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14/17

Episode: 14 訳アリ物件と未知との遭遇

登場人物


田所 健一

元ベストセラー作家。代表作はハリウッド映画化もされた。長かったホテル暮らしにもようやく終止符を打ち、次なるミッションはロサンゼルスでのアパート契約。しかし、現地の大家という存在は、彼の常識を軽々と飛び越えていた。

田所 カヨ

田所家の最高戦略司令官。鋭い分析力で地域の怪奇騒動をわずか三分足らずで完全論破し、その結果、家賃を月1200ドルまで最適化してしまう。

田所 トシキ

健一の息子。早朝5時からのパン屋のアルバイトと引っ越しを両立中。カリフォルニアの奇妙な人々にも、徐々に高い適応力を見せ始めている。

レイチェル・ジマーマン

弁護士。不運と寝不足が慢性化している。困っている依頼人を放っておけない性格のせいで、自ら仕事量を増やし続けている。

ハウイー(ハリー)・ウォロフ

三階建てアパートの大家。昼間は几帳面で信頼できる理想的なオーナー。しかし、その完璧な顔の裏では、深夜限定の極秘ルーティンが静かに始動する。

ゲイリー・ギブス

3A号室の住人。かなり神経質でビール好き。強風と泥酔が重なった結果、「幽霊に500ドル盗まれた」と本気で信じ込んでしまった男。


長期滞在ホテルのロビー。健一はフロントで宿泊延長の手続きを済ませていた。

健一

「もう一週間、延長をお願いします。」

フロント係

「かしこまりました。引き続き当ホテルをご利用いただきありがとうございます。」

係員は営業スマイルを浮かべながら、手際よくクレジットカードを処理した。ホテルの部屋へ戻ると、カヨがソファに座っていた。健一が部屋へ入った瞬間、その視線が正確に彼を捉える。

カヨ

「また一週間延長したんですね。」

健一

「……うん。」

カヨ

「いつまでこの生活を続けるつもりですか?」

カヨは呆れたように言った。

「このホテルに毎日どれだけのお金が消えているか、ちゃんと把握していますか?」

健一

「……わかってるよ。」

健一は重いため息をつきながら椅子へ腰掛けた。

「本当に、そろそろちゃんとしたアパートを見つけないとな。」

カヨ

「当然です。」

その日の午後。カヨのスマートフォンが震えた。画面にはエマの名前が表示される。

エマ

「カヨ!元気?」

カヨ

「問題ありません。ご用件は?」

エマ

「前に紹介した弁護士のレイチェル、覚えてる?」

カヨ

「覚えています。」

エマ

「また大変な案件に巻き込まれちゃって……今回はちょっと複雑なの。もし時間があれば、また助けてもらえないかな?」

カヨ

「承知しました。」

カヨは一秒も迷わず答えた。

「介入します。」

エマ

「本当にありがとう!レイチェル、きっとすごく助かる!」


翌日。

カヨは少し年季の入った雑居ビルの三階にあるレイチェルの法律事務所を訪れた。ガラス扉には、Rachel Zimmerman, Attorney at Law

と書かれている。


コンコン。

レイチェル

「……どうぞ。」

疲れ切った声が部屋の奥から聞こえてきた。カヨが中へ入る。室内は以前とまったく変わっていなかった。積み上がった書類の山。机を埋め尽くす事件ファイル。壁際には要塞のように積まれた資料。その中心で、レイチェルはさらに疲れ果てた表情を浮かべて座っていた。目の下のクマは、前に会った時よりも明らかに濃くなっている。

