14.潜む影
イザベラはやっと自分を見てくれたレオに愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる。人によっては、その笑顔に絆されるだろう。
だが、レオは彼女がその笑顔の裏でリズに敵意を向けていることに気づいていた。
あそこまで言って気づかないのであれば仕方ない、と強めに伝えることにする。
「さて、令嬢」
「はい」
「貴女には俺が、遊び感覚で交際するような人に惹かれる男に見えるか?」
「……はい?」
レオに何を言われたか理解が追いつかなかった。頭の中で言葉を反芻して、漸く彼が怒っているのだと察する。同時に、軽蔑されているのだとも。
「不必要な接触を、相手の許可なくするものじゃない。不愉快だ」
険しい表情で放たれた言葉に、思わず彼から数歩下がる。両親から叱られることはあれど、他人……それも、異性から向けられたことがない感情に息が詰まった。
レオはさらに言葉を続ける。
「場を乱すのであれば、次からは外での任務には就かないほうがいい。命取りになるぞ」
これは、治療師として様々な戦地に赴くことがあるイザベラのためでもある。彼女が理解するかは分からないが、改めて釘を刺しておかなければ取り返しのつかないことを起こしかねない。
はっきりと告げてからイザベラの前を去ったレオは、《コア》の回収を終えたらしいダリル達のもとに向かった。
近づいてきたレオを見たダリルとルシアンは、彼の纏う刺々しい空気にぎょっとした。
「ちょっと何? すんごい怖い顔」
「お、おい、テオ。しっかりしろって」
「キュゥン」
ルシアンの後ろには、耳を下げ、体を小さくさせて隠れるテオがいる。勿論、テオの体が隠れきるはずもないのだが。
そこで漸く、レオは気持ちの切り替えができていないと気づいた。
「ああ、悪い。あまりにも不快だったから」
「もうリズがいないからってオブラート忘れないでよ。ほら、テオもすっかり怯えちゃってるじゃない。その刺々しい魔力も仕舞いなさい」
「はいはい」
「あの治療師、何やらかしたんですか?」
ルシアンは雰囲気がいつものものに戻ったのを見て、ちらりと彼が先ほどまでいた場所を見た。そこにはまだイザベラがこちらに背を向ける形で立ち尽くしているが、誰かが心配して近づく様子もない。
彼女が何をしたか明かすには場所が悪いため、レオはぼかすことにした。
「色々だな。それより、《コア》や元魔獣の回収は終わったか?」
「ええ。念のため、リディアがもう一回確認してくれているけど大丈夫よ」
回収が漏れていた場合、良からぬ騒ぎの元になりかねない。また、浄化されて元に戻った幻獣も、きちんとした手当てをしなければ命を落としたり、再び魔獣に戻ってしまう可能性もある。
リディアが周囲を歩いて確認しているのを見て、レオはダリルに向き直った。
「了解。それじゃあ、保護した幻獣がかなり衰弱していたから、俺達もすぐ戻ろう。騎士団の方にも話してくる」
「分かりました」
リズは保護した幻獣のために一足先に帰っているが、レオ達も帰還は急いだほうがいい。別に保護をした元魔獣だった幻獣の検査も必要だ。
レオは手早く今後のことを伝えると、指揮を取っていた小隊長のもとへと足を向けた。
一方、レオが去った後、一人になったイザベラは彼の言葉を反芻していた。
――不必要な接触を、相手の許可なくするものじゃない。不愉快だ。
これまで、異性にここまでの拒絶をされたことはない。
愛らしいと評される顔立ち、女性らしく成長した体つきは自分の武器の一つだった。
だからこそ、レオを振り向かせるのは簡単だろうと思った。相手を褒め、抱きついた腕にさりげなく胸を押しつけ、驚いた拍子に可愛らしく悲鳴を上げつつ、戦闘時やその後に傷を癒やして優しい一面を見せればいけるだろうと。
もし、レオがイザベラに傾きさえすれば、よくリズの話題を持ち出しては彼女を気にかけるクライドも少しは焦るだろう。そうすれば、リズにも勝てる気がした。
「何よ……。人の気も知らないで……!」
プライドを傷つけられた気がして苛立つ。
こんな思いをするのならば、彼を狙うのではなかった。むしろ、リズと親しそうなルシアンのほうが簡単だったかもしれない、と後悔した。
だが、イザベラがルシアンに近寄らなかったのは理由がある。
(でも、あの人は子爵家の三男だし、きっと、クライド様は「親しい人が増えた」くらいにしか思わないじゃない)
レオが公爵家の長男だからこそ、クライドも焦るだろうと思ったのだ。
彼と会うたび、聞かされてきたリズの話が過る。
――リズは幻獣のことが好きで、昔からよく一緒にいるのを見たよ。うちに遊びに来た時も、普段は姿を見せない幻獣が集まってきたりして、両親もびっくりしたんだ。
――イザベラの治癒魔法は効果がすごいらしいね。リズは魔力が光属性なんだけど、彼女の治癒魔法は人間より幻獣の傷を治すほうが得意みたいで、人間の治癒ってどんなのかよく知らなかったんだ。
――あの子は優しいから、困っている人がいたら声を掛けるし、一緒に悩んでくれるんだ。学生の頃は同級生も下級生も彼女を慕う人は多かったよ。イザベラもきっと仲良くできると思うし、今度、紹介したいな。
あくまでも「昔から親しい妹的な存在に恋人を紹介したい」という体ではあったが、イザベラからすると不要な気遣いだった。
日頃からリズの話をよく聞くため、さぞかし聖女のような優れた女性なのだろうと思ったが、魔獣討伐戦で初めてリズを見た時、なぜ、クライドが彼女を気にするのか理解ができなかった。顔立ちは可愛らしくはあるが際立って優れているわけでもなく、体型も貧相ではないがイザベラに比べるとやや劣る。性格も正義感が強いとは聞くが、それは異性に入り込む隙を見せないのでは? と疑問だった。
だからこそ、クライドから話が出ても気にしないようにしていたが、トドメはその彼の一言だ。
――幻獣師のあの子、えっと……シンシア令嬢! あの子、可愛いよな。お前の幼馴染だっけ?
