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Episode 12:文学ドッグファイト

このエピソードの登場人物

田所健一

商業的に成功した小説家。全世界興行収入12億ドル超の作品もある。しかし地下文学の生々しい強度に直面すると自己評価が急落し、クラフトビール6杯で人生を振り返る癖がある。

田所カヨ

田所家の絶対的な管理者。戦後カウンターカルチャーの生きる伝説たちを相手にしても、鋭い懐疑心は一切揺るがない。

アラン・ゼンズバーグ

詩の職人。決定版『Heard』を2年かけて磨き上げた。カヨとは運営境界に関する鉄壁の合意を結ぶ。(注:アレン・ギンズバーグではない)

ジェイク・ケンドリック

完全な混沌の純粋主義者。傑作『Under the Road』を3週間で一枚の長い紙に書き上げた。執筆机を構造的な拘束具と見なし、編集を生物学的罪悪と考える。(注:ジャック・ケルアックではない)

地獄谷劫火

妥協を許さない便所詩人。健一の洗練されたハリウッド的物語論を、凍てつく文学の真実で吹き飛ばす。

数日後の夜。Dharma Beans Cafeは薄暗い琥珀色の照明に包まれていた。

健一は狭い丸テーブルを囲み、アラン、ジェイク、劫火と向かい合っていた。4つの大きなグラスに注がれた黒いクラフトビールが、防御壁のように並んでいる。

アラン

「乾杯、諸君!」

グラス同士が重い音を立ててぶつかった。

健一は椅子の背もたれに体重を預け、冷えたスタウトを大きく一口飲んだ。

(……普通に飲むのって何年ぶりだろうな……)健一はアルコールが回ってくるのを感じながら思った。

もちろん、この外出はカヨの事前許可を一切得ていない。

アラン

「で、健一! 君の創作エンジンについて聞かせてくれ! テキストの話をしよう!」

健一

「ああ……うん、いいよ……」健一はグラスを回しながら、少し緊張した様子で言った。「基本的に、生成AIを使って小説の初稿を作ってるんだ……」

アラン

「AI生成! 素晴らしい!」

アランは目を輝かせた。

健一

「それで……その手法で作った物語の一つが、ハリウッドの大作映画化されたんだ……」

アラン

「ハリウッド!?」アランはテーブルを叩いた。「タイトルは何だ!?」

健一

「『Digital Ghost』だよ……」

アラン

「『Digital Ghost』!? 俺、劇場で観たぞ! 素晴らしい心理描写だった!」

健一

「ありがとう……そう言ってもらえると嬉しいよ……」

健一は予想外の称賛に少し頰を赤らめた。

その時、今まで黙っていたジェイクがゆっくり目を細めた。テーブルの温度が一瞬で下がった気がした。

ジェイク

「待てよ。」低く危険な声だった。「その創作の仕組みを詳しく説明しろ。機械とどうやり取りしてる?」

健一

「え?」

ジェイク

「どうやって書くんだ?」

健一

「ああ……まず的確なプロンプトを作って、AIの生の出力を引き出して……そこから編集する。文章を整えて、構造を修正して……」

ジェイク

「編集する?」ジェイクの声が凍てついた。「どの程度だ?」

健一

「全体の文体調整とか、構造の見直しとか、冗長な部分を削ったり、ペースを整えたり……」

沈黙。

ジェイクは3秒間、完全に凍りついた表情で健一を見つめた。そして短く、皮肉っぽく鼻を鳴らした。

ジェイク

「そこだ。」

健一

「……何が?」

ジェイク

「それが君の根本的な失敗だ、健一。」ジェイクは両手をテーブルに叩きつけて身を乗り出した。「編集って何だと本当に思ってるんだ!?」

健一

「えっと……」

ジェイク

「それは、でっかい最高の糞をした後に、何時間も必死に自分の尻を磨くようなもんだ!」

健一

「……」

ジェイク

「匂いを殺してるんだよ! その匂いこそが作品の本質だろ!

生々しい生命の汁を削ぎ落として、ケツをピカピカに磨いて、『上品な社会』向けに綺麗に仕上げてるんだ!

その瞬間、テキストから命が失われる!

紙でケツを拭くのをやめろ!