レイチェル

「田所さん……。」

彼女は弱々しく笑った。

「来てくださって、本当にありがとうございます。」

カヨ

「エマから概要は聞いています。」

カヨは近くの椅子に積まれていた書類を静かにどけ、そのまま腰を下ろした。

「顔色が良くありません。状況を説明してください。」

レイチェルはゆっくりと息を整える。

レイチェル

「今回の問題は……二人の依頼人なんです。しかも、その二人の利害が真っ向から対立していて……。」

カヨは黙って続きを促した。

レイチェル

「一人目は、自宅に幽霊が現れて財布から五百ドル盗まれた、と信じている男性です。」

「そして二人目は、その部屋を所有している大家さん。幽霊が出る部屋、という噂のせいで、ずっと空室のままになってしまっているんです。」

カヨは三秒ほど無言で考えた。そして結論を口にする。

カヨ

「両方を引き受ける必要はありません。」

レイチェルは目を丸くした。

レイチェル

「……え?」

カヨ

「幽霊が現金を盗む確率はゼロです。」

カヨは断言した。

「その相談は、お断りして構いません。」

レイチェル

「でも……。」

レイチェルは困ったような表情を浮かべる。

「本人は本気で苦しんでいるんです。」

カヨ

「苦しみは本人の認識の問題です。」

カヨは落ち着いた口調で返した。

「必要なのは客観的事実だけです。」

少し考えてから続ける。

「その空室の住所を教えてください。」

レイチェルは驚いた。

レイチェル

「現地を見に行くんですか?」

カヨ

「はい。」

カヨは頷いた。

「私たち家族もちょうど住居を探しています。」


翌日。カヨ、健一、トシキ、そしてレイチェルの四人は現地へ向かった。建物は昔ながらのレンガ造りだったが、外観は驚くほど丁寧に管理されている。

レイチェル

「こちらです。」

彼女は真鍮のドアノブに鍵を差し込んだ。

カチャッ。ドアが開く。

中には想像以上に広い部屋が広がっていた。床は美しく磨き上げられ、大きな窓からカリフォルニアの陽射しがたっぷり差し込んでいる。

健一

「うわぁ……。」

健一は部屋を見回しながら感心した。

「思ってたよりずっといいじゃないか。」

一方、カヨはすでに点検モードへ移行していた。壁を軽く叩き、床の水平を確認し、キッチン下の配管まで覗き込む。

カヨ

「建物に構造上の問題はありません。」

その時だった。

コンコン。玄関がノックされる。

レイチェルがドアを開けると、五十代半ばほどの男性が立っていた。アイロンの効いたシャツ。細い眼鏡。まるで不動産会社の広告から出てきたような、きちんとした印象だった。

