25.渦巻く感情の名前は
「リズ、ちょっと待て。どうしたんだよ?」
「…………あ。ごめん、突然……」
執務室から中庭に出ても止まる様子のないリズに、ルシアンは掴まれていた手を掴み返して足を止めさせた。
その力で漸く我に返ったリズは、今いる場所を再認識して視線を落とす。
「まぁ、いいけど……テオ!」
「ワンッ!」
元々、テオのことで相談があると言っていたため、ルシアンは庭の奥の芝でゴロゴロとしていたテオを呼んだ。
すぐに身を起こしたテオは、体中に草をつけたまま駆け寄ってくる。
「うわ、お前どこで遊んでたんだよ?」
「わふっ」
ルシアンの腰ほどの高さの大きさになっているテオは、困り顔の主人に草を払われて満足げに鳴いた。
もしかすると、自分が気づかない内に怪我か何かしているのかと、汚れを払いながら体を確認するが、特に傷などは見受けられない。ブラッシングも先日してもらったばかりのため、毛玉もなかった。
これまでの経験から、あの部屋に居辛くなったのか、と判断したルシアンは、まだ晴れない表情のリズをちらりと一瞥する。
(これ、俺はどこまで聞いていいやつだ?)
「クゥン」
「キュー」
「テオ、そういやステラにまだここのことあまり教えられてないよな? 俺達、ここで暫く話してるから、案内してやれよ」
顔を見合わせて何かを伝え合う二匹を見て、ルシアンは話をしている間、彼らが暇を弄ばないよう提案した。
すると、テオは耳をピンと立て、尻尾を大きく振って「ワンッ!」と元気よく鳴く。どこか案内したい場所があるようだ。
ステラは「行ってもいい?」と許可を求めるようにリズを見る。
「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」
「キュウッ!」
「敷地外には出るなよー」
駆けて行った二匹は、中庭の端に植えられている木々の中に消えて行った。
敷地は結界がある上に塀があるため、外に出る可能性は低い。ただ、テンションの上がったテオが予想外の行動をしないとも限らない。ステラも初めてのことにいろいろと惹かれるだろう。
少しの心配はあるものの、ルシアンはリズの話を聞こう、と意識を切り替え、近くのベンチに誘った。
「俺らも座るか」
「うん」
中庭にはいくつかの箇所にベンチやガゼボが設置されており、休憩時間には幻獣師達が思い思いの場所で休んでいる。
今は大半の者が勤務時間のため、他に姿はない。
青々と茂った葉に覆われた木の下にあるベンチに座り、ルシアンはなるべく重い空気にならないよう訊ねる。
「で? テオがどうかしたか?」
「あ……。えと、実は、テオに何かあったわけじゃなくて……」
あの場から去る理由に使ってしまった後ろめたさから、視線が下がる。
本来なら、ここで相談をするより早く仕事に戻らなければならない。ただ、昨日からずっと引っ掛かっていた思いを持ったまま、仕事に集中できる気もしなかった。
「昨日、なんかあった? 誰かに何か言われたとか?」
「…………」
「ごめん。言いにくいことならいいんだけど」
事情を知らないルシアンにどう説明すればいいのか。それも、まだ確定していないことだ。
無理に聞き出そうとしてこない辺り、彼の優しさが伝わってくる。
ルシアンは気を悪くした様子もなく、「まぁ、リズは治癒魔法使った後だし、ちょっとくらい休んだって怒られないだろ」と言いながら大きく伸びをした。
「その、例え話だから、うまく伝わらなかったらごめん」
「うん」
「ルシアンが、何かすごく役に立つ力を持ったとして、それを欲しいと思った人から婚約を申し込まれたら嬉しい?」
(ちょっと待て。誰から言われたんだ?)
