われて断念した。
今回もカイルから言われたわけではないが、逆に「パートナーを探しておけ」と言われないということはいつもどおりカイルのはずだ。
(お兄様も、そろそろ私以外のパートナーを見つけてほしいものだけど……)
「シンシア卿には申し訳ないが、俺がそのパートナーになってもいいだろうか?」
「……えっ!?」
兄の将来を案じたリズの耳に入ってきたのは、公爵子息からのパートナーの申し出だった。
今まで、レオは舞踏会などの公式行事では第二王女であるルナリアのパートナーを務めることがほとんどだったため、今回もそうなのだろうと思っていた。
言葉が出てこないリズを見て、レオは残念そうに眉尻を下げる。
「嫌ならいいんだ」
「い、いえ! 嫌ではないと言いますか、いつもならルナリア様のパートナーでは……?」
「ああ、彼女は今回の舞踏会は王族としての参加だから不要だって」
ほぼ国王達と一緒にいるため、レオのエスコートは不要になる。また、彼女としても結婚相手を探したいため、これからはレオがパートナーになることはほぼない。
「それで、俺のパートナーをどうするか考えた時に浮かんだのがリズだったんだ」
「でも、その……公爵子息様にして頂くには身に余る光栄と言いますか、他のご令嬢方に申し訳ないのですが……」
伯爵よりも上の家格で未婚の令嬢は他にもいる。ただ、リズはその令嬢達の顔を思い浮かべたところで、国内唯一の公爵令嬢は先日、隣国の王族に嫁いでいったばかりだったと思い出す。侯爵令嬢の一人も、この国の第一王子の婚約者だ。また、他の侯爵令嬢も相手がいたような気がする。
明らかに戸惑った様子のリズを見て、レオの心に余裕が生まれた。次期公爵の肩書きが重いのは分かるが、レオとしてはリズ以外に考えられなかった。
リズの隣に移動し、俯いている彼女の顔を覗き込む。
「俺がいいって言ってるのに?」
「そ、れは、そうです、けど……」
「『けど』?」
レオの距離がぐっと近づき、腕同士が触れる。金色の瞳はどこか楽しそうだ。
これ以上は耐えられない、とリズは観念した。
「っ、分かりました! お願いします!」
「うん、こちらこそ」
半ば自棄になって了承したリズに満足したレオは、彼女から少しだけ体を離して笑顔を浮かべた。
一方、リズは暑くなった顔を冷まそうと手で扇ぎつつ、ふと、レオと行くのであればドレスを考え直さなければいけないと気づく。
「あの、やっぱり、ドレスは色を合わせたほうがいいですよね?」
「一般的にはそうだな。リズの希望は? 好きな色でもいい」
舞踏会では、パートナー同士で衣装の色やデザインを揃えて参加するのがほとんどだ。ただ、あと二週間で新しく誂えるのは難しい。
レオの質問から、彼が合わせてくれるのだろうかと思いつつ、リズは持っているドレスの中で好みの色のものを上げた。
「好きな色ですか? うーん、好きな色は青とか緑でしょうか。淡いものが多いかもしれません」
「じゃあ、青にしようか」
一瞬、クライドに贈られたリボンがレオの脳裏を過った。クライドが自分の目の色と同じだから選んだと思っていたが、リズの好きな色だったから選ばれたのか、と別の可能性に気づいた。それを確認するつもりはないが。
色が決まれば、リズも持っている中でドレスを選びやすいため、気持ちが少し軽くなった。一番気に入っているドレスもその色の物だ。
「分かりました。では、青いドレスで行きますね」
「いや、俺が用意するからいいよ」
「えっ」
さらりと言ってのけたレオだが、舞踏会までは残り二週間。それまでに仕上げるとなると、一体、何処の仕立て屋が引き受けてくれるのか。
目を瞬かせるリズに、レオはさして気にした様子もなく、明日の予定を頭の中で考えながら述べていく。
「今日は遅くなったし、ステラに慣れてもらう必要もあるし、明日は休んでくれ。その代わり、仕立て屋を向かわせるから採寸だけしてもらいたい」
「え!? いえ、そんな、そこまでしてもらうのはさすがに……引き受けてくださるかも分かりませんし」
王都内の仕立て屋はどこも忙しい時期だ。それも、残り時間が少ない中で引き受けてくれる所が存在するかも分からない。
既に話を通しているような言い方に焦るリズだが、レオは問題ないと言わんばかりだ。
「大丈夫。急にお願いしたのは俺だし、それに、無理を言える所はあるんだ。時間は訪問より先に連絡するようにする」
(まさか、公爵家御用達……?)
王都内にある有名な仕立て屋がいくつか浮かぶ。シンシア家では平均的なところを利用しているが、公爵家御用達ともなれば相応の高級店だろう。
そんな高級店が、一介の伯爵令嬢のドレスを? と冷や汗が流れる。
どうにか断る方法はないかと考えている内に、馬車はシンシア家に到着した。従者によってドアが開かれ、レオが先に降りる。
続けてリズが降りようとしたところで、従者が「バスケットをお持ちします」と手を差し出してくれたので「お願いします」と渡した。その後、レオが差し出してくれた手を借り、リズは馬車を降りた。
すぐにバスケットを受け取ろうとしたが、レオはリズの手を持ったまま離す気配がない。従者が重なった手とレオを交互に見ているのが気まずい。
「シンシア伯夫妻に挨拶したいところだけど、さすがに遅いからここで失礼するよ」
「送っていただいてありがとうございます。お気をつけて」
「うん。それじゃあ、おやすみ」
レオはそう言うと、自然な流れでリズの手に軽くキスを落とす。
バスケットを持ったままの従者が一瞬だけ固まったが、すぐに我に返ってリズにバスケットを渡してくれた。
何が起こったのか思考が追いつかないまま、リズは従者からバスケットを受け取りながら礼を言う。
そして、去って行く馬車を見ていると、後ろから声が掛かった。
「リズ。夢見心地のところ悪いけど」
「お兄様!?」
門を開けて出てきたのは、兄であるカイルだ。一連の流れを見ていた彼は、遠ざかる馬車からリズに視線を戻した。
「早く中に入れ。父上達も待っているぞ」
「す、すぐ行きます!」
ステラのことは事前に伝えてはいるものの、いろいろと話すことが増えている。
リズは慌てて中に入った。




