晩夏の実り④
そして目が覚めたのは次の日の朝。
落ち着いて昨日の内に知ったことを整理してみた。女神の加護、クレア自身もクレアの母親も女神に対する信仰心が厚かったから、混血として生まれたクレアが他の混血とは違い異形になることも幼くして死に至ることもなかった。彼女の父親はあの懲罰房にいた魔法使いだった。
一度理解してしまえば混乱することもない。そういうものだと納得するのだ。そして、理解したからこそ父上の目的が分かってしまった。
人間がほかの種族よりも優れているところはなにか。知恵や知識では長命種たるエルフや妖精族に劣り、力では魔法使いや獣人族に敵わず、美貌は人魚が秀で、技術でドワーフの右に出る者はいない。あらゆる点で劣っていると言える人間が彼らを抑えて現代で生態系の頂点に立っているのは、圧倒的繁殖力と早い成長速度が理由だろう。
人間より秀でていると言える彼ら。けれど、どれほど力を持っていたとしても、人間の数の利には敵わなかったのだ。だから昔の戦争で勝利し、現在の世界の力関係で優位にたっているのは人間だ。
そして今、父上はシリディ国の実質的な支配者として君臨しているのにも関わらず、それに満足できず更なる力を得ようとしている。新たな兵器を作ろうとしているのだ。人間と成長速度が同じで、かつ力に溢れた存在がこれから多く生み出せるとなれば、それは兵器だ。確実に世界を揺るがすことになる。
いや、それはどうでもいい。私がそれを知ったところでできることなどないし、だからどうしたという話だ。ひとまずクレアだ。父上に命令はされたが、これは私の意思でもある。一度会って話しをしなければならない。クレアの性格のことだ、私を傷つけたと気に病んでいる可能性もある。
そう思いながらやって来たクレアの自室。目の前にあるその扉をノックする。あの魔法事故が起こってから訓練以外はずっと自室に塞ぎ込んでいると聞いた。クレリデイラに仕えている魔法使いによって制限魔法がかけられたので、あのときのように大きな暴走を起こすことはないが、今でも小規模の魔力暴走が起きているようだ。
「……クレア、聞こえているなら返事をしてくれないか」
部屋の中に気配はあるが、返事はきこえてこない。
「私は大丈夫だ、魔法で怪我を治してもらったから。怪我の後遺症もないし、痕も残っていない」
中で気配が少し動いたのが分かった。もう一押し。
「私が眠っている間に魔法のことについて何か言われたんだろう? 気にしなくていい、自分が誰かを傷つけるのが嫌ならまずは回復魔法を練習してみるのはどうだ?」
おそらく、私が眠っていた間に魔力操作と称して攻撃魔法を教えようとしていたはずだ。実際、 魔力暴走を抑えるためには魔力を使い切らせるのが最も効率的と言えるだろう。だが、そこでもまた人を傷つけることになった。最終的にはそれがクレアが部屋に籠らせる要因になったのだ。
しばらくしてから、扉がゆっくりと開かれた。人が外を覗けるほんの少しの隙間。暗闇の中からおそるおそるこちらを覗いている黄色の瞳と目線があった。威圧しないように、怖がらせないように優しく声をかける。
「クレア、おはよう。気分はどうだ?」
まじまじとこちらを見つめてくる。頭のてっぺんから足先まで何度も何度も見返している。怪我がないのか確認でもしているのか。意識して笑みを浮かべる。私は大丈夫だと伝えることで少しは安心するかもしれない。
すると突然、隙間から出された手に腕を引っ張られ、部屋の中に連れ込まれた。私が入ったと同時に扉が閉められた。部屋の中は朝だと言うのに暗く、カーテンが締め切られていた。
「ミリー、怪我大丈夫?」
「大丈夫だ、ほらどこにも傷なんてないだろう?」
「……ほんとだ」
同じ日に生まれた同い年だが、私の方が姉で少しだけ体が大きい。人形でも抱きしめるかのように私に抱きついてくるクレア。抱きしめ返せばそれがより一層感じられた。理由は分からないが震えているのが伝わってきた。涙で肩が濡れたが気にはならない。
「外に散歩でも行かないか? ずっと部屋に籠っていたら、体調が悪くなってしまう」
「……外は嫌」
「どうして?」
「……また、誰かのこと傷つけちゃうかも」
一度体を離して顔を見ながら言った。けれど外に出ることすらも怖いらしい。外に出なければ何も始まらない。どうにかしてクレアを外に連れ出さないと。
「でもクレア……」
「こんなの、こんな力、普通の人間が使うものじゃない。魔法は人間には使えないはずなのに……どうして私は使えるの?」
あの時、魔法は人間には使えないと教えたのは私だ。そして、なぜ人間であるにも関わらず彼女は魔法が使えるのか、その答えも私は知っている。教えるべきか、教えないままにしておくか。どうするのが最適解か分からない。思考をグルグル巡らせる。
「け、怪我させちゃったの。力の使い方を教えてくれるって言われて、言う通りにしたら、周りにいた人のこと傷つけちゃった……。ミリー、どうしよう、わたしどうすればいいのかわかんない」
うずくまり泣いているクレア。女神の加護を受け、信仰心が厚い彼女にしてみれば、混血であるという事実は生まれながらにして十戒を破っている禁忌の存在だ。考えても、混血であるからという事実は言うべきじゃない。
ああ、でも。クレアが自分の持つ未知の力に怯えているのに、私はそれが嬉しくてたまらない。思わず口角が上がってしまいそうになる。だって、だって、その力があれば彼女はここで生き残れる。これから序列を上げていけばそう簡単に殺されることも、犠牲にされることもなくなる。
それだけがどうしようもなく嬉しいのだ。今彼女が苦しんでいても、未来でその力は必ず役に立つ。彼女の価値をあげることができる。他の誰も、クレリデイラ家の兄妹で誰も持ち得ない唯一の力が、クレアを守ってくれるのだから!
そう思って彼女に心から寄り添えない時点で、私も結局はクレリデイラ家の一員なのだ。この子とは違う、普通にはなれない。それでもいい。
「何があっても、私が守ってみせる。約束だ。だから、心配しなくていい」
不安そうな表情。少しでも安心させたくて頭を撫でた。




