冬晴るる日③
クレアが不思議そうにこちらを覗き込んでくる。普通の山なら人が住んでいるのは何もおかしくない。山の民は世界中に存在しているから。しかし、このジェニラーム山は異質だ。
人が住める環境ではない。冬になればやまない吹雪が吹き荒れているため、生息している生物が少ない。寒さも尋常ではないはずだ。
「しかし、そんな山で暮らしていた一族が突然いなくなるはずはありません。少なくとも、あの環境で生き抜けるだけの知恵と技術があったはず。もう既に人が居なくなっていたとしても、建物は残っているでしょう」
「……もとより選択肢は少ない。同じ危険なら、一か八かにかけてみよう」
目的地は定まった。四日後、ジェニラーム山を登り、このクレリデイラの屋敷から逃げ出す。
幸いなことにこの屋敷は防寒具や冬の保存食は豊富にある。そこから数人分盗るぐらいでは誰にも気づかれないだろう。この話はフェデリーカがフェリーチャとフェリーナにも伝えた。彼女たちは獣人だから、山での寒さにも耐性がある。山を登るのに苦戦はしないはずだ。
そうしてフェリーナは人数分の保存食を、フェリーナは防寒具を、それぞれ倉庫から仕事の合間に盗ってきてもらった。準備したものは私の部屋に隠した。部屋には私の許可なしには誰も入れない。隠し場所には最適だ。
一日、一日、と時間が迫ってくる。それを認識する度、心臓がバクバクと音を立てる。
そして、ついに訪れた三日目。明日が四日目で脱走の決行日だ。明日とは言ってもここを発つのは今日の夜中。日が沈み、再び登る前に山に足を踏み入れる。クレアも緊張はしているものの、誰かに脱走がバレるようなことは起こっていない。他の兄弟たちも干渉してくる様子がなかった。
いつも通りの一日を過ごす。戦場に送られることになるクレアに攻撃魔法を習得させること、それを急いでいるかのように食事を済ませたら訓練室にこもる。それをこれまでの間繰り返していたから、最初はあった監視の目も今ではなくなっていた。
監視は父上に報告されていて、脱走する様子はないと騙せている、はずだ。
「カミラ」
「! ……何か用でも、カーティス兄さん」
じとりとこちらを睨めつけるように目を細める男。油断していたからか、気配を感じ取れなかった。彼から私に話しかけるなんて滅多にないことだ。普段なら起こりえないことが起こる。イレギュラーは今は勘弁だ。
「……いや、なにも」
何か用でもあって話しかけてきたのかと思ったが、カーティス兄さんは口を開こうとして、結局何も言わずに戻って行った。その様子をじっと見つめる。カーティス兄さんの意味不明な行動は昔からだが、その行動に意味がなかったことはない。本当ならもっと深くそれについて考えるべきだが、今はそれどころではないのだ。
いつも通りに過ごす。訓練を終えたら食堂で食事を済ませて、不自然では無い程度にクレアも私も疲れて早く寝る。そうして時間が過ぎるのを待ち、ついに訪れた夜中。空には月が浮かび、人の気配はなかった。
コンコン。窓を叩く音を聞いて、自室のバルコニーの扉を開ける。深くローブを被ったフェリーチャ、フェリーナ、フェデリーカの三人が待機していた。三人を部屋に招き入れると、ちょうど自室の扉が開き入ってきたのはクレアとアシェルだった。
皆準備は整っていた。身を隠すためのローブを深く被り、防寒具も身につけた。腰のポーチには保存食などが詰め込まれている。無駄なものはなく、逃亡にうってつけの格好だった。
「……行くぞ」
「ええ、カミラお嬢様」




