08.新しい髪飾り
「あら? リズ。そのバレッタ、新しく買ったの?」
翌日、普段どおりに出勤したリズは、既に出勤していたレオやダリル達に挨拶をしてから自席に着き、始業の準備をしていた。
すると、リズの後ろを通ったダリルが、彼女の髪を留めている物が昨日までと違うことに気づいた。クライドに貰ってからずっと使っていたリボンから、紺色のバレッタになっている。
「あ、これですか? 昨日、ルシアンから貰ったんです」
「ルシアンが?」
「!?」
「さすがに、恋人がいる人から貰ったリボンをいつまでも使い続けるのも、相手の方に悪い気がして……」
てっきり、昨日の市で自分で買ったのかと思ったが、まさかルシアンが贈るとは思わなかった。
ルシアンの意外な行動に感心と驚きが混じるダリルに対し、自席で耳をこちらに向けていたレオは愕然として固まっている。
「へぇ。何かあったの?」
「何かあったと言いますか……私は気にしていなかったんですが、ルシアンが幻獣を脱走させてしまったお詫びだって」
(危なかった。「告白されたの?」って言わなくて良かった)
まさかの進展に、我が事でもないのに気分が浮かれるダリルだったが、対するリズはいつもと変わりない調子で返す。
プレゼントの理由を聞いたダリルは、表面上は笑顔を浮かべたまま、内心で胸を撫で下ろした。危うく、ルシアンの想いを勝手に明かすところだった。
レオはレオで、「お詫び」という言葉が届かなかったのか机に突っ伏した。
「仕事にも使いやすい色合いなので、早速着けたんです」
「そうだったの。とっても似合ってるわ。濃い色味も引き締まっていいわね」
「ふふっ。ありがとうございます」
リズの淡いミルクティーベージュの髪は柔らかいが、それを引き締めるようで雰囲気は良い。
唯一、気になるとすれば、刺繍されている勿忘草の花言葉をルシアンが知っているのかという点だ。また、勿忘草の花弁と同じ黄色の石は、角度によってはルシアンの琥珀色の瞳とよく似ている。
タイミング良く、出勤はしていたがテオを機関の庭に出してくるために一旦、執務室から出ていたルシアンが戻ってきた。
「あらいいところに。ルシアン、ちょっと顔貸しなさい」
「えっ? ……えっ!? な、なんですか? 俺、今日はまだ何もしてないですよ!?」
ダリルはルシアンの肩に腕を回すと、そのまま部屋の隅へと連行した。
その様子をリズはきょとんとしながら見ていたが、ダリルがルシアンをからかうことはしばしばあるので、これもその一部だろうと思うことにして仕事に戻る。
ちょうど出勤してきたリディアは、机に突っ伏したままのレオにぎょっとしていた。
「ねぇ、プレゼントしたのはすごいけれど、なんで勿忘草にしたの?」
「あれってどんな花なんですか?」
「……だと思った」
「店主の人が、『こういうのが良いよ』って勧めてくれたんですよ。どういう意味なんですか?」
せめて、花の種類と花言葉くらいは調べておきなさいよ、と軽く注意する。もし、今後似たような状況が起きたとき、彼が苦労しないようにという意味も込めて。
大方、店主はルシアンがリズに片想いをしているのを知り、さりげなくプレゼントに適した物を選んでくれたのだろう。
「勿忘草の花言葉は、有名なものでいくと『私を忘れないで』って意味ね」
「えっ。俺、マズいことしてません?」
失恋したばかりの女性が着けるには少々、意味が悪い。しかも、もう諦めた様子だったのだから余計に。
両手で口元を覆うルシアンは、別の物を贈り直した方がいいかと不安になる。
「最後まで聞きなさい。他にも、『真実の愛』と『誠実な友情』っていう意味もあるの。多分、店主さんはこっちの意味で選んだんでしょうね」
「どっちの意味で取られても問題はないようにってこと?」
気恥ずかしくはあるが、真実の愛として取られれば告白の意味にもなる。しかし、友情として取られれば今の状態から進展はしないが、プレゼントを使われやすくはなる。
良い選び方をしてくれたな、と先ほどとは一転して感心するルシアンだが、ダリルは一つ追加した。
「まぁ、あれはアンタが渡すには、周囲には告白の意味に取られそうではあるけれどね」
「えっ」
「花の中心に付いてる石があるでしょ? あれ、黄色に見えるけど、角度によってはアンタの目の色とよく似てるの」
「は、はぁ……」
「巷では、自分の目の色と同じ色の宝石とかがついた物を恋人に贈るそうよ」
ダリルが告げた瞬間、何とも言えない空気が流れた。
ルシアンは言われた言葉を反芻し、ダリルが言っていることの意味を理解する。
「えっ。……えっ! やばい。どうしよう、俺、そこまで考えてなくて」