彼女なりに言い換えたのだろうが、状況から察するにリズの力を欲しいと思った人から婚約の申し込みがあったような話だ。その相手が誰かは分からないが。
しかし、レオが伝えたのだとすれば彼の様子も違っているはず。また、ダリル辺りが嗅ぎつけて根掘り葉掘り聞いているだろう。
該当しそうな相手を浮かべていたルシアンは、ふと、リズの質問が考えと違っていたことに気づく。
「婚約を断るか受け入れるかって話じゃなくて、嬉しいかどうか?」
「あ……。そう、ね。その話は特に考えてなかったかも」
「うーん……。まぁ、俺がそんな立派な力を持っているわけじゃないから言えるんだろうけど、力を認めてくれるのは嬉しいと思う」
婚約を申し込んできた相手にもよるけど、と付け足しながら、リズの様子を横目で窺う。
相変わらず視線は少し下に向けられており、ルシアンの回答が助けになったかは分からない。
それでも、意見は伝えたほうがいいだろうと判断し、言葉を続ける。
「でも、力しか見られていないなら、ちょっと寂しいかもな。俺自身のことは見られてないんだって思って」
「!」
そこで漸く、リズの視線がルシアンに向けられた。まるで、掴みきれなかった答えを見つけたかのように。
以前、リズは結婚のことについて、両親の考えもあるが自然と親しくなった人としたいと話していた。つまり、リズの力しか見ていない相手は彼女の理想とは異なる。
勿論、貴族である以上、必ずしも理想の相手と結ばれることはないと理解はしているが、だからこそリズはずっと晴れない気持ちのままだった。
「相手については聞かないでおく。でも、リズもそんな感じ?」
「……うん。あまり嬉しいと思わなくて……むしろ、私じゃなくて、他の誰かがその力を持っていたら、そっちの人を選んでいたんだろうなって思ったら、なんだか辛くなってしまって」
相手が利を優先し、政略結婚が多い王家であればさほど気にはしなかった。むしろ、納得さえしてしまったくらいだ。
レオに婚約を申し込まれたわけではないが、結婚をする相手がドラゴンの治癒をできればそれに越したことはないと言われた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚がしたのだ。
その理由は分からなかったが、ルシアンが言った「寂しい」という気持ちが近い気がした。
「俺はさ、リズがドラゴンも癒やせるような強い魔法を使えなくたって、きっと今の関係は変わらなかったと思う。少なくとも、俺は。……あとルナリア王女もか」
学生時代、リズに救われた者同士だ。その件があるからこそ、ルシアンはリズとの交友が始まり、その中で彼女の能力を抜きにして惹かれている。
内心、ルナリアが同性であって良かったと何度も安堵した。もし、彼女が「王女」ではなく「王子」だったなら、間違いなく婚約まで話が進んでいるだろう。
「リズの正義感があるところとか、幻獣のことになると夢中になって時間を忘れるとことか、他人のことを思いやれるとことか、俺は好きだけどな」
「え?」
「え? ……あ! とととと、友達として!」
つい、想いが口から出てしまったが、あまりにも唐突すぎたせいかリズはきょとんとして目を瞬かせた。
その反応でルシアンも自身が告白をしてしまったと気づき、慌てて補足を入れる。入れた直後に、「いや、誤魔化す必要なくないか?」と脳内でツッコミを入れたが。
「ありがとう。私も、ルシアンが友達で良かった」
(え、複雑)
そこから一歩先へは進めない気がして、今度はルシアンがモヤモヤとしてしまった。
ただ、リズは渦巻いていた感情が何か分かったせいか、幾分か楽になった様子だ。
「解決したかどうか分からないけど、変な回答にはなってない感じ?」
「うん。少なくとも、私だけがそう思うんじゃないって分かったから」
「そっか。なら良かった」
自分の恋路については良くはない気がしたものの、ひとまず、リズが納得できているのならばいいか、と考えるのをやめた。
すると、気持ちが落ち着いて余裕が戻ってきたのか、リズはあることを思い出して声を上げる。
「あ! 私、治癒が終わったら薬の在庫管理に行かなきゃいけないんだった!」
「じゃあ、テオ達が帰ってきたら、ステラを連れてくから行ってきなよ」
「ありがとう! お願いね!」
今度はこの場に居辛くなって抜け出すために言ったのではなく、本当に仕事のためだ。
ステラはまだ戻ってきていないが、もし、リズがいないと分かればテオが宥めつつ連れてくるだろう。
慌ただしく去って行くリズの姿が別館へと消えたのを見て、ルシアンは深い溜め息を吐いてベンチに凭れる。
その直後、背後から新たな声がした。
「残念ね。せっかくのチャンスだったのに」
「あのまま告白ってことにしてしまえば、ワンチャンあったかもしれないのに」
「うわぁっ!?」
まさかいるとは思わず、驚いた反動でベンチから飛び退いてしまった。
ベンチの後ろにある茂みの奥から姿を現したのは、いつからいたのか分からないダリルとリディアだ。
「いいいいい、いつからそこに!?」
「私は二人がベンチに座ったときには既にいたけど」
「えっ」
ガゼボやベンチを使わず、なぜ、茂みにいたのか。
その疑問が顔に出ていたのか、「二人が来るのが見えて隠れたから」ととんでもないことを明かしてくれた。
「アタシはリズが例え話を持ち出した辺りね」
「割と最初から!?」
ダリルはまだ執務室にいたはずだが、やはり足が長いと追いつくのも速い。
二人して盗み聞きをして楽しんでいたようだ。
「けど、ルシアンにしてはうまく言ったんじゃない? 最近、遅れてばっかだったし」
「うっ」
「ホント。舞踏会もあるし、このままレオと上手くいくのかと思ったもの」
ダリルはそう言いながら、先ほどのレオとの話が蘇る。リズが飛び出した理由の一因にレオが絡んでいる気がして、あとでもう少し追及しようと決めた。
一方、ルシアンは舞踏会と聞いて一気に疲労感が押し寄せてくる。
「あー……そうだ。舞踏会……」
「リズは所長がエスコートするんでしたっけ?」
「そうね。でも、だからといってルシアンが遠慮することはないのよ? 親族じゃないから近寄りがたいかもしれないけど、ダンスだって申し込めるし、適当に理由つけて会場から連れ出したっていいし」
「それが出来るのはダリルさんだからではなく……?」
ダンスの申し込みはともかく、会場から連れ出すのはルシアンにとってハードルが高い。しかも、一緒にいるのはあのレオだ。
すると、ダリルは「頑張ったし、ちょっと協力してあげるわ」とにっこりと笑みを浮かべた。
「舞踏会が楽しみねー」
「報告楽しみにしてる」
「ええ……」
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