ハウイー

「こんにちは。」

男性は柔らかく微笑んだ。

「このアパートのオーナー、ハウイー・ウォロフです。」

健一

「初めまして。田所健一です。」

カヨ

「田所カヨです。」

トシキ

「トシキです。」

順番に握手を交わす。ハウイーは部屋を見渡しながら、小さくため息をついた。

ハウイー

「正直に申し上げますと、この部屋は長い間空室なんです。」

健一

「やっぱり……あの噂が原因ですか?」

ハウイー

「ええ。」

ハウイーは苦笑した。

「隣の住人が『幽霊に金を盗まれた』と言い続けているせいでして。」

カヨの表情はまったく変わらない。

カヨ

「物理法則上、幽霊は存在しません。」

ハウイー

「その通りです!」

ハウイーはすぐさま力強く頷いた。

「完全な思い込みなんですよ。」

カヨ

「論理的にはそうなります。」

カヨは静かに答えた。

「その方は今どちらに?」

ハウイー

「すぐ隣です。3A号室。」

カヨ

「では紹介してください。」

ハウイーは少し目を瞬かせた。

ハウイー

「……説得するおつもりですか?」

カヨ

「いいえ。」

カヨはさらりと言う。

「誤認識を修正するだけです。」


数分後。ハウイーは隣の3A号室のドアを勢いよくノックした。

ハウイー

「ゲイリー! 開けてくれ!」

ドアが開き、四十代前半くらいの男が姿を現した。室内なのに野球帽。さらにサングラス。そして、いかにも警戒心の強そうな表情。

ゲイリー

「何だよ、ハウイー。」

ハウイー

「こちらの皆さんがお前と少し話をしたいそうだ。」

ゲイリーはサングラスの奥で目を細めた。

ゲイリー

「話? 何の?」

カヨが一歩前へ出る。

カヨ

「幽霊による窃盗事件についてです。」

ゲイリーの表情が固まった。

ゲイリー

「……幽霊のことか?」

カヨ

「あなたは幽霊が五百ドルを盗んだと考えているのですね。」

ゲイリー

「ああ、その通りだ。」

カヨ

「いつの出来事ですか?」

ゲイリー

「先週の火曜の夜。」

カヨ

「現金はどこにありましたか?」

ゲイリー

「財布の中だ。」

カヨ

「財布は?」

ゲイリー

「キッチンテーブルの上。」

カヨ

「その日は窓を開けていましたか?」

ゲイリーは少し考え込む。

ゲイリー

「……暑い夜だったからな。」

カヨ

「つまり、開いていた。」

ゲイリー

「……たぶん。」

カヨは間髪入れず結論を述べた。

カヨ

「では、風で紙幣が飛ばされた可能性が極めて高いですね。」

ゲイリー

「そんなわけあるか!」

ゲイリーは反射的に言い返した。

「そんなことなら気付くはずだ!」

カヨ

「本当にそうでしょうか。」

鋭い視線がゲイリーを射抜く。思わず彼は半歩後ろへ下がった。

ゲイリー

「いや……その……。」

カヨ

「その夜、お酒は飲んでいましたか?」

ゲイリー

「少しだけ。」

カヨ

「“少し”とは具体的に?」

ゲイリー

「ビールを……何本か。」

カヨ

「何本ですか。」

ゲイリー

「……六本くらい。」

カヨ

「六本は”少し”には含まれません。」

カヨは淡々と言った。

「その程度の飲酒であれば、記憶が曖昧になることは十分あり得ます。」

ゲイリーは押し黙った。カヨはそのまま論理を積み上げていく。

カヨ

「考えられる可能性は二つです。」

一本指を立てる。

「一つ。酔ったあなた自身が現金を別の場所へ移し、その記憶が残っていない。」

さらにもう一つ。

「二つ。開け放した窓から風が入り、紙幣が外へ飛ばされた。」

そして真っすぐゲイリーを見る。

カヨ

「幽霊という第三の選択肢は存在しません。」

少し間を置く。

カヨ

「この結論に対して、論理的な反論はありますか?」

ゲイリーは完全に言葉を失った。

カヨ

「ありますか?」

長い沈黙。

やがて彼は力なく首を振った。

ゲイリー

「……ない。」

肩が一気に落ちる。サングラスを外し、頭をかきながらため息をついた。

ゲイリー

「こうやって順番に言われると……。」

苦笑いが漏れる。

「俺、ものすごくバカみたいだな。」

カヨ

「ようやく現実に到達しましたね。」

カヨは静かに言った。

「それと今後は、この弁護士の貴重な時間を『幽霊訴訟』のために使うのはやめてください。」

ゲイリー

「……わかった。」

ゲイリーは素直に頭を下げた。


廊下へ出ると、レイチェルは呆然とカヨを見つめていた。

(田所さんって……本当に人間なんだろうか。)

ハウイーもまた、信じられないというように首を振る。

ハウイー

「本当に驚きました。私は何か月も同じ説明を続けてきたんですよ。」

カヨ

「論理の問題です。」

カヨはコートの襟を軽く整えながら答えた。

「相手の感情ばかりを気遣うと、本来伝えるべき情報が届かなくなります。」

ハウイー

「……素晴らしい。」

ハウイーは深く頷いた。そして何かを思いついたように表情を変える。

ハウイー

「それで、3B号室の家賃なんですが……。」

健一は思わず身構えた。

(ロサンゼルスだし、高いんだろうな……。)