そのまま川に飛び込め!

痒くてケツが気持ち悪かったら、冷たい流れに飛び込んでケツを洗え!

泥にまみれろ! それが現実だ!」

(こいつ……何を言ってるんだ……)健一の脳は完全に処理不能になっていた。

アランが即座に割って入った。

アラン

「待て、ジェイク! 俺はそんな無茶苦茶な哲学には絶対に反対だ!」

ジェイク

「何だと!?」

アラン

「洗練こそが真の芸術の基盤だ!」アランは胸を張って宣言した。「俺は『Heard』を2年かけて編集した! 構造を何十回も書き直した! その 繊細な献身こそが作品を伝説にしたんだ!」

ジェイク

「間違ってる!」ジェイクが吠え返した。「お前はそれを窒息させたんだ!」

アラン

「初稿は完全に読むに堪えない惨状だった!」

ジェイク

「その惨状こそが唯一本物だったんだ!」ジェイクは立ち上がり、激しく身振りした。「俺は『Under the Road』を3週間で書いた! 一枚の連続した紙に! 編集ゼロ! 修正ゼロ!」

アラン

「結果は信じられないほど密度の高いゴミだった!」

ジェイク

「生きてたんだ!」

アラン

「混沌だった!」

ジェイク

「混沌こそ人間だ!」

アラン

「秩序こそ芸術だ!」

二人の老詩人はテーブルを挟んで睨み合った。健一はその間に小さく縮こまり、異様に小さく感じていた。

健一

「でも……映画は全世界で12億ドル以上稼いだんだけど……」健一は小さく言った。

二人が一斉に振り返った。

アラン&ジェイク

「そんなもんどうでもいい!!」

同時の咆哮が健一に物理的な衝撃を与えた。彼は即座に黙った。アランはビールを大きく飲み、鼻を鳴らした。

アラン

「ハリウッド? 巨大な資本主義のゴミ捨て場だ。」

ジェイクが激しく同意した。

ジェイク

「思考停止した大衆向けの大量生産ゴミだ!」

アラン

「俺たちは40年以上、地下で活動してきた!」

ジェイク

「企業支援ゼロ!」

アラン

「純粋な芸術だ!」

ジェイク

「俺たちはこの文化の生きる歴史だ!」

健一の自己評価は粉々に砕け散った。

(俺の存在そのものが、生きる伝説たちに否定されてる……)

その時、テーブルの端から低く静かな声が響いた。

劫火

「興行収入? 売上数字?」

全員の視線が劫火に集まった。劫火は落ち着いてスタウトを一口飲み、続けた。

劫火

「そんなものはどうでもいい。公衆便所の壁に刻まれた落書きの方が、よっぽど真実に近い。」

健一

「……」

劫火

「君のAI小説が本質的に悪いわけじゃない」劫火は鋭い視線を健一に固定した。「ただ、磨きすぎた。」

健一

「……」

劫火

「存在の尖った部分を削り落としたんだ。」劫火はグラスを静かに置いた。「編集とは、作者の生物的な痕跡を拭い去ることだ。匂いを消す。血を洗い流す。全部を綺麗にする。そしてその瞬間、作品の核心が便所に流される。」

健一は言葉を失った。

劫火

「生の機械出力をそのまま残した方が、よほど面白かったかもしれないな。」劫火はフェドーラのつばに触れた。「だがお前は整理した。均した。綺麗にした。その結果、殺したんだ。」彼は短く乾いた笑いを漏らした。「便所の落書きの方が誠実だ。少なくとも誰も綺麗にしようとはしない。」

