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晩夏の実り⑨

「……クリスティーナ姉さんはクレアには興味がなかっただろう」


「それは新参者の子に出来ることなんてないと思っていたからよ。唯一無二の価値があるなら、関係を持たないなんて損だわ」


 先程までの穏やかな雰囲気はどこに行ったのか、冷徹な商人としての顔がさらけ出されていた。こちらの顔の方が私にとっては馴染みがある。優しいクリスティーナ姉さんは少し気味が悪かった。


「あの子が不思議に思ってしまうわ。さあ、もう行きなさい」


 それに返事をする間もなく、クリスティーナ姉さんは踵を返して行った。


「ミリー! 早く帰ろう!」


「……外に出る前はあんなに嫌がっていたのに……まあ良いか」


 部屋に帰る道は静かで心地よかった。人気がなくて誰かに邪魔されることもない。騒がしいところよりも、やはりこの静寂の方が好みだった。


 そう思っていたところにまた招かれざる客だ。白髪を揺らしながら歩いてくる男、氷のような青の瞳はこちらを捉えていた。第五位、いや第六位のシエラン兄さんだった。物見遊山にでも来たのか。


「そんなに睨まなくてもいいだろう? 兄に対しての態度じゃないなあ」


「これまで関わりにすら来なかったシエラン兄さんを警戒するのは、当然だと思うが?」


「そんなに警戒しなくても僕とは競う分野が違う。カーティス兄さんの武力やクリスティーナ姉さんの財力。カリーナ姉さんやセレーナ姉さんのような戦場での陽動や指揮。それは僕の役割じゃない、だろう?」


 お前たちの暗殺も魔法も、僕が敵対視して競う必要はない。両脇に侍らせた女性の肩を撫でながらシエラン兄さんはそう言った。


「僕が敵対すべきはクレオだ。来年の晩餐会では序列を第五位に戻す。クレオに負けたままでは僕の価値が無くなってしまうからね」


 シエラン兄さんとクレオ姉さんは同じ情報を扱うのだ。やり方は違えど同じ土俵で戦っている。自分の役割を肩代わりできる相手がいるのは常に油断ができないのだろう。シエラン兄さんの言い方的に、やはりクレアの話を聞いて物見遊山に来ただけだったか。そう思ったがどうにも彼の視線は私に向いていた。


「……クレア、シエラン兄さんは私に用があるらしい。先に戻っていてくれ」


「え、うん、分かった」


 後ろ髪を引かれながら立ち去るクレアに手を振って見送る。彼女の姿が見えなくなった途端にその場の雰囲気は急変した。


「なんの用だか知らないが、さっさと済ましてくれ」


「せっかちだなぁ。カミラ、お前はもう少し心にゆとりを持った方がいいんじゃないか」


「余計なお世話だ。……それで?」


 意味のない言葉の応酬に付き合う趣味は私にはない。


「ま、さっさと本題に入ろう。……最近クレオの様子が可笑しいんだ。お前なら何か知っているだろ?」


「対価もないのに手を貸すはずもないだろう」


「対価ならもう既に払ってるだろ、僕はお前たちに手を出してこなかったんだ。平穏を提供してきたんだから十分対価なり得る、だろ?」


 上位の兄妹からの無関心はある意味平穏とも言える。それは事実だがそれがこれからも提供されるものとは断定不可能だ。現時点でシエラン兄さんよりも序列の高いクレオ姉さんを敵に回す、そちらの方が命取りだろう。それにシエラン兄さんと私との差はたった一位だけだ。


「クレオ姉さんばかり敵視して周囲が見えなくなってるみたいだな、シエラン兄さん。それでは知らぬ間に足元をすくわれるぞ」


「ふぅん、僕を敵に回すつもりか。妹だから手加減してやってたのに、いつからお前はそんな浅慮になったんだか。……ああ、新しい妹に悪戯してみるのも面白そうだな」


「それは宣戦布告か?」


 クレアに手を出す、と言われては黙っているわけにはいかない。彼女は私が世話をするように命じられたのだ。一時的に私の庇護下にある。それに、先程「私が守る」と約束までしたのだからそれを破るわけには行かない。


 これまで私が目に見えてこのような対抗をしてくることがなかったからか、シエラン兄さんは面食らっているようだった。その目は興味深そうにこちらを見据えている。


「カミラ、お前は情には動かされない人間だと思っていたんだけど、僕の勘違いだったかな?」


「情に動かされてるのはシエラン兄さんの方だろう。乞われれば男でも女でも、自分の庇護下に入れる悪癖は治ってないように見えるが」


 今日隣にいる女は初めて見る顔ぶれだ。どうせまたどこかで拾ってきたんだろう。シエラン兄さんは女好き、男好き、色狂い、色んな蔑称で呼ばれている。色仕掛けやロミオトラップと言われる行動で情報を仕入れているから、実際その蔑称の通りなことが多い。だが、不要な者を切り捨てられない性格であることもそれには起因している。多くの兄弟に言わせればそれは軟弱者だ揶揄されるだろうが。


 少々口に出しすぎたか、文句を言われる前に退散しなければ。直ぐさま立ち去ろうとする私をシエラン兄さんは引き留めようとしていたが、無視してクレアが待つところに急いだ。


 クレアが魔法を使えるという情報と価値は上の序列の兄姉にこんなにも影響を与えた。カーティス兄さんは姿を表さなかったけど、クリスティーナ姉さんとシエラン兄さんを引きつけるだけの魅力がある。


「クレア、魔法の制御ができるように明日からまた訓練しよう。私も失った分を取り戻さなくてはいけないから、一緒に」


「……分かった。でも、人を傷つけるのはやだよ」


「そうだね、わかってる。攻撃魔法じゃなくて回復魔法の類から練習してみよう」


 回復魔法の類なら人を傷つけることはない。回復魔法は攻撃魔法と違い、魔法を磨き医学の知識を身につけていけば、より強力な魔法を扱えるようにもなる。攻撃魔法はセンスが問われるが、回復魔法は正確な知識さえあれば扱うのは可能だ。そう思っての提案は思ったより簡単に受け入れられた。訓練にまともに取り組んでいないと聞いていたから、てっきり反対するかと思ったんだが。いい傾向だ。


 私も一週間寝たきりだった分を訓練で取り戻す必要がある。明日からは訓練室に籠り切りかも知れない。

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