花を攫う夏風④
振り返ればクレアが私の服の裾を掴んでいた。私の服の袖を掴むクレアの手は震えていたが、それでもこちらを真っ直ぐな目で見つめている。
「お願い、オリバーをたすけて」
「どうして? クレリデイラに仇なす者を生かしてはおけない」
屋敷内に侵入して直系血族を傷つけた賊として彼奴は罰されるだろう。それがたとえクレアの幼なじみだとしても関係ないことだ。
「無理なことを言ってるのはわかってる。けど、どうにかして助けられないかな」
この発言を誰かに聞かれたら損するのはクレアだ。どこに人が潜んでるかも分からないし、誰かが密告するかもしれない危険があるのにどうしてそこまでして助けようとするのか理解できない。黙っている私に焦ったのかクレアは続ける。
「お願い! オリバーをたすけて!」
今も私のことが怖いくせに、恐怖で震えて逃げ出したいくせに、その幼なじみがそんなに大切なのか? 自分の命までかけて救うために、危険を犯して。嫌いな私に頭を下げてまで、そこまでして本当に助けたい存在なのか?
「はぁ、分かった。分かったからクレア声を抑えて」
「本当に! ……むぐ」
「声を抑えてと言っただろう」
クレアの口を右手で抑える。クレアを連れていこうとするアイツを助けるのは気に食わないがこれはチャンスだろう。今回のことを手助けすることでクレアの私への警戒を解かせる。最大限利用させてもらおう。
「とりあえず、私の部屋に行こう。本も置きに行きたいからね」
自室に歩みを進めると自然な流れでクレアが私の左手を握った。怖がったり喜んだり、避けたり近寄ってきたり、コロコロ変わる。猫みたいだ。
自室の扉を開き本を机の上に置く。クレアに向き直って「本題に入ろう」と口を開いた。
「おそらく君の幼なじみが連れていかれたのは地下牢だ。大抵の場合しばらくそこに拘留された後、クレオ姉さんが尋問を行う」
本当は尋問ではなくて拷問だが。
「じゃあ、その地下牢に行けばオリバーを助けられるの?」
「ああ、地下牢に行くのは難しくない。問題は、どうやって私たちが逃亡を補助したことを家族に知られずにやり遂げるかだ」
私も、クレアも、逃亡補助なんてことが父上に知られたら処罰なんてものでは済まされない。別館行きの前に反逆者として殺されるかもしれない。クレオ姉さんは最近口が堅い囚人の相手で疲れてる。今日の内にあいつが拷問にかけられることはないだろう。地下牢に侵入するとしたら夜中だ。
「クレア、夜更かしは好き?」
「? うん、駄目なことやってるみたいでちょっとドキドキするから好きだよ!」
「じゃあ決まりだね、地下牢に行くのは夜中だ」
空が茜色に染まり、日が沈み、空に星が煌めく時間になり、さらに夜が更けた。二、三時間後には日が昇るだろうという時間になったところで部屋を出た。クレアはうつらうつらとしていて眠そうだ。
三階から一階へ慎重に降りた。この時間帯は扉に鍵が掛けられている。本館と比べ警備が手薄な別館方面だが別館への扉は鍵がかけられている。しかし、別館の警備はそれほど厳重な訳では無い。現に金属製の鍵開けを使ってピッキングし、別館へと侵入できた。
「これからどうするの……?」
「書庫の窓から出る」
できる限りどこから抜け出したのか分からないように、本館から別館へ。別館の書庫から外へと出る。ここから地下牢はすぐ側だ。地下牢は存在を外に知られないように敷地内の端に位置している。別館のすぐ側、しかも書庫から目視できる位置に入口がある。
「こんな時間なのに人がいる、気づかれちゃうわ」
「……少しの間眠っていてもらおうか」
「……それなあに?」
「吹き矢だよ、私でもやり易い小さい版」
麻酔付きの吹き矢を仕込み、入口を警護している兵士に標準を合わせる。
「いッ!」
「ッなんだ!」
細い針が首に刺さって痛みに悶えている兵士。首を抑えながら、やがてフラフラと千鳥足になり倒れ込んだ。麻酔が聞いて眠ったようだ。二時間ほどは目覚めないだろう。心配そうにこちらを見つめるクレアに大丈夫と微笑みかける。
鍵のかかった地下牢への扉を兵士の腰にあった鍵を拝借して開ける。ところどころ明かりはあるものの、下は暗闇で殆ど何も見えない。壁際に置いてあった手燭を手に取る。蝋燭の小さな明かりだが、ないよりマシだ。
「ここから先の地下室はクレオ姉さんの管轄だ、誰かに気づかれたら厄介だから静かに」
「……!」
ばっと両手で口を抑えるクレア。脅しを込めて言っただけだから、そんなに心配しなくてもいいんだけどな。
「……そこまで大きい声を出さなければ大丈夫だ」
さあ、行こう。




