花を攫う夏風⑥
すすり泣く声がこだましている。なんて情けない。
クレアが鉄格子に頭をぶつけるほど近づく。
「オリバーー! 助けに来たよ、ここから出よう!」
「……シシー? な、なんでここにいるんだ」
「助けに来たの! カミラに協力してもらって。そんな事はいいから、時間が無いの! 早く逃げなきゃ」
兵士から奪ってきた鍵の中から牢屋の鍵を使う。ギィィ、と不気味な音を立てて鉄格子の扉が開かれた。
「感動の再会をしているところ悪いが、グズグズしている時間はない。先に進むぞ。ここなら戻るよりも先に進んだ方が早く戻れる」
地下牢の造りは特殊だ。階段から降りた先の廊下から二つの円によって環状構造をした形になっている。だから先に進む方が早くもとの廊下に戻れる。
その分奥に進むことになるから、そこにいる囚人は罪の重いものがほとんどだ。もしもを考えて安全を取るなら戻った方がいい。けれど、あの二人の兵士が麻酔による眠りから目を覚ます前に、こいつとクレアを連れて地下牢から抜け出す。その為には時間がない今、先に進む以外手はない。
「ここ、すっごく寒いね」
「地下牢の一番奥に近づいてきているから、設備も古いんだろう」
先に進めば進むほど、凍える寒さになってくる。吐いた息が白い。石で作られた建物だから温かさは感じないが、今はより一層寒さを感じる。
ガチャン。鉄が叩きつけられた音がする。通りかかった牢屋の中を見ると一人の男が暴れていた。両手を拘束している鎖同士がぶつかり合い音が鳴っていたようだった。
「ひっ……」
「ッ! な、なんだ?」
「……ここは懲罰房だ。クレリデイラ家に対して罪を犯した奴らが入れられてる。何をしたのか知らない方がいい罪人ばかりだから、気にしなくていい」
睨みつけるように暴れている男を見れば特徴的な黄色の瞳が見えた。暴れて鎖の音を鳴らしている男に呼応して、ほかの囚人たちも暴れだした。体を動かすだけで声を荒あげたりしないのは舌を切られているからだ。
罪人ではあるが総じて能力値が高い。必要な時に戦力として扱うためだったり、交渉の材料として使うためだったりと理由は様々だがここに拘束されている。
身を切るような寒さの牢屋を抜け出し、地上へと繋がる唯一の階梯を登る。唯一の明かりである手燭の蝋が熱で溶け、来た時よりも半分ほどに減っていた。前を歩く私に恐る恐るクレアが声をかけてきた。
「ミリー、あの人はなんの罪を犯したの?」
「……十二年前にあの魔法使いは罪を犯したんだ。クレリデイラに背を向ける行い、とは言っても言ってしまえば罪自体は大したものじゃなかった」
けど、それが当主コーディ・クレリデイラの逆鱗に触れてしまった。
「何がそこまで気に食わなかったのかは分からないけど。仮にも自分の所有物である妾に手を出されたのが気に障ったらしい。私も詳しくは知らない」
そう答えながら、口を開く様子のない同年代の少年を尻目に掛ける。名乗りはしなかったがクレアがオリバーと呼んでいた筈だ。こんなにも分かりやすい気配と敵意を漏れ出しておいて、よく屋敷の内部に侵入出来たものだ。
「確かオリバーと言ったな、助けてやる義理などないのにここまで脱出を手助けしてやったのだから、態度には気をつけた方がいい。生きて帰りたいなら尚更」
「……お前の助けなんかなくたって俺一人でも逃げれた! そもそも捕まったのはお前が邪魔をするからだろ!」
「私もクレリデイラの一員だということを忘れているのか? 今すぐ君を兵士に突き出したっていい。その前に私自身の手で君を殺したっていいんだ。君一人程度、殺すのは難しくないだろう」
私の脅しに怯んだのかオリバーの目は恐怖に染まっていた。クレアが何かを言う様子はない。どうすればいいのか分からないのだろう。オリバーを助けたくても、私が怖くて間に入れない。
心配しなくてもただの脅しだから、殺すことはしない。黙りこくったオリバーから目線を外して階段を上る。近づいてきた入口からはほんの少しの光が入っていた。
周囲に誰もいないことを確認してから、入口に気絶したままの兵士二人から麻酔針を抜き取った。