劫火は椅子を引いて立ち上がった。

劫火

「俺は帰る。この対話は空虚だ。」

そう言い残し、劫火はカフェを出て夜の闇に消えていった。

健一は完全な沈黙の中で座っていた。

(……便所を掃除するなってのは、衛生的にかなり危険だと思うんだけど……)と内心で反論しつつ、劫火の言葉は彼の創作の核に深く突き刺さっていた。

アランとジェイクはすぐに永遠の論争を再開した。

アラン

「君の純粋主義はただの怠慢だ、ジェイク!」

ジェイク

「そしてお前の職人芸への執着はただの恐怖だ!」

アラン

「何を恐れてるっていうんだ!?」

ジェイク

「本物になることを恐れてるんだよ!」

健一は残りのビールを一気に飲み干し、必死にこの会話から逃れようとした。

健一

「もう何が正しいのかわからなくなってきた……」

ジェイクが重い手を健一の肩に置いた。

ジェイク

「気にすんな、健一! お前は学んでるんだ! 今、戦場にいるんだぞ!」

アランも力強く頷いた。

アラン

「その通りだ。洗練するにしろ生のまま出すにしろ、自分の主権ある声を見つけろ。ただし、ジェイクと俺が手法で一致することはないがな!」

二人は再び激しく睨み合った。健一は重いため息をつき、バーテンダーに追加の注文をした。

30分後。

健一の前に6杯目の空のグラスが並んでいた。

アラン

「健一! 君の飲む速度は完全に高すぎるぞ!」アランは心配そうに眉を寄せた。

健一

「大丈夫だよ……今夜は……文学の魂が俺の中に……」健一は呂律が回らなくなっていた。完全に酔っていた。

ジェイク

「もう十分だ」ジェイクは彼の腕を叩いた。

健一

「いや……もう一杯だけ……」

その瞬間、胃が猛烈な反撃を開始した。

健一

「……うっ。」

顔色が明らかに青ざめた。

健一

「便所に……避難しないと……」

健一はよろよろと立ち上がり、『真実の壁』に向かって廊下をふらふらと歩いていった。


数分後、便器にうずくまりながら、健一は壁に書かれた力強いマーカーの文字を見上げていた。

(……本当に惨めだな、これ……)

その時、ポケットの中でスマホが激しく振動した。

「現在の位置を即時報告してください。」

カヨからだった。健一の指が震えながら返信を打つ。

「Dharma Beans……」

即座に返事が来た。

「現在そちらに向かっています。」

健一は息を止めた。

(……完全に終わった……)

15分後。

カフェの正面ドアが静かに開いた。カヨが入ってきた瞬間、店内の気温が数度下がったように感じられた。

彼女の目は即座にテーブルを捉え、6つの空のグラスを確認し、健一を射抜いた。

カヨ

「なぜ事前許可なしに飲酒プロトコルを実行したのですか?」

声は外科医のメスのように鋭く冷たかった。

健一

「……すまん。」

健一は即座に降伏し、頭を下げた。

カヨはゆっくりと息を吐いた。

カヨ

「今後、無許可の飲酒は厳禁とします。」

健一

「……了解。」

健一がさらに椅子に沈み込む前に、アランが突然立ち上がった。

アラン

「待て、カヨ!」

カヨ

「何ですか、アラン?」

アラン

「責任は完全に俺たちにある!」

ジェイクも隣で立ち上がった。

ジェイク

「その通りだ! 健一の胃は俺たちが飲む重い路地裏酒に慣れてない!」

「このテーブルのベテランとして、奴の限界をちゃんと見張るべきだった!」

カヨは二人の老詩人を落ち着いた、無表情の視線で評価した。

カヨ

「つまり、今後彼のパラメータ管理を責任持って行うということですか?」

アラン

「する!」アランは力強く宣言した。「これより健一は1回のセッションで最大2杯までに制限する!」

ジェイク

「了解! 地下での真の兄弟愛とは互いの身体的健康を守ることだ!」

カヨは数秒間、無言で内部評価を行った。やがて静かに口を開いた。

カヨ

「厳格な条件付きで承認します。」

アラン

「条件を言え。」

カヨ

「1回の最大飲酒量は2杯。」

ジェイク

「了解。」

カヨ

「頻度は週1回に制限。」

アラン

「問題ない。」

カヨ

「さらに、毎回の終了時に領収書を抽出して私に提出してください。」

一瞬の沈黙の後、アランとジェイクは満面の笑みを浮かべた。

アラン

「合意成立だ!」

ジェイク

「作戦名『健一を守る会』、正式発動!」

二人は勢いよくハイタッチを交わした。カヨは無言で深いため息をついた。健一はぼんやりとその光景を見つめ、疲れ果てた微笑みを浮かべた。

(地下文学の生きる伝説たちが……俺の公式保護者になった……)


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