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10.謎の幻獣とノエルの正体


 騎士団本部の会議室に着いたレオは、まだほとんどの人が来ていないことに気づいた。いるのは窓際に立って何かを話していた騎士団団長と参謀、会議室の隅にある椅子に座っていたアズラだけだ。魔導師団や医療部の人は姿が見えない。

 主の到着に気づいたアズラはすっと立ち上がり、団長達に近寄るレオの後ろについた。


「今回の会議は少人数ですか?」

「いや、先に確認してほしいものがあって、時間を早めに伝えたんだ」


 どうりで、騎士団の団員でさえ一人もいないわけだ、と納得した。それならばその事も言っておいて欲しかったという文句は飲み込んで。

 騎士団の団長は、今年で五十になるガルウィン・マクシミリアン侯爵だ。現国王の剣術の兄弟子でもあり、精悍な顔立ちは幾つもの戦場をくぐり抜けてきた勇将らしさが滲む。

 また、彼の隣にいる騎士団参謀、ヴィクター・シュミット伯爵は、まだ三十代半ばだというのにあらゆる奇策を講じる優秀さで名を馳せている。

 ガルウィンはまだ他に人が来ないことを確認してから、会議室の中央にある大きなテーブルに向かう。そして、ヴィクターに視線を向けた。


「ヴィクター、あれを」

「はい」


 何かは明言していないが、それだけで十分に伝わったようだ。ヴィクターは会議室の壁際にあった棚から、一つの小箱を持ってきた。

 それをテーブルに置くと、中から一つの薄青色の魔石を取り出す。

 球体に整えられた魔石は、転がらないように台座に取り付けられている。その台座には紋様が掘られており、それを見たレオは魔石が何のためのものか気づいた。


「記録用の魔石ですか?」


 置かれた魔石は、魔力を注入した分、周囲の光景を収めることができるものだ。注入できる魔力量は魔石の品質によって変わる。


「そうだ。これを見てほしい」

「念の為、他の者にはまだ口外しないようお願いします」


 ヴィクターの忠告に同意するように頷くと、ガルウィンは魔石に魔力を注ぐ。

 既に何かの映像を収めている魔石がぼんやりと光を放ち始め、その映像が浮かび上がった。

 そこにいたのは見たことのない幻獣の姿だ。顔は小型犬に似て愛らしく、白い体躯は猫のようにしなやかで胸元と長い尾はふさふさとしている。額にはオパールのような宝玉があり、大きな金色の目には恐怖の色が滲む。


「似たようなものならいますが、それとは違うようです。該当する幻獣は浮かびませんね」

「ふむ。所長でも見たことはないか……ああ、いや、すまない。悪く言うつもりはないんだ」

「いえ、大丈夫ですよ」


 無意識ではあったが、嫌味とも捉えられる言い方になってしまったと気づき、すぐに謝罪した。

 彼の人柄の良さを改めて実感しつつ、レオは笑って返す。そして、この場の誰よりも遙かに長い時を生きているアズラにも訊ねた。


「アズラは見たことあるか?」

「残念ながら、私も初めて目にします。ただ、私は竜狩りからドラゴン達を守るため、あまり縄張りの外に出ておりません。もしかすると、ノエル様ならばご存知かもしれませんね」


 縄張り内に侵入したことのある幻獣ならば把握しているが、映像に映る幻獣は見たことがない。

 アズラが話に上げたノエルは、魔導師団の団長になる前、長く各地を渡り歩いていたこともある。その際に目にしているかもしれない。


「彼に確認は?」

「まだです。本当は一緒に確認をしてもらいたかったのですが、重要な研究があるとのことで後日になりました。『幻獣のことなら幻獣師に投げておいて』、とも」

「アイツらしいな」


 容易に想像できる言い方に、思わず乾いた笑みが漏れた。

 重要な研究とは、リズの魔力と機関の結界に使っていた魔石のことだろう。たった今、その研究対象であるリズが魔導師団に行っているところだ。


「ちなみに、これは何処で?」

「二日前、王都の西にある森を巡回中の騎士が魔獣を発見し、何かを追っている様子だったため追跡したそうだ。その際、魔獣に追われていたのがこの幻獣だった。魔獣を討伐した後、周辺を探したが見つからなかったんだ」


