15.初めての使役獣
機関に戻ると、ノエルが連絡していたこともあり、出入り口でオズが出迎えてくれた。
「それが例の幻獣か」
「はい。外傷は治癒しているのですが、体力の消耗が激しくて、自力で食事も出来ない状態です」
「了解。処置室に運んでくれ。必要な物は持って行く」
「じゃあ、僕はこの子のこと調べてくるよ。ちょっと資料室借りるね」
「ああ、頼んだ」
いつもは気怠げなオズも、幻獣のことになると雰囲気もがらりと変わる。ノエルも魔法絡みではないものの、未知のものを前に好奇心に火が付いたのか、オズが返事をするより早く機関の中へと足を進めていた。
オズが周囲の幻獣師達に指示を出すのを後ろに聞きながら、リズは処置室に急いだ。
一階にある処置室は、幻獣を寝かせるための診察台が中央に置かれ、壁際には薬品や書類を置いた棚が並ぶ。また、汚れなどを洗い流せるよう洗面台も設置されている。
幻獣師の一人に診察台の上に毛布を敷いてもらい、その上に優しく幻獣を寝かせる。
「魔力の消耗も酷いですね。魔石を持ってきます」
「お願いします」
毛布を敷いてくれた幻獣師は、リズよりも歴が長い一人だ。幻獣の様子を見てすぐに判断すると、足早に処置室を出て行った。
リズはタオルを濡らし、幻獣の体を拭いてやる。ミルキーホワイトの毛は、汚れを落とすと絹のように艶やかな光沢を持つ。ふわふわとした胸元の毛や長い尾は触り心地が特に良い。
辛そうに浅い呼吸を繰り返す姿がリズの胸を締めつけた。
「リズ。点滴するから、消毒とテープ出してくれ」
「はい」
処置室に入ってきたオズは、栄養補給のための点滴液が入った瓶を持ってきてくれた。また、続いて入ってきた幻獣師は魔力補給用の魔石を診察台の隣のテーブルに置く。
オズは慣れた手つきで幻獣の前足を消毒した後、点滴の針を刺す。テープで固定し、液が正常に落ちているのを確認した後、今度は幻獣の顔近くに魔石を置いた。
魔石が淡く輝きを放つと、光る粉が混じる靄が滲み出てくる。やがて、その靄はゆっくりと幻獣を包み込んだ。
この魔力補給用の魔石は、魔力が不足しているものが近くにいた場合、貯め込んだ魔力を移す性能を持つ。消費した魔力が多いほど魔石の効果発動時間も短くなるため、置いてすぐに反応したのを見るに幻獣の魔力はほぼ枯渇していたようだ。
リズ達は幻獣の様子を見ながら、種族に繋がるものがないかを確認する。また、魔石の効力が切れると新しい魔石に交換した。
暫くして、魔石の効力が伸びてきたところで、オズは漸く緊張の糸を解いた。
「本当に、この状態でよく耐えたな」
「同感です。幻獣の中でも小型なのに、この子を追っていた魔獣の数はかなり多いように見えました。一応、討伐で数を減らしたとは聞いていたのですが……」
「魔獣にとって、こいつの魔力がよほど美味しそうだったのかもな。まぁ、俺達人間には分からんが」
魔獣には幻獣を餌として捕食するものも多い。中には遊び道具として追い回すものもいるが、その場合はある程度弱ったところで飽きて仕留めてしまうため、数日に渡って追い回すようなことはほぼない。今回は前者だろう。
軽く息を吐いたオズは、そういえば、と処置室を一旦出た時のことを伝える。
「少し前だが、レオ達も帰ってきてたぞ」
「思ったより早かったですね」
「元々、終わりかけだったみたいだ。リディアは採取した《コア》の点検と元魔獣だった幻獣のケアに向かったが、他はコイツのことを調べるって資料室に行ったぞ。多分、ノエルが粗方見てるだろうけど」
「それじゃあ、私もそちらに向かいます」
ノエルも幻獣を目にしているため、属性などの基本的なことは分かっているが、未確認のものを膨大な資料から探すのであれば人手は多いほうがいい。
苦しそうに呼吸をしていた幻獣も、魔力を吸収したこともあってか、今は少し楽になった様子だ。
オズ達に任せて診察室を出ようとしたリズだったが、扉はリズが開けるより先に外から開けられた。
「っと、すまない」
「い、いえ、こちらこそ……」
診察室に入ってきたのは、つい先ほど話に出たレオだった。その後ろにはアズラとルシアン、テオもいる。
ぶつかりそうになったレオはすぐに謝罪を口にしたが、対するリズは驚きから言葉が詰まってしまう。
「もう幻獣のことが分かったのか?」
「いや、そうじゃない。まったく情報がないんだ」
「全部見たのか?」
「ああ。最初はノエルが属性で絞って調べていたんだが、それでも該当する幻獣はいなかったから全属性で調べたさ。今のところ、新種の可能性が高い」