「言っておいてなんだけど落ち着いて。多分、リズも『お詫び』って聞いた以上、深くは考えないはずだから。あそこでこの世の終わりみたいに突っ伏してる所長はともかく。ただ、今後、事故が起きないように気をつけておきなさい」
「ううっ。ありがとうございます」
ダリルに言われて、ルシアンはレオの様子に気づく。
レオは依然として机に突っ伏したままで、隣に立つアズラに怪訝な顔をされている。恐らく、告白の意味に捉えた一人だ。やはり、お詫びだと言うリズの言葉は聞こえていなかった。
しかし、彼のフォローに回る余裕は今のルシアンにもない。
また、ダリルもすぐに説明しに行く気はないらしく、ルシアンの肩に回したままの腕に少し力を入れ、声を潜める。
「それはそうと他はどうだったの? 雰囲気とか良い感じになった?」
「幻獣にも効く薬の元になる花をリズが見つけて、テオが焼き串に釣られてサービスしてもらって、一緒に焼き串食べてたら学生の頃から変わってないって言われました」
「ダイジェストをありがとう」
淡々と昨日の流れを述べるルシアンの様子から、想像したような進展はなかったのだと分かる。最も、出勤時のルシアンやリズの様子から何もなかったと察してはいたが。
そこへ、喫煙所から帰ってきたオズが室内の様子を見て首を傾げる。
「なんでレオは突っ伏しているんだ?」
「俺、今日の仕事終わった」
「始まってもないだろ」
何があったのかは知らないが、レオはやる気を大いに削がれている。次いでアズラに目を向ければ、小さく息を吐いて首を左右に振られた。
すると、ルシアンと話していたダリルが先に事実を伝えるべく、ルシアンを解放してやって来た。
「あれ、一応はお詫びみたいよ。進展はなし」
「そうか。ならいいんだ」
やる気がなかったレオは、すっと姿勢を正して椅子に座り直す。 短い言葉達だったが、レオに伝わるには十分だった。
レオの気持ちを知っているオズは、なかなか動かない割に取られそうになると落ち込む様子を見て、何故、決定的なことをしないのかと理解ができずにいた。
「落ち込むほどならお前が先に動けばいいだろ。公爵子息なんだし」
「動いてもいいが、気まずいのはここだぞ?」
「…………」
「アタシに助けを求めないで」
オズからすれば、仕事に影響が出るのなら、さっさと婚約の申し込みでも何でもしてほしいくらいだ。公爵家という家柄からの申し入れを断る家は早々ないだろう。
対するレオは、噂で聞いたリズの両親の婚約への考え方や職場が同じという点から、万が一、リズに嫌々ながら婚約をさせた後の懸念点を上げる。
この面倒な男をどうにかしてくれ、とダリルに視線を投げれば、彼もお手上げ状態だった。
ひとまず、仕事のやる気が戻ったなら話を切り上げて働くか、とオズはレオへ伝言を伝える。
「まぁ、いい。とりあえず、レオは騎士団から次の魔獣討伐戦についてお呼び出しだ。十時から騎士団の会議室でやるんだと」
「それならもう出た方がいいな。朝礼は任せた」
壁に掛けている魔石を動力源とする魔導時計を見れば、今はまだ九時前。しかし、移動時間を考えれば、今から向かった方がゆとりもあってちょうどいい。
始業時にその日のスケジュールの確認などを行う朝礼をオズに任せるとして、レオはアズラと共に騎士団に向かおうと席を立つ。
すると、オズはレオを止め、席にいるリズを呼んだ。
「ああ、ちょっと待て。あと、リズ」
「はい」
「お前もレオと一緒に王宮行ってこい」
「討伐戦の会議ですか?」
以前、ノエルから次の魔獣討伐戦に参加して欲しいと言われている。ただ、会議についてはいつもレオやオズが出ているので、リズが行ってもいいのかと戸惑う。また、口には出せないが、騎士団に行けばクライドに会う可能性もあるため、少し身構えてしまった。
オズはそんなリズの不安を他所に首を左右に振る。
「いや、呼んでいたのはノエルだから、行くのは魔導師団の方でいい」
「ノエル様は会議に参加されないのですか?」
「今回のは出ないつもりらしい。何せ、新しい研究対象が目の前にあるし」
会議では魔獣の種類や対処方法についてや、各組織からどれほどの人数が参加するかなどの調整もあるので、団長か副団長クラスの人が出ている。幻獣保護機関からは所長かその下の部長だ。
ノエルは魔導師団の団長であり、魔獣の討伐にはほぼ毎回魔導師が帯同しているため、必ずと言っていいほど会議には出席している。
ただ、今回のノエルには興味深いものがあるので、同じような話をする会議は副団長に任せ、自身は研究に勤しみたいようだ。
「もしかすると、《コア》のことで分かったことがあるかもしれないし、追加で調べたいことがあるのかもしれんが、それは会ってから本人に聞いてくれ」
「分かりました」
「じゃあ、行くか」




