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12.幻獣の保護へ


 機関に戻って話し合いをした結果、参加するのはレオとダリル、リズ以外に、立候補していたルシアンとリディアが加わることになった。彼らにも映像で幻獣の姿を確認してもらったため、発見すればすぐに保護に移れる。

 そして、表向きは魔獣討伐戦の当日。

 鬱蒼と木々が生い茂る森の中を、先頭を騎士団、その後に幻獣師、治療師と続き、最後尾は魔導師となるように隊列を組んで進んでいた。もし、魔獣と遭遇してもすぐに対処できるようにするためのよくある並びだ。

 ただし、今回は一つ問題が起きていた。


「――アルドリック卿は剣術もお得意なんですってね。先日、他の治療師から耳にしましたの」

「日頃から鍛錬している騎士には劣るだろうけどな」


 幻獣師達の先頭を歩いていたレオの隣には、治療師であるイザベラが並んでいた。

 ニコニコと微笑みながらレオを褒めるイザベラだが、対するレオは彼女に視線を向けることなく淡々と返している。かといって邪険にしないのは、彼の人の良さの表れだろう。反対隣にいるアズラは迷惑そうな顔をしているが。


「でも、騎士団の訓練に混じっていたこともあるって聞きましたよ。騎士団の人から」

(リズの好きな人がどんな奴か見るために行った時のことか?)


 イザベラの言う「騎士団の人」とは、十中八九、クライドのことだろう。

 彼女の言うとおり、レオは騎士団の訓練に混じったことはあるが、それがいつの話なのかと直近で行った日を思い返す。

 剣の師匠が現騎士団長ということもあり、剣術を習い始めた頃は頻繁に行っていたが、その時の話が彼女に伝わるとは思いにくい。また、クライドから伝わったのであれば、彼の腕前を計るために「自分の剣の腕を磨くため」と言って鍛錬に参加し、クライドを打ち負かした日の可能性が高い。

 アズラから状況を聞いたダリルが、「余裕なさすぎ」と笑っていたのが記憶に残っている。


(騎士を輩出している家柄だと聞いたから少しは手応えあるかと思ったが、意外と普通だったんだよな)

「それに、先日の魔獣討伐戦もお見事でしたわ」

「……それはどうも」


 考え込んでいたせいでイザベラへの返しがやや遅れてしまったが、彼女は気にしていない様子だ。

 そんな二人のやり取りを少し距離を開けて後ろで見ていたダリルは、半目になりつつ呆れを滲ませ、溜め息を吐いた。


「何あれ」

「さぁ……?」


 まともに話をしたことがないイザベラの考えは、リズにも分からない。

 森に入ってすぐ、イザベラは治療師達の列を抜け、リズ達を追い抜いてレオの元へと駆け寄ったのだ。

 初めは、少し挨拶をして元の列に戻るだろうと誰もが思っていた。しかし、森を進んでもう半時が経過しようとしているのに、彼女は未だにレオの隣を陣取ったままだ。

 一体どういうことなのかと思いつつ、ダリルは歩調を落とし、後ろにいる治療師の女性に話しかけた。


「ねぇ、そこの治療師さん。あの子ってフィルバート辺境伯令嬢でしょ?」

「え? あ、はい」

「恋人さんと喧嘩でもしたの?」


 今回、騎士団の中にはクライドもいる。だが、イザベラは集合した時は勿論、転移魔法で森に飛んできてからもクライドと言葉を交わす様子はなかった。

 初めは互いに仕事中だからかと思ったが、それならば所属の違うレオの元に雑談に来るのはおかしい。

 もしや、クライドと何かあったのかと訊ねると、治療師は慌てたように顔の前で両手を振る。


「い、いえ! そんな話は聞いていませんが、元々……その、社交的と言いますか」

「お喋りさんなのね」

「ええと、まぁ……あっ! でも、治癒魔法の腕は確かなんです!」


 慌ててフォローする治療師は気苦労が多そうだ。ダリルだけでなく、他の人からも同様のことを言われたことがありそうだった。

 勿論、イザベラ以外にも会話をする者はいるのだが、高めのイザベラの声はよく通る。そのせいか、先頭を歩く騎士団の集団にいるクライドも少し後ろを気にしている様子だった。

