11.未知の幻獣の保護に向けて
「――で? これは何があったんだ?」
およそ二時間後。
会議を終えたレオとアズラが魔導師団を訪れると、魔導師の一人がノエルの執務室へ案内してくれた。
部屋に入って二人が目にしたのは、疲れ果てた様子でソファーで横になっているリズと、その反対側にある長机で嬉々として何かを並べているノエルだ。
レオはリズのことをアズラに任せ、ノエルの隣に歩み寄って訊ねれば、彼は深い赤色の液体が入った小瓶を片手に手短に説明する。
「調査用に血を貰ったんだ」
「なんで血が必要なんだ? 魔力だけじゃ駄目だったのか?」
「まあまあ、落ち着いて」
どうりで、ソファーで横になっているわけだ。
ノエルを詰めながらもう一度リズの様子を見やれば、朝に見た時より顔色が悪い。健康に問題がない程度に収めてはいるだろうが、もっと他に方法はなかったのか。
アズラがリズの傍らに膝をつき、左手を彼女の額に当て、右手を彼女の手に重ねる。「気休め程度ですが……」と優しく声を掛けてから、治癒魔法を発動していた。減った血を元に戻すのは難しいが、気分を和らげる程度ならできる。
「彼女の魔力は性質が特殊なんだ。だから、今までとは違った視点も必要だと思って貰ったんだよ。吸血鬼みたく首に噛みついたりしてないから、そう神経質にならないで」
「噛みついてみろ。今後一切の接触を禁止するからな」
「こっわ」
レオは今にも斬りかからんばかりの殺気を放ったが、ノエルはさして怖がる様子もない。
血が変質しないように保存魔法を掛けてから、話を変えることにした。
「次の討伐戦の会議はどうだったの? わりと早めに終わったみたいだけど」
「はぁ……。まず、その前に。次、リズに協力を求める場合は、何をするか先に教えてくれ」
「はーい」
今回も魔力だけで済むと思っていたのが間違いだった。しかし、レオは魔導師の研究について詳しくはないため、予想するのは難しい。
レオは事前の共有だけ頼んでから、ノエルと共にソファーへと歩み寄った。
テーブルにはアズラが持っていた小箱が置かれており、「まず、ノエルに確認してもらいたい物がある」と言って蓋を開ける。
「まだあまり人目に晒せないんだが、他の人が入ってこられないようにできるか?」
「問題ないよ」
ノエルは指を鳴らすと、部屋に人が入ってこないよう結界を張る。ついでに、念のための遮音魔法も重ねておく。
物々しい雰囲気に、リズは肘をついて上体を起こした。すぐにアズラが支えてくれたが、まだ少しくらくらする。
アズラはリズが凭れ掛かれるように彼女の隣に座った。
「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
「まだ寝てていいのに」
その様子を見たレオは、リズの顔に掛かった髪をそっと横に除けてやる。ソファーに横になる際、潰さないようにとバレッタを外していたようだ。そのバレッタはテーブルに置かれている。
バレッタを見ていたレオだったが、ふと、アズラから視線を感じて彼女の方を見た。アズラは何とも言えない複雑な顔をしている。
「なんだその顔は」
「いえ、『そういうこと』はさらっとできるのにと思いまして」
「……まぁ、状況によるだろうな」
今さらながらリズに自然と触れたことに気づき、褒めているのか貶しているのか分からないアズラに文句を言いたくなった。
しかし、リズを前にして言えるはずもなく、寸でのところで飲み込んで話を戻すことにした。
「これはさっき騎士団から借りてきた記録用の魔石なんだが、未確認の幻獣が発見されたそうなんだ」
小箱から魔石を取り出し、映像を映し出すために魔力を注ぐ。
先ほども見た白い幻獣が再び浮かび上がり、ノエルはスッと目を細める。
まだ万全ではないリズも、興味が勝って少しだけ身を乗り出した。
「魔獣に追われていたそうだ。だから、次の討伐戦で、幻獣師は討伐や浄化よりこの幻獣の保護を優先するようにと言われた」
「それ、他の部署の人は知ってるの?」
「一応、騎士団では団長と参謀、幻獣を発見した一部の団員は知っている。ただ、幻獣が無事見つかるかも不確かな上に密猟者に情報が回っても困るから、出来るだけ外部には知らせずに動く」