 幻獣に詳しくない騎士達でも、王都やその周辺を住処とする幻獣については大方把握している。だが、今回の幻獣は誰も目にしたことがなかった。

 発見し、追跡をした騎士達含めて箝口令を敷いたのは、万が一、希少な種だった場合に密猟者が狙わないようにするためだ。


「我々としては、幻獣が怪我をしていることもあるので、今回の討伐戦で保護ができればと思っています」

「分かりました。その方向で動きましょう。念のため、会議後にノ――魔導師団長に確認を取ります。これはお借りしても?」

「外部の目に触れさえしなければ構わない。あと、参加する幻獣師内で共有しておいてほしい」

「承知しました」


 レオが了承した後、アズラは会議室の扉の向こうから複数の声が近づいてくることに気づいた。

 「他の方々がいらっしゃったようです」と伝えれば、ガルウィンが魔石に再び手を翳して映像を消す。

 魔石を箱に戻し、アズラに渡す。会議中にレオの手元にあれば、他の参加者から指摘される可能性があるからだ。

 アズラが箱を受け取ったのとほぼ同時に、会議室の扉が開いて複数の魔導師や治療師、騎士達が入ってきた。中には、クライドとイザベラの姿もある。

 イザベラはレオを見るとにっこりと笑顔を向けてきたが、さして関わりがある人ではないため、理由が分からずに首を傾げてしまった。言葉を交わしたのも先ほどが初めてだったはずだ。異変を察したアズラが自然を装って間に入り、彼女の視線を遮ってくれたので助かった。


「では、魔獣討伐戦の会議を始めようか」






 魔導師団の拠点は、図書館と研究室が合体したような部屋だった。

 壁際には本がびっしりと詰まった本棚が並び、部屋の中央には天井付近まである巨大な魔石が原石のまま置かれている。まるで、そこに最初から生えていたかのようだ。また、魔石の周辺に配置されている長机には何かの液体を入れた小瓶やフラスコ、様々な種類の薬草が置かれ、参考にしているであろう本や書類の束が雑に積まれいた。

 しかし、今、リズがいるのはその大部屋の奥。魔導師団長が執務室と銘打って使っている個室だ。大部屋同様、壁には背の高い本棚や魔石などを置いた棚がびっしりと並び、その手前にある長机には開いたままの本や積み重なった数冊の本などがある。


「はい。これが、この前の《コア》だよ」

「ありがとうございます」


 ノエルに言われ部屋の一角にあるソファーに座っていたリズの前に、彼が使用する杖から外された《コア》が置かれた。青いその石は、触れずとも分かるほど高い魔力を保有している。

 そっと手に取って見れば、触れた箇所から柔らかい魔力を感じた。


「……やっぱり、割れたとは思えない状態ですね」

「でしょう?」


 以前、ノエルが機関に持ってきた際、リズが触れたことで元に戻った《コア》。それは今も変わらず、傷一つない新品同様の状態を保っている。

 割れた痕跡すら残さないのは、いっそそれが異常とも言えるだろう。

 リズの向かいに座ったノエルも、直った原理は未だ解明できていない。


「特に魔力を使ったつもりもないですし、吸われた感覚もなかったのですが……」

「うん。それは僕も見てたから間違いないよ」

「ちなみに、私の魔力については何か分かりましたか?」


 昨日、リズの魔力を魔石に注いで渡している。まださほど時間が経っていないため、調べ尽くしたとはいえないだろうが、相手は魔導師団の団長だ。新しい発見がないとも限らない。

