冬晴るる日⑦
心臓を一突き。いつもの暗殺でも出来るのだ、こんな近距離からなら外すことなどない。足元に投げ棄てていたナイフを手に取る。寝かせた状態のクレアを支えている腕とは逆の手で、彼女の心臓の上にナイフを当てる。
手が、これまで経験したことがないほど震えている。初めて人を殺したときでさえ、ここまでにはならなかった。心を落ち着かせるために深呼吸をする。ナイフをこのまま下に下ろす。たったそれだけで「クレアを殺す」それができる。それなのになぜか私の手は動かなかった。震える手は終いには手からナイフを落としてしまった。
その音に気づき、痛みに悶えていたクレアが目を開いた。自分が今何をされそうになったかなんて知らずに、私に向かって微笑んだ。
「ッ大丈夫……。大丈夫だよ、ミリー」
「は、クレア喋るな、傷口が開いてしまうッ」
「大丈夫……回復魔法。まだ簡単なのしか、使えないけど。私は、死なない、よ」
説得力なんてない。死にかけの体で魔力を消費するのは自ら死にに行くようなものだ。魔力を魔石から摂取して魔力切れが治ったとはいえ、通常時と比べればかなり減っている。そんな状態で魔法を使い続ければどうなるか。火を見るより明らかだろう。事実、数回しか使っていないのに、もう顔色が青ざめている。
それでも尚、魔法を使おうとするクレアの手を掴む。出血し、魔力不足。クレアはなぜ私が止めたのかを思考出来るほど意識がハッキリしていない。自分の状態を理解できていないのだ。
「クレア、回復魔法で胸の傷を中心に癒すんだ。魔石を取り続けて、魔力不足にならないように。大きいものは噛み砕いて、強度はそこまでないから」
クレアは生きることを諦めていない。こんな状態になってまで、明日の朝日を見ることを当たり前だと思っている。それなら、やれるだけ、やってみるのも悪くはない。残っていた魔石を全てクレアに渡す。私がカーティス兄さんを引き付け、彼女がこの瓦礫の裏で隠れていればすぐに殺されることはない。
私たちの様子を黙って見ていたフェデリーカとフェリーチャは、私がナイフを手放したことで張り詰めた空気を和らげていた。
「逃げるにはどの道ここを突破するしかない。……カーティス兄さんを殺す」
フェリーナとフェデリーカに向かって話す。ふたりは私の言葉に少しも動揺していなかった。当たり前とでも思っているかのように、それに頷いている。私たち三人がかりで挑んだとして、彼を殺せるほどの致命傷を与えられるかは分からない。正直に言って、私たちが殺される可能性の方が高い。
「カミラお嬢様、貴方様は私たちが負ける可能性が高いと思っているのでしょう」
私の心情を見透かすように、フェデリーカは言う。
「貴方様に助けていただいた、この命を持って、必ずや勝利を捧げます」
「ここで死んでも、フェリーチャと一緒。怖くない」
「……ああ」
死ぬことを怖がってはいない。短剣を握りしめ、ふたりと共に瓦礫の裏から出る。出たすぐ先、少し開けた場所にカーティス兄さんは佇んでいた。
「話は終わりか」
何を考えているのか、相変わらず分からない表情で言う。
「カーティス兄さん。クリスティーナ姉さんとシエラン兄さんは、もう始末が終わったのか?」
「ああ、戦闘が出来た奴らではないからな、すぐに終わった。父上も、最初の爆発で死んでいることだろう」
話をしながら切りかかる隙を伺おうとするも、その隙を見つけられない。カーティス兄さんの話から、先程いると思っていた裏切り者は確定している。順調に進めば、次の当主はカーティス兄さんだったはずだ。それを、こんなことをしでかしてまで他を潰す行為に意味はあるのか。黙り込んだ私を見て何かを察したように彼は口を開いた。
「この国は腐っている。コーディ・クレリデイラの意のままに操られる傀儡だ。そんな状態で当主になったとして、あいつは国王か? 」
こちらを認識しているのか、いないのか。カーティス兄さんは片手に持った剣を眺めてたままこちらに問いかけた。この国が腐っていることなど周辺国にとっては周知の事実。上手く建前を作ったものだ、と思う。そういう工作はクリスティーナ姉さんの特技だったはずだが、カーティス兄さんが苦手としていたわけではなかったらしい。
「ジェニーロスト国は魔石が欲しい。俺はそれには興味がない。故に妖精立ち会いの元、かの国の兵力をもって当主となる策を実行した」
「上手く建前を作っただけだろう。結局のところ、カーティス兄さん、あなたも父上と何ら変わらない。この国の為だと騙り、支配者の座を手に入れることしか頭にない」
「……そうだな。確かに、結局のところ俺も支配者としての地位が欲しいだけだ。俺たちクレリデイラは、他人を踏み付けて上に登る。そういう生き方しか知らない」