元々、幻獣師が参加するのは、瘴気の影響を受けて魔獣へと化した幻獣の対処と浄化によって戻った場合の保護、魔獣の被害を受けた幻獣の治療と保護だ。
今回も表向きはその流れで参加しつつ、映像の幻獣が見つかればそちらを優先して動くことになっている。
会議中には映像の幻獣については触れられておらず、終わってからヴィクターに言われたことだ。
「ちなみに、ノエルはこの幻獣を見たことはあるか?」
「……うーん。各地を転々としたけど、僕は見たことがないね。郷の者にも聞きたいくらいだよ」
エルフは他種族との交流を避けるが、幻獣については共存相手として見ている。また、マナが豊富なドラゴンのことは崇拝するエルフもいるほどだ。
郷にはノエルよりも長く生きているエルフもいるため、彼らならばまた話は違ってくるかもしれない。
「次の魔獣討伐戦は二日後。場所はこの幻獣が目撃された所から少し南に寄った場所……王都からは西にある森だ」
今回、騎士団は第五師団第三部隊から二十人と、医療部からは治療師五名。魔導師団からノエル他、魔導師一名、幻獣師はレオとリズとあと数名が参加する予定になっている。まだ幻獣師も参加するメンバーは決まっていないが、経験上ダリルには参加してもらうつもりだ。オズは恐らく今回も留守番を申し出るだろう。
会議で決まったことを上げていけば、まだ映像を見ていたノエルが驚いた声を上げる。
「えっ、魔導師は二人だけ? 全体的な数もいつもより気持ち少なくない?」
「一人で魔導師団の魔導師全員分くらいの実力はあるのに何言ってるんだ」
「実力はあっても体は一つなのに……」
(全員分の実力があることは否定しないんだ……)
さすがは国内一の魔導師と言われるだけはある。
ノエルはわざとらしく嘆いているが、もし、離れた複数の場所で魔導師の力が必要になったとしても、彼ならばどうにかできてしまいそうだ。
「今回の主な目的は幻獣の保護だからな。勿論、魔獣の討伐も必要なんだが、幻獣を見つけた時にある程度は討伐しているから、数は減っているらしい」
「そんなに甘い見積もりで大丈夫かなぁ」
魔獣は討伐されてもまた新しく生まれる。特に、最近の出没具合を鑑みてもその可能性はかなり高い。
嫌なことにならなければいいが、とノエルは溜め息を吐いた。
そんなノエルを他所に、レオは魔石の映像を切ると手早く箱に戻す。リズの体調を考えるとまだ休ませてやりたいが、参加する幻獣師を決めなければいけない上、その彼らに映像を見せる必要がある。また、幻獣の保護の準備もしなければならない。日があまりない以上、早めに戻りたいところだ。
レオはリズに手を差し出しながら訊ねる。
「もう戻ろうかと思うが……立てそうか?」
「はい。お陰様で、かなり楽になりました。ありがとうございます」
リズはアズラに礼を言ってから、レオの手を借りながらソファーから立つ。不快感はすっかり消えたが、立ち上がるとまだ視界は少しだけ揺れた。レオがしっかりと握ってくれたので、ふらついたり倒れたりすることはなかったが。
主の先ほどからの自然な流れに、アズラは微笑ましく思いながら魔石を入れている箱を持って立つ。
「……?」
リズは一人でも歩けるだろうと思い、レオの手に重ねた自身の手を離そうとするも、握られたままの手が解放される様子はない。
不思議に思っていると、特に何も疑問に思っていないらしいレオはそのままリズの手を引いて出入り口へと歩き出した。
ノエルは結界をすぐに解き、三人を見送るために一緒に執務室を出る。いつもなら見送るようなことはしないのだが、二人の様子を見た魔導師の反応が気になった。
案の定、数人の魔導師が二度見していた。
「じゃあ、またリズのことでも何か分かったらすぐ連絡してくれ」
レオは扉を開ける直前、ノエルを振り返ってそう言うと、そのまま拠点を後にする。
戸惑うリズは小さく頭を下げてついて行くしかなく、ニコニコとしているアズラは二人の代わりにと言わんばかりに会釈をしてから去った。
ノエルは扉に寄りかかりながら、これまでは見せなかったレオの変化に首を傾げた。
「何あれ?」




