晩夏の実り⑧
言葉に詰まり、何も言えずに黙っている。度胸はあるが、この様子を見るに頭はあまり良くないのかもしれない。どうやって交渉してくるのか、それとも諦めるのか。しばらく俯いていたかと思えば彼女は急に顔を上げた。緊張からか震えている手を掴りしめ、決意に満ちた瞳で私を見つめてきた。
「私たちは三人でこそ力を発揮できます。物理的な暴力で私に匹敵する者は少ない。キツネがずる賢いと言われているのはご存知でしょう、情報戦でその狡知と観察眼を役立てられます。三人だからこそバランスが良い」
獣人は身体能力だけでなく己の系統の動物と同じ特微を有している。コキヒョウであるなら雪や岩場を駆け抜ける跳躍力を、キツネなら高い知能と学習能力といったように。確かに一人だけつれて行ったとしても弱点があってはそこを突かれたら不利になる。
「内からの脅威からあなたを守り、忠誠を誓います。服従の首輪をはめても構いません」
「……契約成立だ。君たちを買おう、三人まとめて」
それから彼女たちは私の元に着くようになった。あの行動は双子に黙って行なったものだったから、あの後起きた二人はかなり困惑していた。それでも彼女の行動に胃を唱えることはなかった。
最初は適当に呼んでいたが、そのうち名前がなくては不便だからと三人に名前を与えた。フェリーチャとフェリーナ、そしてフェデリーカ。
「カミラお嬢様ー! クレアお嬢様のお支度、終わりました!」
昔のことを思い出していると、思ったよりも時間が過ぎていたらしい。いつの間にかクレアの支度が終わっていた。「それでは!」と言って仕事に戻って行ったフェリーチャを見送ってから、クレアと共に歩き出した。
クレアの方から繋いでいた手を、今回は私の方から握る。手を引いて向かった先は中庭。クレアを誰も合わせずに外に連れ出すのには最適の場所だ。
そう思って連れ出した中庭。中庭には誰もいない。それが常だったのに今、中庭の中心部から人の気配がする。クレアを下手に刺激されては困る。引き返すべきか。
「……ミリー、また花冠作りたいな」
久しぶりに外に出てすっかり晴れ晴れとした表情になったクレア。前のように遊びたい気分になったのか私の手を引いて走り出した。
そうして到着した中庭。そこの中心部にある八角形のガゼボ。休憩や眺望をするために設置されており、そこでお茶を楽しんだりするものだが寂しい中庭でそれを行う者はいなかった。それなのにガゼボの中で優雅にお茶会を開いているクリスティーナ姉さんが居る。外で感じ取った気配の正体は彼女だったらしい。
「あら、こんにちは。カミラに、あなたがクレアね?」
「えっと、確かクリスティーナお姉ちゃん……?」
「ふふ、私の事を覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
私たちの行動を予測してここで待っていたのだろう。これまで興味すら示さなかったクリスティーナ姉さんがクレアに話しかけている。クレアが魔法を使えるという情報が伝わったのか。
クリスティーナ姉さんは商人だ。商才だけで第二位の座を維持し続けてきた。ものに価値をつけて判断し、最上のものを仕入れては、要らなくなったものを切り捨てる。正しく理にかなった行動を取り続ける人。だからこれまで、カリーナ姉さんやセレーナ姉さんのように悪戯に話しかけてくることはなかった。クレアは自分の地位を脅かす脅威ではなく、利用する価値もないと考えていたからだろう。しかし、クレアが魔法という価値が付与されているとなれば話は別だ。
彼女を新たな商品にするつもりなのだろう。この子は人を疑うということが苦手だ。人の善性を信じているから。
「帰るよクレア」
「あらあら、もう少しゆっくりして行きなさいな。美味しい茶菓子もあるのよ」
「お菓子……! ミリー、もうちょっとだけだから、ダメ?」
「……」
クリスティーナ姉さんにはできるだけ情報を与えたくない。どんな風に利用されて捨てられるか、わかったものではないからだ。そんなことを考え込んでいる間に二人はガゼボでお茶会を始めてしまった。
「! 甘くて美味しい! ミリーが飲んでた紅茶とは味が全然違う!」
「カミラは年齢に見合わず渋みのあるダージリンが好みだから。この紅茶はキームン、海の向こうの国から輸入された珍しい茶葉なの。花の香りがするでしょう? どうかしら」
年齢に見合わず、なんて余計なお世話だ。こうなってしまっては二人は動かないだろう。仕方なくガゼボの空いている席に腰を下ろした。花の香りがするでしょう? と言われて気になったのか、クレアは紅茶の入ったティーカップを持ち上げて鼻に近づけていた。すぐにパっと表情が明るくなり、嬉しそうながらも不思議そうだ。
「本当に花の香りがする! バラ? でも蜂蜜っぽい甘い匂いもするかも」
「気に入ってくれたなら後で茶葉を贈るわ」
じっと観察するようにクレアを見つめるクリスティーナ姉さんの視線。値踏みするかのようなその視線は、お茶会を始めて三十分が経った頃にはすっかり無くなっていた。他愛も無い話を続けていたお茶会も終わり、茶菓子も食べて、甘い紅茶を堪能して満足したのかクレアは笑顔で屋内に向かって歩き出した。
私もそれに続こうと歩き出す。
「あの子が魔法なんて力を持っていると知っていたなら、教えてくれればよかったのに。一人だけの秘密にするだなんて酷いわ。ねえ、カミラ」




