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16.結界の弱体化


 迎えに来てくれていた御者に伝言を頼んだ後、執務室に戻ったリズはレオとオズに手伝ってもらいながら申請書を記入した。

 途中、王宮図書館に行っていたダリルが帰って来たが、彼はシンシア家の馬車がいなかったことからリズが残っていると思わなかった。


「――なるほどね。じゃあ、その子の名前は決めたの?」

「はい。『ステラ』と名付けることにしました」

「あら、素敵な名前ね」

「ありがとうございます」


 使役獣にするに至った一部始終を聞いたダリルは、口元に笑みを浮かべながら幻獣もといステラへと視線を移す。

 今、ステラは休憩スペースのソファーに座るアズラの膝の上で寝ている。ぐずって疲れたせいか、眠りについたのは申請書を書き始めてすぐだった。

 申請書はリズとレオが書くところはすべて終えており、あとはオズが書くところだけが残されている。そのオズはというと、別棟にいる幻獣達の様子を見に行って不在だ。そして、同じく不在のレオは、別室にステラを連れ帰る際に使える籠を探しに行ってくれている。

 ダリルは「じゃあ、帰る前にオズに一声掛けてこようかしら」と言って、自身の席に置いていた鞄を手に持つ。


「それじゃ、アタシは先に上がるわね。お疲れ様ー」

「はい。お疲れ様です」

「お疲れ。……リズ。これなら入りそうか?」


 ひらひらと手を振って出て行ったダリルと入れ違いに、別室に行っていたレオがバスケットを持って戻ってきた。中にはクッションを敷いているため、眠ったままでも問題なさそうだ。


「大丈夫そうです。ありがとうございます」


 二人でアズラの元に移動し、ステラを起こさないようにそっとバスケットに寝かせる。途中、小さく唸ったものの、眠気の方が強いのかすぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

 アズラは壁にある魔導時計を見た後、声を潜めつつ言う。


「申請書のことは、私からオズ様にお伝えしますので、リズ様達は先にお帰りください」

「えっ、でも……」


 ダリルが帰る前に声を掛けてくれると言っていたため、戻ってくるまで待つつもりだった。また、アズラはレオの守護竜だ。主から遠く離れてもいいのかと戸惑ってしまう。


「問題ありませんよ。いざとなれば、本来の姿で追いつきますので。それまでにやられるような主人ではありませんから」

「王都内でなら、これまでも離れることはあったから平気だ」


 主従関係とはいえ、二人は必ず一緒にいるわけではない。先日、レオ達と王宮に行った際にも、レオはアズラを騎士団の方に先に向かわせていた。

 二人から揃って言われるのであれば、リズもこれ以上、渋る理由はない。

 あとのことをアズラに任せて、二人は一足先に帰宅することにした。

 機関を出てすぐ、控えていたアルドリック家の馬車に乗り、レオは御者にシンシア家へ向かうように伝える。


(明日、ダリルさん達に話を聞かれそう……)


 ダリルには、帰りはアルドリック家の馬車で送ってもらう旨も話している。その際、何やら新しい玩具を見つけたような顔をしていたのが蘇った。あれはクライドの話を聞いてもらっていた時と同じ表情だ。


(でも、失恋したばかりだし、今は仕事に集中したいし、レオ様にも相手を選ぶ権利は勿論あるし、今日も話があるっていうだけで、「そういう感情」を持たれているわけじゃないし)


 まだレオは外で話をしているため、その間にリズは自身に言い聞かせるように脳内で気持ちを整理させる。

 これまでも二人でいることは何度かあったが、その時はクライドを好きだったこともあって意識することがなかった。今日も、ダリルの意味深な笑顔を見るまでは何も思わなかったのだ。

 ふと、王宮でイザベラから助けられたことや、魔導師団から帰る時に繋がれた手の温もりを思い出す。


(……ううん。兄様だって手を繋いでくれることもあるし、私の体調を気遣ってくれただけだもの)


 クライド様の時みたいに勘違いしない、とさらに自分に言い聞かせていると、馬車にレオが乗ってきた。


「待たせてしまってすまない」

「ひっ!」

「えっ」

「……も、申し訳ありません。少し、考え事をしていました」


 まだ心の準備が整っていないせいで変な悲鳴を上げてしまった。

 目を瞬かせるレオの顔を見られず、恥ずかしさから顔を反対方向へと向ける。膝に置いたバスケットを掴む手に力が入った。

 対するレオは、「そうか。まぁ、ステラの事は突然だからな」と深く触れず、リズの斜め前に座る。そして、御者に馬車を出すよう小窓を軽く叩いて合図した。

 気まずさを覚えたリズは、ステラの名前が出たこともあって最近の状況について話を切り出す。


「もし、ステラが新種だった場合、これも魔獣が増えたせいなんでしょうか?」

「可能性はある。まだ人間が踏み入っていない場所に棲んでいた幻獣なら、当然、俺達が存在を知ることはないからな。そこを魔獣に襲われて逃げ、ここに迷い込んだのかもしれない」