――リズ? ああ、幼馴染だな。
――他に恋人いるのに名前呼びしていいのかよ? 怒られるぞ?
――大丈夫だよ。イザベラは心が広いから。
イザベラが王宮を歩いている時、偶然、騎士団の人達で話をしているクライドを見かけた。それも、リズの話をしているところだった。
もしかすると、彼のリズへの本音を聞けるのでは、と影に隠れてこっそりと聞き耳を立てる。
話の様子から察するに、どうやら、騎士団の一人がリズに好意を抱いているようだ。
――まだ婚約者とか恋人っていないんだよな? 紹介してくれよ。
――嫌だよ。妹に変な虫つくの。
――誰が変な虫だよ!
――お前、前も別の奴に言われた時にそうやって断ってたけど、ホントはお前が好きなんじゃないのか?
心臓が大きく跳ねた。一番聞きたかった話だが、クライドの口から肯定が出たらどうしようかと思うと息が詰まった。
クライドの返事は少しの間を置いて聞こえてきた。
――婚約の話もあったけど、でも、恋人とか結婚相手ってなると少し違うというか……。うーん、複雑なんだよ、俺も。
――なんだそれ。
――あ。けど、成人祝いに贈ったリボン、今も大事にしてくれているみたいだ。どんなのがいいか分からなかったけど、悩んで贈った甲斐があったし、そういうのを見ると俺から紹介するのは嫌なんだよな。
リズを紹介して欲しいと言っていた団員が「お前にはあんな可愛い恋人がいるくせに!」と冗談交じりに怒っていたが、イザベラはそれ以上話を聞くのが苦しくなり、その場を離れた。
当時が蘇ったイザベラは、苦しくなった胸の内を吐き出すように大きく息を吐く。
すると、背後に足音が聞こえた。
「イザベラ、大丈夫か?」
「……クライド様」
「さっき、アルドリック卿と何かあったか? 顔色が悪いぞ」
やって来たのはクライドだった。心配の色が滲む彼は、先ほど、レオと話をしていたところを見ていたようだ。
「何もありませんわ。アルドリック卿も怪我をしていらっしゃったので治癒をしただけですの」
「あの人が? ……そうか。今回も後方から治癒魔法を掛けるのに忙しかっただろ? 疲れたんじゃないのか?」
「そうかもしれません。ですが、怪我をしている人を放っておくわけにもいきませんので」
「イザベラは優しいな」
そう言って、優しく微笑んで頭を撫でてくれるクライドは、イザベラが好きになった彼の一面だ。
先ほどまで気持ちが大きく沈んでいたが、その動作一つで軽くなった気がした。
だが、それもすぐに掻き消されることになったが。
「リズが浄化魔法を使ってくれたから、特に大きな被害を出さずに済んだけど、彼女の浄化はあれほど強かったかな……?」
「……クライド様。招集が掛かったようですわ。行きましょう?」
「あ、ああ。行こうか」
結局、リズにすべてを持っていかれるのか。と黒く重たい感情が胸の奥で渦巻く。
ちょうど、隊長が招集を掛ける声が聞こえたため、イザベラは笑顔を浮かべたまま、クライドの腕を引いて彼の思考を途切れさせた。
歩き出したイザベラの足元に、小さな水溜まりのような影が近寄って揺らぐ。そこから飛び跳ねた黒い影がイザベラの影に入り込んで消えた。