 恋人が自分のことを気にせず、他の異性……それも、家格が上となれば気にするなと言うほうが難しい。

 すると、最後尾にいたノエルが杖に横向きに乗って文字通り飛んできた。


「リズも気になるでしょ。遮音魔法でも掛ける?」

「私ですか?」

「気にならない?」

「うーん……」


 リズの隣に降りたノエルは気遣ってくれている様子だが、なぜ、そこまでイザベラを切り離そうとしてくれるのかと目を瞬かせた。

 すぐに失恋した切っ掛けだからかと気づいたものの、リズの中ではもう区切りがついたことなのでさして気に障ることはない。

 ただ、リディアはそうではなかったようだ。


「すごい。私なら迷わず掛けてもらうよ」

「でも、もし、例の幻獣の声が聞こえた時に届かなかったら困るじゃないですか」

「……それもそうか。よしよし、割り切ってて偉いね」


 今回の幻獣師達の目的は「幻獣の保護」だ。確かに、遮音魔法で周りの音まで遮られると、対象の幻獣の声を聞き逃す可能性がある。

 しっかりしたリズの回答に、リディアは素直に感心して頭を撫でて褒めた。

 一方、ノエルは予想よりあっさりしているリズに驚いていたが。


「僕、これでもいろんな子の失恋とかも見てきたけど、割と立ち直り早いね?」

「仕事に集中して忘れようとしてる感じですよ」


 本人に直接言うわけにもいかず、近くにいたルシアンに代わりに言えば、彼は少し呆れ交じりに返した。

 その様子を見て、そういえば彼もリズのことが好きだったなと思い出す。

 レオ共々苦労しそうだなとルシアンの肩を軽く叩けば、真意を知らないルシアンは「なんですか?」と戸惑った。


「ううん。老婆心みたいなものだよ」

「え? ろう……?」


 ノエルの正体を知らないルシアンは、どう見てもさほど歳が変わらないノエルが老婆心などど言うのかとさらに困惑する。

 だが、それも隣にいるテオの異変によって思考が引き戻された。

 突然、鼻を上に向けて何かの匂いを嗅いでいたテオは、道の横に生える木々の奥を見て足を止める。


「グルル……」

「テオ?」

「ん? ねぇ! レオ――」

「ガァァァァァァァ!!」


 前方を行くレオをまず止めようとノエルが声を上げたのと、木々の奥から獣の争う声が響いたのは同時だった。

 木で休んでいた鳥達が一斉に羽ばたき、周囲の木が大きく揺れる。


「きゃあ!」

「すまないが下がっていてもらえるか」


 異変に驚いたイザベラがレオの腕にしがみつくが、彼はその手をやんわりと離し、後ろに行くように指示した。そして、アズラに視線をやれば、彼女は何も聞かずとも人の姿を解いて本来のドラゴンの姿へと変化する。ただし、場所を考慮してか、その大きさは成人男性の二倍ほどだ。

 前方にいた騎士団の騎士達も、既に臨戦態勢を取っている。

 空高く飛翔したアズラは声のした方角を探り当てると、一度レオ達の様子を確認してからそちらへと向かった。


「アズラ殿を追え!」

「俺達も行くぞ!」


 騎士団の小隊長が騎士達に指示を飛ばし、レオもリズ達に声を掛けてから駆け出す。

 切り拓かれた道ではないため、やや進みにくいものの、リズは前を行く騎士団に置いて行かれないようについて行く。

 アズラの魔力を辿りながら進むと、切り立った崖の前に出た。その崖の前には、何かを囲む複数の魔獣の姿もある。

 リズの位置からではよく見えず、少しだけ体をずらして確認すれば、魔獣が囲んでいるのはレオから見せてもらった記録用の魔石に映っていた幻獣だった。襲われたせいか、映像で見た様子よりも毛は汚れ、血の滲みが目立つ。


「俺達はあの幻獣の保護が最優先だが、まずはあの魔獣を退かすところからだな。俺とダリル、ルシアンは魔獣をできるだけ幻獣から離すように。リズ、リディアはその隙を見て幻獣を保護」

「「「「了解」」」」


 レオは剣を抜きながら手早く伝えると、魔獣との戦闘を開始した騎士団に混じった。ただし、深追いはせず、幻獣までの道を開くために近くの魔獣だけを倒すに留める。

 三人と一頭によって開かれた道をリズとリディアは素早く駆け抜け、崖の前で蹲る幻獣に辿り着いた。


「リズ、私が後ろを見ておく」

「ありがとうございます。――もう大丈夫よ」

「…………ク、ウゥ……」


 白い子犬にも似た幻獣に声を掛ければ、閉じられていた大きな目が薄らと開かれた。金色の目は弱々しく、リズを映すとか細く鳴く。

 長い毛で傷の全貌は分かりにくいが、応急処置が必要と判断し、リズは幻獣に治癒魔法を施すために手を翳す。手のひらと幻獣の間で柔らかい光が溢れ、幻獣へと吸い込まれていく。

