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嵐の吹き荒れる梅雨④

 魔法使いの意識が完全に伯爵夫人に移った瞬間、魔法陣の魔力の波が弱まったタイミングで手を何とか動かし短剣を足に突き刺す。

 深く刺さった短剣から血が滴り魔法陣に垂れると、異物である私の魔力を退けようと魔法陣が私の拘束を解除した。異変に気づいた魔法使いが驚いたように目を見開いて新しく呪文を唱えようとするのを喉笛を掻っ切って阻止する。


 溢れ出た血が床を汚し、魔法使いの体は力なく倒れた。まずは一人目。


「エリヤ、エリヤ! ああ、嘘、嘘でしょう!」


 魔法使いの元にフィリア伯爵夫人が駆け寄るが無駄だ、即死するように急所を仕留めたのだから。私は振り返り、後ろの騎士二人に向かって走り出す。二つ目の標的である甲冑を着た騎士二人は呆然と立ち尽くしていたが、状況を理解したらしく私に向かって剣を振り上げていた。だが、あまりにも遅い。


 頭上に振り下ろされた剣を後ろに避け、もう一度剣を構えようとしている騎士に急接近。鎧の首部分の継ぎ目に向かって短剣を突き刺した。かなり深く入ったのか探検は引き抜けそうになかったのでポーチからナイフを取り出す。


「何をしているの! さっさとそいつを殺しなさい!」


「は、はっ!」


 仲間が殺されたことに恐怖を感じたのだろう動きが硬くなった騎士に怒号が飛んでくる。


 行動パターンを変えずに剣を振り下ろそうとする騎士。その剣の下にあえて潜り、したからナイフを首の継ぎ目に向かって投げれば剣を振り下ろす前の格好で止まり、やがて緩やかに倒れていった。


「うそ、うそよ、エリヤ……」


 うわ言のようにエリヤ、エリヤと名前を呼び続けるフィリア伯爵夫人はもう正気のようには見えなかった。美しいドレスは血に汚れてみる影もなく、エリヤと呼んでいる魔法使いの喉を掻っ切ったときに飛んできたのだろう血飛沫が顔についていた。


「そこまで泣き叫ぶのなら伯爵家に居座ろうとせずに駆け落ちでもしてしまえばよかったのでは? わざわざリレーン伯爵を陥れる必要もなかっただろう」


 リレーン伯爵が病に臥せっているというのも魔法使いが関係していたのだろう。説明などなくとも先程の二人の様子を見ていればフィリア伯爵夫人と魔法使いエリヤが恋仲のような関係であることは明白だった。


「エリヤ、エリヤ……」


「……聞こえていないか」


 恋だの愛だのくだらない。そんなものに価値はない。ポーチに残っていた最後のナイフで魔法使いと同じように首を掻っ切って殺そう、とフィリア伯爵夫人の首にナイフを添える。


「……愛する人と共に生きられることが許される世界ならどれほど良かったか。そのためなら、夫に毒を飲ませて弱らせることも厭わなかった。でも愛する人がもう居ないなら生きている意味はないわ」


 その言葉を聞きたくなくて、すぐに首を掻っ切った。まるで何かを祈るかのように、死ぬというのに何故か満足そうな顔で目を閉じた彼女のことはよく分からなかった。


 闇夜に紛れて伯爵家を後にする。来た道と同じルートで戻れば誰にも見つかることなく抜け出せた。帰路に着きながら思う。あれはきっと私には理解できないものだ。理解してはいけないものだ。無性に早く家に帰りたくて寝ずに進み続ける。クレリデイラの屋敷には私の安心できる場所はないのに、今はどうしてかその冷たさが私には必要だった。


 帰りは急いだからか行きよりも早く三日て帰ってくることができた。道中のことはあまり記憶にない。正門をくぐり抜け真っ直ぐ自室に向かう、既に空は真っ暗で強風が吹いていた。階段をのぼりあとは歩くだけというところで人影が見えた。


 暗くなりあまりよく見えないが、あの明るい茶髪はクレアだろう。


「……クレア、もう夜も遅いから早く寝た方がいいだろう。私も今帰ってきたばかりで疲れているからもう寝るんだが……クレア?」


 いつもなら任務から帰ってきた私を笑って迎え入れてくれるクレアがどこか怯えた様子でこちらを見ている。手はスカートをぎゅっと力強く掴み背は丸まっている。強風が窓を打ち付けた音が響く。


「カミラ」


 声もどこか震えていた。


「任務で、何してきたの?」


「急にどうした? いつもはそんな事気にしないだろう」


「いいから答えて! 何してきたの? ひ、ひとを……」


 クレアのこちらを真っ直ぐ見つめていた目が私から逸らされた。

 聞き取るのも難しいほど酷く小さな声でそうであって欲しくないと願うように、祈るようにクレアは私に問いかけた。


「……ひとをころしてきたの?」

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