枯死向寒①
これほど自分の機嫌が段々と悪くなっていくのを実感するのは初めてだった。父上から、クレリデイラからクレアを守るにはあまりに己の手札が少なすぎる。
クレアが兵器として使われることを回避できなければ、戦場で使い潰されて終わりだ。仮にそれで生き残ったとしても、いずれ始まる当主争いにいの一番に巻き込まれる。どうしようもないこの現状に思わずため息が漏れる。
重い足を無理やり動かしてクレアが待っている訓練所に戻った。私がこの場から離れるまで訓練していた回復魔法は、今日は一段落着いたらしい。訓練所に休憩用に用意された椅子に座り、フェデリーカと楽しげに会話しているクレアの姿が遠目に見えた。
「……あ! ミリー!」
そちらに向かっている私に気づいたのかクレアが手を振っている。椅子から降りてこちらに向かってきているのが見えた。小走りでこちらに来るから転んでしまわないか、と思わず心配になってしまう。
「走ったら危ない、いつも言っているだろう」
「えへへ、ごめんね」
走ったままの勢いで抱きつかれた。初めのうちはこれに慣れなくて、バランスを崩してしまうこともあったが今ではもう慣れたものだ。
いつの間にかクレアと共に待たせていたフェデリーカも近くに待機していた。そのフェデリーカの姿を見て、クレアにもそろそろ使用人を付けてもいい頃だと思い当たる。本来なら七歳には与えられているはずのものだが、彼女にはまだ与えられていない。もう数ヶ月で彼女が来てから一年が経過する。一人前の証として必要だ。
「クレア、君の新しい使用人を見つけよう」
「新しい、使用人? でも、私の事はフェリーチャが手伝ってくれてるよ?」
「身の回りのことはこれまで通り手伝うようにさせるが、クレアのことを護衛できる者も必要だ。これから遠くに出かけることも増えるだろうからね」
と幼子をたしなめるように言葉をかける。専属の使用人はンの家で自分の唯一の味方とない得る特殊な存在。私がカレアを守れないとき、代わりに守ってやれる存在が必要だ。手札はいくらあってもいい。絶対にクレアを裏切らないと断言出来る人物、それを今すぐ見つけるのはあまりに無理難題。だが、幸いにも心当たりがある。
「クレアの師匠にもなる魔法使いはどうだろう」
「魔法使い、でもここにいる魔法使いって人数が少ないんじゃ……」
「大丈夫、私が何とかするさ」
血が繋がっている「家族」なら思う存分利用させてもらおう。家族愛があの男にあるのかは知らないが。
そんな会話をした日の夜中。日はとうに沈み、月明かりのみが辺りを照らしている。後ろにフェリーナとフェデリーカを従え、正式な書簡を持って訪れた地下牢。神妙な顔でこちらを伺う兵士に書簡を渡し、冷たい扉を開けた。
ここを訪れるのは今年で二回目だった。以前と違う点は同行者が居ないこと。外に一応フェリーナとフェデリーカが待機はしているものの、中には入ってこれない規則だ。今回は探している目的の人物の居場所が既にわかっているから、そこに辿り着くまで時間は掛からない。
吐き出す息は白く染まり、凍えるような寒さだ。地下牢の奥に進めば進むほどジェニラーム山に近づく。死の山とも言われるほどの寒さをそこは誇っている。それなりに距離としては離れており、必要最低限の設備は整っているので囚人が寒さで死ぬことは無い。それでも凍え死んでしまうのではと思うほどの寒さだ。
そんなことを考えながら歩を進めると、ようやく目的地に着いた。目的の人物はあの人変わらずそこにいた。
「アシェル・パキフィカ、元クレリデイラ家専属魔法使い。数いる魔法使いの一員ではあったが魔力量が取り柄で他に特に秀でた部分はない、と過去の記録に書かれていた。お前のことだな」
「……」
「ああ、舌がないんだったか」
懲罰房に入れられた囚人の大半は舌を抜かれている。無駄な抵抗をなくし、敵に情報を与える、もしもを封じるためだ。こうして話している時も周囲から囚人の視線を感じる。だが暴言や暴動が起こらないのも、そういった罰が機能しているからだ。
こうして真正面からアシェル・パキフィカのことを見ると確かにクレアに似ている。暗闇の中でも光って見える特徴的な黄色の目は特に。髪色や目は父親譲りで、顔の造形や性格は母親譲りなのだろう。
「あの日、ここを通った時。クレアを見て動揺していたな」
返答はない。
「お前はクレアが産まれる前に牢に捕らえられていた。何故、あの子を見て反応した? 自分の娘だと、あの一瞬で分かったのか?」
「……」
こんな質問をしたところで答えを与える者はいない。ただの好奇心、この話を持ち出された時、どんな反応を示すのか。あの一瞬で本当にクレアが自分の娘だと見抜いたとしたら、その理由を知りたかった。
「まあ、答える舌もないか。……親としての自覚があるなら、子供を守る役目も苦ではないだろう。これからはクレア専属使用人として付け。許可は貰っている」
さすがに驚いたのか、その目を見開いてこちらを凝視してくる。その視線も煩わしくて言い残すことだけ言い残してその場を去った。支度だの礼儀だの、魔力制限の手枷が必要だの。安全を危惧する兵士がしばらく時間が必要だ、と言っていたので使用人として役目を果たすことになるのはまだ先のことだ。