 浅く上下していたお腹がゆっくりとした動きに変わり、苦しさが減ったと分かった。


「よし。それじゃあ、一旦、ここに入っていてね。……って、あれ?」

「どうかした?」


 容態が落ち着いたのを見て、リズは幻獣を魔石に入れておこうと翳したが、何故か魔石が反応しない。いつもなら、魔石がすぐに幻獣を取り込んでくれるのだが、今は取り込むどころか淡く発光すらしなかった。

 顔を少しだけ後ろに向けて訊ねてきたリディアに、リズは魔石を見せながら状況を説明する。


「応急処置が済んだので魔石に保管しようと思ったのですが、その魔石が反応しないんです」

「魔石が? でも、間違いなく空よね?」

「はい」

「仕方ない。そのまま運ぼう。私がフォローする」


 魔石の中に幻獣がいた場合、当然ながら別の幻獣を入れることはできない。ただ、その場合は魔石の中から生体反応があるため、魔導師や幻獣師であれば空かどうかはすぐに見分けられる。

 原因は分からないが、魔石が使えないのであればそのまま運ぶしかない。

 リディアに頷いたリズは優しく幻獣を抱き上げると、今の場所を離れるために彼女に向き直った。


「行くよ。しっかりついて来てね」

「はい!」


 周囲では騎士団やレオ達が魔獣と戦っている。最初の話では、魔獣は先の討伐である程度数を減らしているとのことだったが、大型の魔獣に数人が当たっているせいか、状況は拮抗していた。

 負傷した者は後方から治療師がすぐに治癒魔法を掛けており、そこにはイザベラの真剣な姿もあった。戦闘前の様子とは大違いだ。

 リディアはそれを横目に走っていたが、目の前に熊のような魔獣が立ちはだかったことで足を止めた。


「グルル……」

「ちっ」

「ガゥッ!」


 短剣を構え、せめてリズだけでも逃がすか、と思った瞬間、横からテオが魔獣の喉に食らいついた。

 魔獣と大きさの変わらないテオはもみ合いながら転がっていき、別の魔獣に激突している。

 次いで、テオが飛んできた方向からルシアンが二人を呼んだ。


「二人とも、こっちだ!」

「はーい。ここから先は通さないよー」


 ルシアンの方に走れば、後ろから追いかけてきていた魔獣をノエルが風を巻き起こして押し返す。

 出てきた木々の近くまで辿り着き、魔獣が来ていないことを確認してほっと胸を撫で下ろした。それでもまだ魔獣がいることには変わりないため、緊張は解かずに幻獣を抱え直す。

 リディアは辺りを警戒したまま、道を切り開いてくれたルシアンに礼を言う。


「ありがと、助かった」

「いえ! それより、そいつ大丈夫か?」

「うん。治癒魔法は掛けたから、あとはゆっくり休ませて体力を回復させたら大丈夫だと思う。ただ、保護用の魔石に入れられなかったから、このままになるんだけど……」

「そっか。じゃあ、俺もテオの所行くけど、ここ動かないようにな」

「分かった。気をつけて」


 リズ達がいる場所はノエルと一緒に来ていた魔導師が結界を張ってくれたため、破られない限りは安全だ。また、近づこうとする魔獣はダリルとレオ、アズラが防いでくれている。

 テオは未だに熊の魔獣と戦っており、ルシアンが援護に向かった。


「それにしても、魔獣って少しは討伐したんじゃなかったっけ?」

「やっぱり、この数はおかしいですよね」

「潜んでいたにしても、あの大型の魔獣を見落としていたとは思いにくいしね。ほんと、ここ最近の増加は、何か起こるんじゃないかって不安になるくらいよ」

「…………」


 魔獣はこれまでも出現はしていた。ただ、毎日のようなものではなく、出現しても数は少なかった。それが、ここ数年で徐々に頻度が増え、一度に発見される数も増えた。

 オズはまだ逼迫した状況ではないと言っていたが、そうなるのも時間の問題のようにも思える。

 少し離れた位置で繰り広げられる魔獣との戦闘を見たリズは、漂い始めた瘴気を見て、幻獣を抱える腕に少しだけ力を込める。


(私は、ルシアン達みたいに前戦で戦えるわけじゃない。けど……)

「リズ?」


 黙り込んだリズを心配したリディアの声が聞こえる。

 だが、リズはせめて自分のできることをやろう、と呼吸を整えると、浄化魔法を発動させた。


「――“浄化ピュリフィケーション”」


 一言唱えた瞬間、辺りに澄んだ空気が波のように広がり、数匹の魔獣が消し飛んだ。




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