幻獣の情報は、機関では属性ごとに分けて保管している。そのため、すぐに出てくるだろうと思っていたのだが、機関内の記録には残っていなかった。
国内で確認されている幻獣は勿論、他国にのみ生息している幻獣の種族も記録はある。それでも該当しないとなると、保護した幻獣はほぼ間違いなく新種だろう。
オズは自身も経験のないことを前に、顎に手を当てて呟く。
「新種か……。だとしたら、いろいろ検査しないといけないな」
「もし、新種だった場合って、俺達もその検査とか見ていいんですか?」
「俺だって初めてなくらい貴重な機会だからな。もし、そうなった場合は声を掛ける」
新種の発見は、レオの父である先代所長が若かった頃に一度あった程度だ。その頃のオズはまだ機関に所属する前の子供だった。
そわそわするルシアンと冷静に見えて好奇心が滲むオズを見て、テオは診察台にいる幻獣に歩み寄る。主やその上司の反応から、自分も気になったようだ。
一方で、レオは新種だった場合の報告に使うための資料の作成について、父に確認する必要があるなと思いつつ、「確定するにはまだ早いぞ」と釘を刺しておく。
「一応、神話や伝承レベルまで調べようってことで、ダリルは王宮の図書館に閲覧の申請を、ノエルは郷に協力要請しに行ったところだ」
「そちらに記述のある幻獣だとしても、希少な存在ではありますね」
神話や伝承に出てくる幻獣であれば、新種とはまた異なる。「生存が確認された」という形だ。
勿論、神話や伝承の幻獣の情報も機関にはあるが、場合によっては王宮の図書館でしか見られないものもある。また、エルフ達も郷の外に出していない話は多くあるはずだ。
その中に該当するものがいればいいが、と思いつつ、オズは壁に掛けている時計を見てから言う。
「それなら、こいつの回復にも時間は掛かるだろうし、今日のところは一旦切り上げて、続きは明日にしよう」
「もうそんな時間か」
レオも時計を見れば、終業時間が迫っていた。朝から討伐戦もあったため、いつもより時間の流れが早く感じる。
リズは眠っている幻獣を別室に移動させようと近寄ったが、オズに「あとは俺が診ておくからもう帰っていいぞ」と止められた。リズ達を労っての言葉だ。
「分かりました。それじゃあ、あとのことは――」
「キュゥ……」
「えっ?」
か細く聞こえた声に驚いて視線を落とせば、眠っていたはずの幻獣が目を覚ましていた。頭をもたげ、金色の瞳でリズを見上げている。
まるで、行って欲しくないと言わんばかりの視線に戸惑っていると、幻獣は足に力を入れ、震えながらも立ち上がろうとした。
「え、わ、ちょっと」
「もう懐かれたか? さすがだな」
今にも倒れてしまいそうな幻獣をテオが鼻先で慌てて支え、少し遅れてリズが手でさらにしっかりと支える。
先ほどまで起きる気配は微塵もなかった幻獣を、オズは興味深そうに観察する。幻獣に懐かれやすいリズの性質から、これまでも彼女が離れようとすると嫌がる素振りを見せる幻獣はいた。今回もその一例だろう。
現に、リズに支えられた幻獣は安堵の表情を浮かべ、腕に擦り寄っている。
「ごめんね。また明日、ここに来るから、今夜はこの人と一緒に――」
「ギュウウウウゥゥゥゥ!!」
「……リズ様がいいようです」
種族が違えども、言葉はある程度分かるアズラは、苦笑しつつも幻獣の言葉を訳して伝えた。
テオは診察台に顎を乗せ、ぐずる幻獣を窘めるように小さく「ワウン」と鳴く。それに対し、幻獣も抵抗するように首を左右に振っている。さらに、前足でリズの腕にしがみついてきた。
その様子を見た後、リズはオズに視線を移して言う。
「私も泊まっていいですか?」
「「いや駄目だろ」」
レオとオズの声が重なった。ルシアンやアズラも頷いている辺り、泊まりが認められることはなさそうだ。
オズは腕を組み、呆れ混じりにこの機関のルールを口にする。
「忘れたか? 『女性は夜勤なし』って最初に言われてるの」
「うっ。そうですけど……」
幻獣師は、身分や性別問わず試験をクリアすれば資格を得られるが、機関で働くに当たっては幾つかのルールが定められている。その一つが、「夜勤については男性のみとする」というものだ。
機関で幻獣を保護していることもあり、異変があった時にすぐに対処できるように夜間でも数名が滞在している。
夜勤ともなると周辺の人気も減る上、外出した際には暴漢に襲われる可能性も昼間より高くなる。男性ならいいというわけではないが、女性の場合はその後の身体的な問題も出てくるため、回避するためにそのルールを設けたのだ。
