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花を攫う夏風⑤

石造りの階段を二人で降りていった。

 カツン、カツンと二人の階段を降りる足音しか聞こえない。静寂の空間だ。暗闇は苦手なのかクレアは空いている私の手をしっかりと握りしめている。視界の悪い中を慎重に降りていったので思ったよりも下に着くのに時間が掛かった。


 右にも左にも牢屋しかない。少し気味の悪い空間だ。人が入っている牢屋もあれば、誰も入っていない牢屋もあった。牢屋に入れられている囚人は大抵血だらけで、鋭い刃物で切られた痕や剥がされた爪、殴られた傷を必要最低限手当された状態で放置されていた。正気を保っている者は見られなかった。生きて情報を喋れる口があればいいということなのだろう。拷問とは中々に残酷だ。


 ふと隣を見れば真っ青を通り越して死人のような血の気を感じない顔色のクレアがいた。しまった、クレアはこういうのに慣れていないのを忘れていた。


「クレア、一旦休もうか?」


「ッううん、大丈夫。時間が無いんだもん、先に進もう」


「……もし無理ならそう言ってくれ。大丈夫私が何とかするから」


 目当てのあいつがどこにいるのかは分からない。しらみ潰しに行くしかないが、入れられた時期も考慮して、あいつがいるのは後半の牢屋だろう。突き当たりを右に進めば比較的新しくここに入れられた囚人のエリアに入った。


 手にもつ手燭の火が揺れる。新しい囚人が入っている場所だからか、他のエリアと比べても綺麗な方だ。それでもどの囚人も項垂れていて目に光がない。


「! 待ってくれ君たち、上から来たのかい?」


「え? えっと……」


 囚人の一人が鉄格子越しに話しかけてきた。気にせず進むも、クレアが立ち止まってしまった。


「聞きたいことがあるんだ、ここの管理者のことなんだけれど」


「クレオお姉ちゃんのこと……?」


 囚人に余計な情報を与えてはならない。脱走に繋がってしまう。


 立ち止まっているクレアに近づいていくと、話しかけてきた囚人の目がこちらを向いた。そしてまるで幽霊でも見たかのように目を見開く。


「? ……まさか! 君はカナリー叔母様の……?」


「さっさと先に進むぞクレア、囚人の言葉に耳を貸す必要はない」


「あ、……うん」


 石造りの地下牢を出来るだけ早く、気づかれないように罪人を連れて抜け出さなければならないのだ。名も知らない捕虜の世迷言に付き合っている暇はない。それでも先程話しかけてきた男のことが気になるのか、何度も後ろを一瞥するクレアに溜息をつく。


「私たちは先を急がないといけないんだ、分かってるだろう」


「でも、さっきの男の人カミラに似てたんだもん」


 その言葉に思わず足を止める。私に似ていた男、私の母を知っているような口ぶり、カサール国特有の黒の眼、最近捕まえた捕虜のこと。


 パズルのように情報を組み立てていけばあの男が何者なのか、ある程度の予想が着いた。おそらく最近捕らえたカサール国の伯爵家嫡男、デューク・アボルビュートだろう。

 私の母を知っている様子だったのもアボルビュート伯爵夫人が私の母の姉だから私の母を肖像画で見たか、その伯爵夫人と似ているかのどちらかだ。


「ミリー? 大丈夫?」


「なんでもない、先に進もう」


 あの男、捕虜として拷問に掛けられている割には随分と身綺麗で正気を保っていたなんて、いやこれは考えるべきじゃない。嫌なことを想像してしまって無理やり思考を終わらせた。それよりも今はさっさと目的を終わらせることに集中しなくては。


 地下牢を歩き回り、予想よりも奥の場所にたどり着いた。ようやく見つけたお目当ての少年は牢屋の端に蹲っていた。

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