花を攫う夏風②
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人の間を通り抜けてさっさと逃げる。その場に留まってももっといじられるだけだ。自室にでも戻ろうかと外壁の方の通路を通っていれば、大きな窓から外の様子が見れる。
夏の季節だからか陽射しは強くなり、ジリジリと肌を焼いているのがわかる。クリスティーナ姉さんの庭園も花は夏花に植え変わっていることだろう。もしかしたら向日葵が植えられているかもしれない、もしそうだったらクレアを誘って……。
そうだった、喧嘩といっていいのか分からないが、その喧嘩のせいでクレアはきっともう私とは会ってくれないかもしれない。
気分が下がり自然と目線も下へと向けば外壁沿いの通路、花壇がある場所にクレアが立っているのが見えた。私は今二階にいるからクレアは私が見ていることに気づいていないだろう。そうやってしばらく眺めていれば、屋敷を囲う高い塀の向こうから男が侵入してくるのが見えた。
どうやってこの塀を登ったのかは分からないが、たしかにもう少しで屋敷の敷地内に侵入するだろう。その近くにはクレアがいる。侵入者は同年代の男のように見えるが、クレアに危害を加えないとは限らないしクレリデイラに恨みがある者かもしれない。
焦りとともに駆け出し、階段を飛ばし飛ばしで降りていく。一階の近くに外に繋がる扉があるから、そこまで時間が掛からずにクレアのところにたどり着けるはずだ。武器はさっきナイフを二本使ってしまったから、短剣一本だけだ。それだけでも十分だろう、何かあっても逃げられる。
扉を乱暴に開け外壁沿いの通路を目指す。幸いなことにクレアはまだそこにいて怪我をしている様子もなかったが、侵入者と言い争っているようだった。知り合いなのか? 少し緊張しながらも話しかけようとしたとき、侵入者はクレアの腕を掴みどこかに逃げようとしていた。
「待って!」
「なんだよ? 時間が無いんだ、さっさとここから逃げなきゃ」
「お母さんも一緒に逃げないと、置いていけない!」
そうクレアが抗議していたがあまり耳に入ってこなかった。クレアがここから居なくなる。私を、カミラを残してこの屋敷の外に逃げていく。それを意識した瞬間、カミラはこの空間に一人取り残されたように感じた。しかし、クレアがお母さん、と言った途端引き止めるチャンスだと、そう思ってしまった。
クレアは知らないのだ、自分の母親がずっと以前に殺されていることを。私とクレアが初めて会ったあの冬の日にはもう殺されていることを。
普通に考えれば判ることだ。伯爵家に背を向けた裏切り者を捕え、連れ戻すことに価値はなく、生かしておく理由もない。それにそもそもの話だが、出産直後の女性が新生児の子供を抱えて、しかも警備の厳重な伯爵家の屋敷から逃げることができるだろうか。いや、戦闘の才能もないただの普通の女性には到底無理な話だ。
つまり最初から泳がされていたのだ。束の間の幸せを与えておきながらも今になって行方を追い、捕らえて殺した。伯爵家の者ならクレアの母親が殺されたことは周知の事実。見せしめにされたに過ぎない。クレリデイラに逆らえばこうなると、今一度理解させるために。
クレアのことを思うなら伝えるべきだ。もう母親は生きていないと。彼女に幸せになって欲しいなら言うべきだ。ここに残る理由はないと。言わなくてはならない、ああでも、でも。与えられたあの温かさは手放しがたい。
「確かに見捨てられないけど、お前の母さんだってお前の幸せを一番に考えてるはずだろ! 逃げれるチャンスは少ないんだ、シシーだけでも今逃げるべきだ。お前の母さんのことはあとから考えればいい!」
「……無理だよ、私だけ逃げるなんて……そんなことできない」
「もうすぐ見回りの兵士がここを通る。見つかって捕まりたくないなら、すぐに離れた方がいいだろう」
「……カミラ」
私のことはもうミリーと呼んでくれないのか。不安そうな表情のクレアがこちらを見ている。それを無視して言葉を続けた。
「そこのお前、今なら見逃してやる。さっさとクレアの手を離して去ね」
本当ならこんなことは許されない。どんな事情があれど、侵入者は即刻捕まえ巣がどこかを拷問で吐かせる。でも、いまクレアの目の前で短剣を取りだして、こいつを傷付けでもしたらクレアはきっともう私を見てはくれない。
「誰だよお前、近づくな!」
「誰だは私の台詞だと思うが? 君こそ何者だ」
「まって! カミラ、オリバーは私の幼なじみなの」
傷つけないで、そう言外に伝えてくる。なるほど、幼なじみか。それはつまり、わざわざクレアの故郷のジェニーロスト国から数ヶ月掛けて遥々、このシリディ国ジェルト地方まで旅してきたということ。わざわざそこまでの手間と時間を費やしてクレアを連れ戻しにでも来たのか。無駄足だな。
「そいつが君の幼なじみであることは関係がない。私は何が目的でこのクレリデイラ家に侵入してきたのかを聞いている」
「決まってる! シシーを連れ戻すためだ! こんなところに怖がりのシシーを無理矢理連れてったのは、クレリデイラって奴らだって街の大人たちがみんな言ってた」
たったそれだけの情報で確証もないのにやってきたのか。勇敢と言うべきか無謀な世間知らずと言うべきか。どちらにせよ、結果は同じだ。時間稼ぎに煽ってみたのが幸をそうした。数分ほど前から感じ取っていた二つの気配、それらがこちらに近づいてきているのを確認する。
「君はその勇気を活かす場を間違えたな、次はもっと賢くやるといい。次があるかは知らないが」