 未踏の地は国内にも幾つか存在する。アズラの故郷である竜の谷もその一つだ。ドラゴンが多く棲み、中には人間に対して強い敵対心を持つものもいる。また、険しい地形でもあるため、人間が踏み入って戻って来られたのは谷のごく一部地域だけだ。

 そういった場所だけに棲んでいたのであれば、人間が知ることは勿論、他の幻獣達に知られることも少ない。

 リズは昼間にあった魔獣討伐戦を思い返しながら、そっと息を吐いた。討伐され、数が減っていた魔獣はまた増えており、瘴気が漂い始めるのも早かった。


「今日の討伐戦で“ロスト”は発生していませんでしたが、それでも以前より頻度は増えていますし……。何かあるんでしょうか?」


 魔獣や“ロスト”の増加について、国から何か発表されているわけではない。そのため、国民達も表立って不安がってはいないが、被害が増えてきていることは感じている。

 レオは小さく息を吐いた後、送ると言った理由にした「話」を持ち出す。


「話っていうのは、実はそれに関係しているんだ」


 真剣な面持ちのレオに、リズは自然とバスケットを持つ手に力が入った。蓋をしているため、中にいるステラが起きているかは分からないが、特に動いたり鳴いたりしていないので寝ているだろう。

 そして、ステラのときと同様にレオは先に注意を挟む。


「これは誰にも言わないで欲しいんだが……魔獣と“ロスト”の増加の一因は、結界の弱体化なんだ」

「結界って……国王陛下とその守護竜が張っている、あの結界ですか?」

「そう。この国を覆っている『護国結界』だ」


 この国には、外部からの魔獣の侵入や瘴気の侵蝕を防ぐために強大な結界が張られており、その結界を『護国結界』と呼ぶ。結界は国王とその守護竜が、王宮の何処かにあるという『聖石』に魔力を注いで維持している。

 王都全体を覆う結界もあるが、こちらはノエルを始めとする魔導師達が魔石を用いて張っているものだ。

 護国結界が弱体化するということは、ふたりのどちらかに何かがあったということ。そして、それをリズに話すということは、とリズはレオの言いたいことを察しつつ、口にしてもいいものか迷う。


「察していると思うが、少し前から陛下の守護竜が体調を崩しているらしい。この前、機関の結界が破られたのも、恐らく守護竜が込めた魔力がいつもより弱っていたからだ」


 レオは国王の守護竜のことは把握していたため、結界が破られた大方の予想はついていた。ノエルに調査をお願いしたのは、守護竜のことを公にはできないからだ。何も調査をしないのは、職務怠慢とも取られてしまう。ちなみに、結果についてはレオだけが聞いており、オズにもまだ告げていない。


「体調を崩したのは、ご高齢ということが関係しているのですか?」

「いや、彼はドラゴンの中でも高齢なほうではあるが、まだ結界を維持するには問題ないはずなんだ。何なら、アズラとさして変わらないしな」

「えっ」


 国王の守護竜には、健康状態を診るためにリズも何度か会ったことがある。その際、言葉も交わしたが、落ち着いた低い声やゆったりとした話し方は老人らしさがあった。対するアズラは人型でいることが多いものの、基本的にはテキパキと動いている。

 そのふたりがほぼ同年という事実に、リズは言葉を失ってしまった。

 一方、国王の守護竜やアズラと付き合いが長いこともあって特に驚くこともないレオは話を続ける。


「どうして守護竜が体調を崩したかは分からないんだが、結界の弱体化も国の一大事だから、この事を知るのは国王陛下と王妃陛下、あとは一部の王族と臣下のみだ」

「まさか、こんな重大な話をしてくださるということは……」

「その『まさか』だ。リズに、守護竜の治癒をお願いしたい」


 リズの力が幻獣によく効くという話は、国王を含めその周辺の人達の耳にも届いている。大事な守護竜の身を案じた国王がリズの力を思い出し、先日、藁にも縋る思いでレオに頼んできたのだ。

 すぐにリズに話がされなかったのは、一介の令嬢に任せてもいいのか、そもそも情報を開示してもいいのかと臣下達の間に不安の声が上がり、ひっそりと話し合いがされていたからだった。

 しかし、このままでは手がつけられない事態にもなりかねないため、レオは国王と共に周囲の臣下を説得し、どうにか了承を得て今に至る。


「前に、アズラの怪我を治してくれたこともあっただろう? それに、国王の守護竜とは診察で面識もある。その延長と思ってくれればいい」


 以前、アズラが負傷した際の治癒は、普段の幻獣の治癒よりもやや魔力を消費した。他のどの幻獣よりも保有する魔力が多いからだ。

 原因不明の体調不良ともなれば、リズでも治せるかは分からない。それはレオ達も承知の上だ。

 不安はあるものの、苦しんでいるのを知って何しないわけにもいかない。そう思ったリズは、バスケットに一度視線を落とした後、気持ちを落ち着かせるために小さく息を吐いてからレオを真っ直ぐに見て答える。


「お役に立てるかは分かりませんが、やってみます」

「ありがとう。それじゃあ、陛下達には俺から話をしておく」

「お願いします」




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