晩夏の実り⑩
それから一ヶ月ほど。毎日訓練を行ったお陰で体はだいぶ回復してきた。私が対人戦を繰り返している横で彼女は魔法使いから基礎を叩き込まれていた。
「うぅ、こう?」
「まるで出来ていませんな。力を込めるのではなく体に流れる魔力を感じるのです。波を掴めば動きを操るのは簡単ですぞ」
「……何言ってるのか全然わかんないよぉ」
我慢が苦手なように見えて真面目なクレアは弱音吐いても、逃げることなく毎日訓練室に来た。
「余所見は行けません! カミラ様、やはり体が鈍っておられますね」
「わかってる。別に集中していない訳ではないんだから、いいだろう」
「そういうことではございません、カミラ様!」
今日もいつも通りに訓練。すると視界の端に光が集まっているのが見えた。傷口に重ねられたクレアの手に光が集まる。片方の手には木で作られた魔法の杖。黄色の魔石が埋め込まれたそれは彼女によく似合っていた。
目を閉じて深呼吸をしているクレアを見守る。慎重に、怯えながらも魔力を練って簡易回復魔法の呪文を唱えている。次第に光がより淡く光ったかと思えば、空間を照らしていたそれは消えていた。クレアが後ろに倒れかけたので焦りながらも背中を支える。
「で、できた……? 傷口が消えてる、成功したんだ!」
「凄い」
「本当! ふふん!」
得意げに笑うクレアに思わず笑ってしまう。使用人の小さい傷を治す簡易回復魔法でも、まだ魔法を習い始めたばかりの見習い魔法使いにとっては十分な成果だ。少しずつクレアに笑顔が戻ってきた。部屋に籠ることもなくなって、力の使い方を覚えてきた。もう魔力暴走を心配する必要も無いだろう。安堵の息をついていれば、いつかの執事がフェデリーカと共に訓練室に入ってきた。
「カミラお嬢様、旦那様がお呼びです」
「フェデリーカ……分かった。クレア、私は少し席を外す。練習がまだ出来そうだったら続けててくれ」
「うん! 早く帰ってきてね」
フェデリーカを付けておけば一人置いていくのも心配ない。
近くの階段を上る。振り返ると後ろからあの執事が数歩開けて着いてきていた。父上の執務室はいつ来ても空気が重い。用がなければ決して近づきたいとは思わない場所だ。出来るだけ早く用を済ませて帰ろう。
「父上、カミラです」
「来たか、入れ」
重厚な扉を開き、中に足を踏み入れると、父上は上等な皮の椅子に座りながらなにかの書類を眺めていた。チラリとこちらに目線をやると再び書類に目線を戻した。
「報告しろ、あれは少しでも使えるようになったか?」
「簡易回復魔法は習得しましたが、……未だに擦り傷や切り傷といった軽症を治すに留まっています。回復魔法を完全に習得し、瀕死に至るほどの重症を治すには時間が掛かるかと」
「回復魔法等どうでもいい、攻撃魔法はどうした」
憤りを感じさせる声。その言葉に思わず口を閉ざす。クレアには攻撃魔法は習得できないだろう。できてもかなりの時間が掛かるはずだ。どう誤魔化せばいいのかと悩んで黙りを決め込んだところで、それを許してくれる相手でもない。
「……攻撃魔法は、習得に至っていません」
「回復魔法よりも攻撃魔法に重点を置け。あれを兵器として出来るだけ早く使えるようにするんだ。アジェルダ戦地に投入できるように、わかっているな」
「……ですが、父上。クレアには……」
「用はそれだけだ。くだらないことで私に意見するつもりなら、さっさとここから出ていけ」
呼びつけたのは父上の方なのに早々に執務室を追い出された。さっさと帰ろうと足を進めながら考える。アジェルダ戦地、四人が出征して行った目的の地だ。いつもの父上ならば、多少時間がかかってもそれに見合う成果を上げることで文句をつけてくることはなかった。相当焦っているのか、アジェルダ戦地での戦績が思うようにいかないのかもしれない。
それにクレアが魔法を使いこなせるようになれば、それがクレアの生存を助けることになると思っていた。考えが甘かった。父上はクレアが攻撃魔法を使いこなせるようになれば直ぐにでも彼女を戦場に放り込む。そんなこと少し考えればわかっただろうに。浮かれすぎていた。
クレアと同じ「人間でありながら魔法を使える存在」をつくる過程を父上は完璧に理解している。女神の加護を受けた存在なら他種族と交わっても子供は異形で生まれることはない。あとはその力を使いこなせる。その確信さえ与えられれば直ぐにでも実験は行われる。これから生み出される存在など興味はないが、その為にクレアが消費されるとなれば話は別だ。
どうにかクレアを傷つけずに守る方法はないのか。
クレアを守るためなら家族を、クレリデイラを裏切ってもいい、その覚悟はある。たとえ逃げたことで追われることになっても、対処のしようはあるだろう。手段は選ばない、選んではいられない。あの時クレアに選ばせなかった選択。幼なじみと共に逃げ出すという選択肢が、今となっては正しいものだったのではと思えてしまう。
来る時は早く帰りたいと軽かった足取りが、今では引きずってしまうようにどうしようもなく重かった。このまま、今の状態の私のまま、クレアに会うのが嫌で追い出された状態のまま立ち尽くす。窓から差し込むじんわりとした陽光も、視界の端にチラつく蝋燭の火も、自分の感じている世界の全てが憎くて仕方がなかった。
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