13.任務完了
「負傷者は治療師の元へ! 自力で動けない者はいるか?」
魔獣の討伐が完了し、騎士団の小隊長は周囲の団員達に声を掛けていた。
漂い始めていた瘴気もリズの魔法によって浄化が完了したため、あとは負傷者の手当てをして帰還するだけだ。
ダリルは周辺の見回りを手早く済ませると、いくつかの魔獣が消滅時に落とした《コア》を回収しているルシアンとアズラ、浄化された元魔獣を保護しているリディアを見ながら、ノエルと一緒にいたレオに話しかける。
「思ったより魔獣の数が多かったわね」
「ああ。けど、“ロスト”が出現する前に片付いて良かった」
「そうそう、それ! 浄化魔法で魔獣を消し飛ばすなんて聞いたことがない! リズー!」
「あっ! こら待て!」
つい先ほどの、討伐戦を終える切っ掛けともいえる強力な浄化魔法を思い出したノエルは、顔色を輝かせるとすぐにリズの元へと走った。
戦闘が終わった直後、すぐにリズの元に行かないようにするためと状況の確認のためにノエルを捕まえていたレオは、彼のローブを掴もうと手を伸ばしたが僅かに遅かった。
その素早さにダリルは目を瞬かせる。
「ごめんなさい。なんだか邪魔しちゃって」
「いや、遅かれ早かれこうはなった。行ってくる」
「はーい。あっちの二人のことはアタシが見ているわね」
ノエルを止められる者は早々いない。ダリルはレオに託し、ルシアン達のもとに行くことにした。
一方、幻獣の容態を詳しく診ていたリズは、近づく足音に気づいて顔をそちらへと向ける。
「リズ、さっきの浄化魔法すごかったね。何かしたの? 魔石持ってきてたとか?」
「い、いえ。特に何も……」
口早に質問攻めをしてくるノエルの勢いに圧されつつ、特に普段と変わりなかったはず、と魔法を発動した時を振り返る。使った魔力量も言葉もいつもどおりだ。
「弱ってた魔獣なんて一瞬で消えちゃったし、何体かは浄化されて幻獣に戻ってるし。今、リディアが保護して回ってるよ。ルシアンとアズラは《コア》の回収中」
「えっ。じゃあ、私もすぐにそちらに――」
「ダリルが行ったから問題ない」
戦闘終了後、リディアが「私が行ってくるから、その子診てあげてて」と言ってくれたため、リズは幻獣の処置に集中していた。
《コア》の回収はともかく、元魔獣の保護は人手が足りないだろう。そう思い立ち上がったリズを、あとからやって来たレオが止めた。
彼は木の根元に寝かされている幻獣を一瞥した後、リズに視線を戻して訊ねる。
「その子、容態はどうだ?」
「怪我は治しました。ただ、自力で食事ができないくらい衰弱しているので、早めに戻って栄養補給をしたほうがいいですね」
普段の治癒であれば、幻獣自身が持つ治癒能力を低下させないために細かい傷までは治さない。今回、すべての傷を治したのは、幻獣の衰弱が激しかったからだ。
リズは状況によって必要になると思い、幻獣用のフードを持ってきていたが、匂いを嗅いだだけで食べる様子はなかった。それは警戒して食べないというよりは、食べる力そのものがないように見えた。
「それなら、先に送ってもらおう。ノエルの質問はまた今度で」
「はーい」
すぐに回答が得られないことに不満はあるものの、ノエルにも幻獣の保護が重要であることは分かる。
ノエルは「他に送って欲しい人がいないか聞いてくる」と言うと、騎士団の小隊長のもとに向かった。
その背を見送ってから、リズはレオに視線を戻して確認する。
「ここはもう大丈夫ですか?」
「ああ。ルシアンとダリル、リディアは状況によっては残ってもらうことになるが……なんだ?」
浄化された幻獣の保護や《コア》の回収が完了しているかどうかは、こちらに来たレオにはまだ分からない。話をしながらルシアン達がいる方を向こうとしたレオだが、隣にやって来た新しい人影に気づいて首を傾げた。
