花を攫う夏風③
「侵入者発見! そこを動くな!」
見回りの時刻丁度。訓練された兵士が二人、外壁沿いの此処を見回りに来た。
「くっそ……っ! こっちだシシー!」
「待って、オリバー!」
手を無理やり引っ張られた反動で体制を崩したクレアを気にせず、自分勝手に動き回るクレアの幼なじみ、もとい侵入者。クレアの傍に佇んでいた私の肩を押して距離を取った。私は肩を押された程度で倒れ込んだりはしないが、クレアに対してのその行動。まだ私たちが子供といえど、性差による力の差も気にしないその姿に苛立ちが募る。
「そこを動くなと言ったはずだ!」
「カミラお嬢様とクレアお嬢様に何たる狼藉……!」
騒ぎを聞きつけたらしい他の兵士たちが次々と集まってくる気配がする。もう数分したら兵士たちに囲まれて、為す術なく捕えられることだろう。クレアが傷つかないかが心配だが、あの二人の関係性からしてオリバーという奴が彼女に手を挙げることはない。
着実に追い詰められているのをちらりと盗み見て、屋敷の中に戻った。もう、あれと会うことはないだろう事実が少し心を踊らせた。
このいい気分のままお気に入りの本でも読むのもいいかもしれない。父上は執務室から出てくる気配は無い。今のうちに別館の書庫に行って本を取ってくるのは難しくないだろう。この家で気配を消した私を簡単に見つけられる者は居ない。
本館の一階。その最奥に隠されるようにある豪奢な金の装飾が施された扉を開ければ、視界に広がるのは質素で冷たい牢獄のような場所。足音を立てず、気配を悟らせず、この別館に来たことを誰にも知られないように、別館端に位置する書庫に向かった。
相変わらず書庫には誰も訪れていないのだろう。少しばかり埃っぽい。幼い頃から別館の書庫に忍び込んでは一人きりの時間を気の赴くままに過ごしていた。大抵は本を読んでいたが、実力至上主義のこの家で知識は武器だ。より効率よく標的を仕留めるために、自分の身を守れるように、知識を蓄えることは苦じゃなかった。
書架の奥に押し込まれていた解剖学と薬草学の二冊を手に取る。手で埃を払い、本を抱えて書庫を出た。
無駄に長い廊下を歩き本館へと向かえば、珍しく近くに人の気配を感じた。それと共に暴れて床や壁を蹴りつける音が響いている。足元から視線を外し音がする廊下の先へと視線を向けると、兵士二人に押さえつけられた男がいた。あれは確か六男……いや七男だったかもしれない、名前は覚えていないが。必要がないから別にいいだろう。
「っ! 離せ! 俺はクレリデイラだぞ、お前たちのような卑しい平民とは身分が違うんだよ!」
「連行するぞ、手錠をはめろ」
「はっ! ……完了いたしました!」
金髪なのはカリーナ姉さんやセレーナ姉さんと同じなのに、どうにもあの男の髪はくすみ汚れて見えた。これから人身売買オークションにでも連れていかれるのだろう。別館に長く居座ることになれば辿る道は大抵二つ。
一つはあの男のように資金源として売り払われる。それが奴隷としてのときもあれば好色家相手の時もある。
もう一つはクレリデイラ家内で道具、実験対象として扱われること。最近では父上は人から魔石を作り出すことを目指しているらしい。人の生命力と引替えに作り出した魔石は、燃料や武器、単なる宝石としても高値で売れる。用途は様々だが、役に立つ代物だ。
まだ幼い時に成果をあげられず、別館に居座る分には挽回の仕様がある。だが、成果をあげられずに年齢を重ねていけばいずれ皆ああなるのだ。
少し嫌なものを見た。いい気分が台無しだ。
そう思いながら、やっと着いた本館への扉を潜り階段を登る。自室は三階、父上の執務室は二階、そこさえ切り抜けられれば別館に立ち入ったことを問い詰められる心配はなくなる。
気配を探ると、後ろの廊下から一人が近づいてくるのがわかった。この気配はもしかしてと、階段でこちらに来るのを待っていれば、予想通りクレアだった。
まるでなにかに怯えるように周囲を見渡していた彼女は私を見つけると少しばかり表情を緩めた。駆け寄ってくる彼女に何も言わずに待つ。
「カミラ、どうしよう……オリバーが捕まっちゃったの」
「へえ、そう。それは良かった」
冷たく突き放す。私の言葉にショックを受けたように固まるクレア、だが私は彼女の言葉に共感を示す必要はない。
言いたいことがそれだけならもう用はない。階段を登ろうと一歩踏み出したところで後ろから服を引っ張られた。