ハウイー

「月千二百ドルではいかがでしょう?」

健一

「……え?」

思考が止まる。

「せ、千二百ドル!?」

ホテル代が脳裏を一瞬で駆け巡る。ハウイーは穏やかに微笑んだ。

ハウイー

「お礼です。皆さんのおかげで、この物件はまた貸せるようになりました。」

健一

「いや、それ、この辺りの相場から考えても安すぎませんか――」

カヨ

「健一。」

カヨが夫の言葉を遮る。

「最終判断を。」

健一は一秒も迷わなかった。

健一

「契約します。」

カヨ

「では、この取引を承認します。」

ハウイーは満面の笑みで健一の手を力強く握った。

ハウイー

「ようこそ、このアパートへ!」


数日後。田所家は無事に引っ越しを終えた。

段ボールはすべて片付けられ、家具も配置され、新しい生活の形がようやく整う。ケンイチは新しいリビングのソファへ深く身を沈め、大きく息を吐いた。

ケンイチ

「やっとホテル生活卒業だ……。」

カヨはきれいに片付いたキッチンに立ち、珍しく穏やかな表情を浮かべる。

カヨ

「ええ。ようやく安定した生活拠点を確保できました。」

寝室のほうからトシキが顔を出す。

トシキ

「広くていい部屋だね。」

部屋を見渡しながら嬉しそうに言う。

ケンイチ

「だろ?これでようやく落ち着ける。」

しばらくして。ケンイチは畳んだ段ボールを抱え、共用廊下のリサイクル置き場へ向かった。

そのとき、隣の3A号室のドアが開く。

ゲイリー

「お、新しい隣人!」

帽子もサングラスも外したゲイリーが声をかけてきた。

ケンイチ

「あ、こんにちは。」

ゲイリー

「ちゃんと謝っておきたくてさ。」

ケンイチ

「謝る?」

ゲイリー

「ほら……幽霊騒ぎ。」

ケンイチは思わず笑う。

ケンイチ

「ああ、あれですか。」

ゲイリー

「今思えば、完全に酒のせいだった。」

後頭部をかきながら苦笑する。

ゲイリー

「奥さんに全部整理して説明されて、一気に目が覚めたよ。」

ケンイチ

「そうでしたか。」

ゲイリー

「いや、本当に。」

ゲイリーは真面目な顔になった。

ゲイリー

「奥さん、頭の回転が怖いくらい速いな。本当に切れる人だ。」

ケンイチは苦笑する。

ケンイチ

「……否定はできません。」

ゲイリー

「まあ、とにかくよろしく。」

右手を差し出す。

ゲイリー

「3Aのゲイリーだ。」

ケンイチ

「3Bの田所ケンイチです。」

二人はしっかり握手を交わした。

ゲイリー

「またな。」


その夜。主寝室。窓の外では、ロサンゼルスの夜景が静かに輝いていた。

ケンイチは枕に頭を預け、天井を見上げる。

ケンイチ

「本当にいい物件が見つかったな。」

カヨ

「ええ。」

隣でカヨも静かにうなずく。

カヨ

「周囲の騒音レベルも非常に低いです。」

ケンイチ

「ハウイさんも、きちんとした大家さんだし。」

カヨ

「その点も問題ありません。」

カヨは読書灯を消した。部屋は心地よい暗闇に包まれ、二人は静かに眠りにつく。


午前2時。

突然だった。天井の向こうから、腹の底まで響くような大声が降ってくる。


ハウイの声

「おおおおおお――宇宙を旅する者たちよぉぉぉぉっ!!!」

ケンイチ

「!?」

目を見開き、飛び起きる。さらに追い打ちをかけるように声が響いた。

ハウイの声

「私はついに、指定された天体観測ポイントへ到達したぁぁぁ!!!」

ケンイチ

「……何だ?」

慌ててベッドを飛び出し、カーテンを開ける。

そして、その場で固まった。屋上だった。

ハウイが夜空へ向かって両腕を大きく広げている。その周囲には、自作らしき奇妙なアンテナ、何本もの配線、アルミホイルが貼り巡らされた謎の装置がずらりと並んでいた。どう見ても手作り。どう見ても怪しい。どう見ても常識の範囲を軽く飛び越えている。