やって来た人物……イザベラは、断りを入れることなくレオの頬に手を翳して治癒魔法を掛ける。
「お顔に傷がありました」
「……ありがとう」
確かに、戦闘中に魔獣の爪が掠めてはいたが、幻獣を扱っているとよくできる程度の傷だったので気にしていなかった。これまで話していたリズ達が何も言わなかったのもそのためだ。
わざわざイザベラが気に留めたのは、治療師としての矜持なのかもしれないと思いつつ礼を伝えれば、彼女はにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。
「いえ、跡が残ったら大変ですもの。他にお怪我はありませんか?」
そう言いながら、イザベラはレオの手を取って確認をする。
ただ、自分で分かるような大きな怪我はないため、レオはやんわりとその手を離した。
「問題ない。俺より、ダリルやルシアン達を――」
「他にも治療師がいるので大丈夫ですよ」
ちっとも大丈夫じゃない、と斜め上の返事をする彼女に小さく溜め息を吐く。どうやら、優しく言うのでは伝わらないらしい。
すると、レオとイザベラの間に、まるで距離を取らせようとするかのように手が差し込まれた。
「申し訳ありません、ご令嬢。いくら治癒のためとはいえ、もう少し距離を保っていただけますか?」
「アズラ」
差し込まれた手は、ルシアン達と一緒に《コア》の回収をしていたアズラだ。主の一大事に、回収している場合ではないと駆けつけてくれた。
だが、イザベラも一筋縄ではいかなかった。
「アルドリック卿の守護竜ですね? 心配なさらないで。すぐに治しますから」
「あとは自分でどうにかできるから必要ない。それに、恋人がいるんだろう? 不必要に近づくものじゃない」
治療が必要であれば距離感については気にしないが、今は手当てが必要な状態ではない。また、恋人がいる身で、治療の必要もない別の異性に接近するのも褒められたことではないだろう。
「まだ婚約までしていませんし、そこまで過敏にならなくても。それとも――」
ぼかさずにはっきり言ったものの、イザベラが離れる気配はなかった。むしろ、必死に離そうとするレオを見て妖しく笑みを浮かべる。
「緊張なさっているんですか?」
(今にも本来の姿で食らいつきそうなアズラの雰囲気には緊張しているな)
何を勘違いしているんだ、と呆れてしまった。これまで恋人などの噂がないせいで、異性慣れしていないと思われたようだ。
恋人についてはともかく、異性に言い寄られたことはこれまで何度もあるため、今さら緊張はしていない。相手がリズだったなら話は別だが、当の本人はどうしたらいいか分からず困惑している。
レオは、リズと幻獣を優先するついでに、段々と剣呑になるアズラを主として抑えるためにアズラの方へ振り向いた。
「すまない、アズラ。リズと幻獣をノエルの所に連れて行ってもらえるか? 先に戻ってもらう予定なんだが、ノエルが他にもいないか聞きに行っているんだ」
「レオ様も一緒に戻ったほうが良さそうですが?」
「俺はまだやることがあるからいい」
「……畏まりました」
不安は残るものの、主に指示を出されれば素直に引き下がるしかない。不服さは隠しきれていないが。
次いで、レオは不安そうな顔のリズを見ると、頭を軽く叩くように撫でた。
「片付けたら、俺もすぐに帰るから」
「はい。お先に失礼します」
リズは目を瞬かせた後、小さく頭を下げてから幻獣を抱える。そして、アズラと一緒にノエルのもとに向かった。
この流れでイザベラも別の場所に向かってくれれば問題はないのだが、やはり、彼女はこの場から動こうとしない。
小さく溜め息を吐いたレオは、一言彼女に物申すために向き直った。