オズは、まるで自身の娘に言い聞かせるように言葉を続ける。
「リズに限ってそれはないだろうし、今いる奴らにそんなことをする度胸がある奴はいないが、このルールができる前には機関内でやらかす奴らもいたし、たまたま外に出た時に襲われて妊娠してしまったような人もいたんだ」
その件があってから、夜勤については男性だけで行うことになった。
リズもその話は聞いているため、夜勤ができないことについて不満はない。ただ、今回は幻獣が離れてくれる気配がないため、特例を出してくれてもいいのでは、と過ってしまったのだ。
「駄目なのは分かりました。でも、この子は離れてくれる様子もありませんし……どうしましょうか?」
「無理やり引き離したら一晩中鳴き叫びそうだしなぁ……」
リズの腕にがっしりとしがみついている幻獣は、勿論、無理やり引き剥がそうと思えば不可能ではない。ただし、その後の状態についてはルシアンが言ったように悲惨なことになるのが目に見える。
ただでさえ、衰弱していたのが少し回復したところだ。一晩中騒ぐような状況は避けたい。
暫く全員が黙って考え込む中、沈黙を破ったのはオズだった。
「こうなったら仕方ない。リズ、使役獣はまだだな?」
「は、はい」
「こいつを使役獣にするのはどうだ?」
「えっ」
幻獣師はルシアンを始め、半数近くの幻獣師が相棒となる使役獣を連れている。勿論、オズのように研究に専念したい幻獣師や、ダリルやリディアのように単独で動きたい者は契約していない。
リズもまだ使役獣がいない一人ではあったが、これまでは必要性がなかったため、特に契約することもなかった。
まさかの流れに目を瞬かせるリズだが、ルシアンは自分がテオと契約をした後を思い出して訊ねる。
「ちなみに、犬猫を連れ帰るのとはまた話が違ってくるけど、家的には大丈夫か?」
「多分……。お父様達も動物や幻獣は好きだし、先に知らせを出しておけば何とかなると思う。でも、この子はそれでもいいのか……。普通に連れて帰るのではいけませんか?」
「未知の幻獣を首輪もなしに連れ出すってことだからな。あまり喜ばれるもんじゃない」
どちらにしろ、引き離すことが困難な上に泊まりもできない以上、契約はともかく連れ帰るほうがいい。
ただ、使役獣の契約は半永久的なものであり、幻獣の今後を考えて本当に契約をしてもいいのかと戸惑ってしまう。
そこで、アズラは自分とレオの契約のことを思い浮かべながら言う。
「基本的に、契約は『どちらかに不利益な状況になった場合は無効』とされているので、さほど思い詰めなくとも大丈夫ですよ」
「そういえば、俺とテオもそうだ」
「でしょう? それに、使役獣の契約ですが、そもそも、今の不安定な状態での契約は少し難しいので、今日のところは申請書までになりそうですし」
幻獣を使役獣にするに当たって、契約を行う以外に国への報告が必要となる。その申請書は契約を後にしても手続きはできるため、今のところ大きな弊害はない。
リズは幻獣をそっと抱き上げると、「私と契約することになってもいいの?」と優しく訊ねる。
「キュウッ!」
「いいそうですよ」
「よし、そうと決まれば申請書作りだ。ルシアン達は上がっていいからな」
「はーい」
話している間に定時は過ぎていた。周囲の片付けは、一緒に治療に当たっていた他の幻獣師達が済ませたため、リズは幻獣を優しく抱き上げ、オズ達と共に処置室を出る。
執務室に向かいながら、何度か目にした申請書にある項目で、今は記載できない箇所があることを思い出す。
「ところで、種族名はどうするんですか?」
「俺とレオが連名でサインすれば いけるから問題ない」
「あとで書き換えは必要になるがな」
種族が不明の場合、幻獣の特徴などを記載し、幻獣保護機関の責任者のサインが複数あれば提出は可能だ。勿論、種族が判明次第、修正することにはなる。
執務室に着いてすぐ、リズは通信用の魔石を使って両親に連絡をしようとしたが、あることを思い出したレオがそれを止めた。
「今日は俺が送っていくから、迎えの者は帰してもらっていいぞ」
「いいんですか?」
「ああ。少し、業務外のことで話したいことがあるんだ。本当は休憩時間中にとも思ったんだが、時間が取れるか微妙だからな」
「分かりました。では、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」
先に馬車を帰すのであれば、両親への伝言も頼もうと思い、リズはアズラに幻獣を預けて御者の元へ急いだ。