 ノエルはちらりと長机の方を見た後、リズに視線を戻した。


「リズの魔力は間違いなく光属性なんだけど、やっぱり性質が違うんだ」

「治癒魔法が人に効きにくいということですか?」

「それもある。もちろん、光属性イコール治癒魔法が得意ってわけじゃないよ? レオみたく攻撃型の人もいるし。でも、そんなレオでもある程度の傷は治せる」


 先ほど、レオにも同じことを言われた。光属性の魔力を持っていたとしても、治癒魔法が得意かはその人による。ただ、完全に使えないわけではない。


「なんていうか、リズの魔力は光属性なんだけど、限りなくマナに近い気がする。人への治癒は苦手だけど幻獣にはよく効くのも、このせいかもしれない」

「マナに近い魔力……?」


 自然界に溢れる力の源がマナだ。それを魔力へと変換し、それぞれの属性に沿った魔法を発動する。

 しかし、マナのままでは魔法は使えないはずだが、どういう状態なのかと首を傾げた。

 その点がノエルでも解明できていない。


「王宮内の文献は勿論、ここにある文献のどこにも記述がなくってね。今、さらに古い文献がある故郷に話を通して、それらしき記述があったら送ってもらうように言ってるとこだよ」

「ノエル様の故郷って、隣国のシャルトルーズでしたっけ? 確かに、あそこなら手掛かりがあるかもしれませんね」


 「魔法大国」とも称されるシャルトルーズならば、魔法や魔力についての研究も進んでいる上、かなり古い文献もあるはず。探すのは大変だろうが、未知の魔力についてのことなのであちらでも興味を持たれそうだ。

 だが、ノエルは不思議そうに目を瞬かせた。


「僕の故郷は、シャルトルーズとクローディアの間にある、『ミスティア』っていうエルフの郷だよ」

「……えっ?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「は、初耳です」


 誰から聞いたかは忘れたが、ノエルの出身はシャルトルーズだと思っていた。だからこそ、魔法に精通している上、この国の中で誰よりも強い魔力を持つのだと。

 ノエルは「そっか。改めて聞かれたことなかったから、言うこともなかったね」と納得しながら、何故、他の人がシャルトルーズの出身と言っているかの理由を説明した。


「地図に記されていない秘境の地だし、場所的にはほぼシャルトルーズ内だから、他の人には『シャルトルーズ』って言ってるんだよ。あまり探し回られると僕が怒られちゃうからね」

「エルフの郷、ということは……」

「そう。僕、エルフと人間のハーフなんだ」


 エルフという種族が存在していることはリズも知っている。ただ、彼らは外部との交流を嫌う節があり、滅多に郷から出てくることがないため、リズもまだエルフに会ったことはない。ハーフとはいえ、ノエルにその血が流れているとは思わなかった。

 そこで、先ほど「探し回られると怒られる」と言っていたことを思い出し、リズは知ってはいけないことを聞いたのではと不安になってきた。


「あ、あの、私が知って大丈夫でしたか?」

「うん。陛下とオズとレオとか……あと数人は知ってるから、リズももう知ってると思ってたしね。それに、これから長く関わっていると、変化しないことに違和感を覚えてくるだろうから」


 リズは、ノエルが長くこの国に仕えているとオズから聞いたことがある。また、幼い頃に“ロスト”の侵蝕被害を受けた時に治癒と浄化をしてくれたのもノエルのため、それなりに歳はいっているのだと思ってもいた。老いを感じさせないのは、彼が魔法で外見を誤魔化しているだとか、怪しい実験の成果だと周囲にひっそりと言われていることも。

 それが長命種であるエルフの血の影響だと分かれば合点がいく。オズや国王陛下を年下のように扱っていることも。


「というわけで、どんな文献が来るか分からないからさ、もうちょっと研究に使う魔力とか素材とかが欲しいんだ」

「素材、ですか?」

「うん」


 敢えて魔力と分けて言うからには、魔力以外の何かをリズから得ようとしている。

 嫌な予感がするリズに、ノエルはにっこりと綺麗に微笑んだ。


「血を貰おうかなって」


 そう言ったノエルの手には、いつから持っていたのか、小瓶と小さなナイフが握られていた。




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