ケンイチは言葉を失った。

ケンイチ

「……。」

カヨも目を覚まし、ゆっくり起き上がる。

カヨ

「騒音の発生源を確認してください。」

ケンイチ

「えっと……。」

窓の外を指差す。

ケンイチ

「ハウイさんが屋上で……何かやってる。」

カヨも窓際まで歩いてきた。その瞬間、再び夜空へ向かって叫び声が響く。


ハウイの声

「量子波スペクトルの急上昇を確認したぁぁぁ!!!」

「姿を現してくれぇぇぇ!!!」

二人はしばらく無言で屋上を眺め続けた。そして、カヨが静かに結論を出す。

カヨ

「宇宙人ですね。」

ケンイチ

「うん……宇宙人だ。」



翌朝。ケンイチが郵便受けで郵便物を取っていると、ハウイと鉢合わせた。

ハウイ

「おはようございます、ケンイチ!」

昨夜とは打って変わって、爽やかで礼儀正しい大家そのものだった。まるで別人である。

ケンイチ

「お、おはようございます。」

「それで……昨夜の件なんですが。」

ハウイ

「ああ!」

ハウイは明るく笑った。

ハウイ

「昨夜は少し騒がしくしてしまいましたか?」

ケンイチ

「少しだけ。」

ハウイ

「それは申し訳ありません!」

まったく悪びれる様子はない。

ケンイチ

「ちなみに、あれは何をしていたんですか?」

ハウイ

「もちろんUFO観測ですよ!」

即答だった。

ケンイチ

「……UFO観測。」

ハウイ

「宇宙には知的生命体が存在する確率のほうが圧倒的に高いですからね!」

ケンイチ

「なるほど。」

ハウイ

「しかも私は特別な体質で、彼らの量子通信波を受信できるんです!」

ケンイチは少し考えた。

ケンイチ

「量子通信波……。」

ハウイ

「素晴らしい科学でしょう!」

ケンイチ

「……そういうことにしておきます。」

ハウイは豪快に笑った。

ハウイ

「少なくとも、幽霊を信じるよりは現実的ですよ!」

「幽霊なんて本気で信じている人は、現実を見失っています!」

ケンイチの思考は一瞬停止した。

ハウイは親しげに肩を叩く。

ハウイ

「でも安心してください!」

ケンイチ

「はい。」

ハウイ

「この活動は週一回だけです!」

ケンイチ

「週一回。」

ハウイ

「毎週金曜日、午前二時限定です!」

ケンイチ

「……わかりました。」

ハウイ

「興味があれば、椅子を持って屋上へどうぞ!」

ケンイチ

「遠慮しておきます。」



部屋へ戻ると、カヨがお茶を淹れていた。

カヨ

「大家さんとの会話はどうでしたか?」

ケンイチ

「本気だった。完全なUFOマニアだったよ。」

カヨ

「そうですか。」

それだけだった。ケンイチは思わず聞き返す。

ケンイチ

「それだけ?何とも思わないの?」

カヨ

「週一回だけなのですよね?」

ケンイチ

「そうだけど。」

カヨ

「なら問題ありません。」

紅茶を一口飲む。

カヨ

「家賃は月1200ドルです。費用対効果は非常に優秀です。」

ケンイチは両手を上げて笑った。

ケンイチ

「数字で言われると、反論できないな。」


その日の夕方。ダイニングではトシキが笑っていた。

トシキ

「うちの大家さん、最高に面白い人だね。」

ケンイチ

「面白いで済ませるのか?」

トシキ

「実際いい人だし。建物の管理もしっかりしてる。」

ケンイチ

「それは間違いない。」

トシキ

「だったら問題なし。」

ケンイチも笑ってうなずく。

ケンイチ

「まあ、そうだな。」


数日後。金曜日、午前二時。

屋上から、あの声が静かな夜空へ響く。

ハウイの声

「宇宙を旅する者たちよぉぉぉ!!!」

ケンイチは慣れた手つきでサイドテーブルから耳栓を取り、何事もないように耳へ入れた。完全に順応していた。隣ではカヨが規則正しい寝息を立てている。廊下の向こうでは、午前五時のパン屋勤務に備えてトシキも熟睡中だ。

新しいアパート。

毎週、宇宙へ向かって交信を試みる大家。

幽霊騒ぎを卒業し、現実へ戻ってきた隣人。

どこか少しだけズレている。

それでも、この場所は不思議なくらいうまく回っていた。

こうして田所家のロサンゼルスでの新しい日常は、また一つ、心地よく奇妙なリズムを刻み始めた。


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