冬晴るる日①
父上の執務室。兄姉の三人、父上、そして私とクレア。執務室の空気は重苦しく、息ができないような錯覚に陥った。それでも絞り出すように声を出す。
「いま、なんと?」
「何度も言わせるな。クレアはカサール国との戦場に向かわせる。カミラ、お前はクレアから外れろ」
言われたことに理解が追いつかず、思わず呆然とする。
こうなったのは少し前の話。執務室に呼ばれた時ひとりで赴こうとした私に、執事は言いずらそうにクレアも共にだと告げた。その時から嫌な予感はしていた。いつもなら父上はクレアを「あれ」と呼び、視界に入れようともしない。クレリデイラの名を与えてはいるが、あくまでも便宜上の話。クレリデイラ家のものとしては認めていないのだ。それなのに突然私とクレアをまとめて呼び出す。呼び出しに応じて向かった執務室には人影が四つ。その時点で私の勘は正しかったと言えるだろう。父上、兄姉が三人。着いて間もなく父上は冷徹に命令を告げた。
「本来なら力が完全に覚醒してから戦場に送るつもりだったが、そうもいかなくなった。クレア、お前をこれから戦場に送る。カミラ、お前は任を外れろ。これまで通り暗殺任務につけ」
目の前が暗くなる。危惧していた事態が既に起こり始めた。父上はクレアを一人で戦場に投入する。それで新たな火種になれば上々。ならなくても多少の戦力になる、そう思っているのだろう。カーティス兄さん、クリスティーナ姉さん、シエラン兄さんがいる場でこれを命令したのもそれを示すため。いらないものは切り捨てると、そういう指示だ。
「か、しこまりました」
無意識に了解の言葉を吐き、クレアの手を引いて部屋を出る。私の服を掴んでいた手は、手を繋いでいる今も震えていた。クレアは自分に対して何を言われたかを理解してしまったのだ。人気のない廊下を駆け足で通り抜ける。階段を登り、誰もいない私の自室でクレアの肩を掴んだ。
「クレア、戦場に行くまで時間がない、準備が整うのに一週間だ。だから、」
「戦場、って。私戦わなきゃ行けないの……?」
「違う、そうじゃない。ああ、いや、このままだとそうなってしまうけど、でも」
「ひ、人を傷つけるなんて! そんなのもう出来ない」
お互いに冷静ではないことがわかってる。それでも警鐘のように鳴り響く心臓に焦りが募る。クレアは戦場に行くことにも、人を魔法で傷つけることを望まれていることも、そのどちらも嫌なのだ。私はそれが分かっていたから、クレアに攻撃魔法を習得する訓練はさせていなかった。クレアの訓練は私に一任されていたからだ。だからクレアは魔法で攻撃ができない。そんな状態で戦場に送り込まれても、それこそ野垂れ死ぬだけだ。
こうなるのにはもう少し時間があると思っていた。少なくとも一ヶ月は。もう迷ってなど居られない。決断するべきは今なのだろう。
「クレア、私を見て」
混乱に呑み込まれて焦点の合わないクレアの目をじっと見つめる。次第にこちらを見つめる目に正気が戻ってきた。それを確認してから問いかける。これは実質選択肢の無い問いだ。
「選択肢がふたつある。ひとつは命令に従い戦場に行く。これは戦争に足を踏み入れることだ。後戻りはできない」
これはクレアも分かっていること。本命はこれではない。深呼吸をおいて口を開く。
「もうひとつは、……私と一緒に逃げよう。クレオ姉さんのように上手くできる確証は無い。もう既に脱走は警戒されているだろうから。それでも、戦場で私たちの仲間入りをしたくないなら、私の手を取って」
どちらにせよ足を踏み外せばそこにあるのは地獄だ。戦場でも、脱走でも。失敗すれば待っているのは「死」という末路だけ。それなら、ほんの少しの希望に命を賭けてみるのも悪い選択肢では無いはずだ。
「……にげる。わたし、ミリーと、カミラと一緒に逃げる。このまま戦場に行くなんていや。人を殺すくらいなら、私が死んだ方がいい」




