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番外編5 侍女、大いに語る

 え?私とティアファナ様の出会い?……そりゃあ勿論いいけど。


前に話したかもしれないけど、私の家は元々そこそこの良家だったのよ、お爺様のお爺様が学者でね。


だって言うのに代を重ねる毎に家は失墜、私が五歳の時に倹約家だった母が亡くなって、父が後妻を迎えてからは坂道を転げ落ちるようなもんだったわ。


とにかく意地の悪い女でね、ぽこぽこ兄弟を産むだけ産んで、なんのかんのと理由をつけて結局離縁したの。


それも連れて行く弟達を口実に金をふんだくって自分は雲隠れ、行き場を失くした弟達は家に出戻りって訳。


あー今思い出しても腹の立つ!一発と言わず百発は殴っておきゃよかったわよ!


父?家でしょんぼりしてんじゃないの?二度と勝手に再婚はしませんて誓約書書かせて以来その手の事は音沙汰もないし。


幸か不幸か頭の回転のよさだけはあの女に似たから、弟達は貴方も見た通り今じゃ全員成功してるわ。


 そうそう、それでね、私もまだ右も左もわからない内から働きに出る事になったの。


落ちぶれてても中の下くらいの家庭ではあったし、読み書きも倣っていたから。


それでお爺様くらいの代の知人からティアファナ様のお話し相手にって紹介を受けたのよ。


 でもね、正直とんでもないって最初は思ってた。


クリフォード家って名前は当時子供だって知ってたわ、「古き良き」なんて皮肉を言ったつもりの輩も存在するけど。


そりゃあブレント様が駆け落ち同然の事をなさったのは事実でも、後はもう飛ぶ鳥を落とす勢いかって業績をすでに上げてた訳だし。


私の周囲にはやっぱりうちと似たような家が多くてね、使用人として働いていた人達の噂話が聞こえて来るのよ。


名家のお嬢様が聞いて呆れる、一体どこの姫君のつもりなんだーとかさ。


そういうのを耳にしてたから、例え小さなお嬢様相手でも嫌だなって思ったのよ単純に。


でも折角私の歳に不相応なくらいのお給料のいいところを拒否する事は、まだ子供だった私も出来なかった。


父が頼りにならなかったしね。


 お屋敷に行く当日、迎えに寄越してくれた馬車に揺られながら、売られる子牛の気持ちってこんなかしらと思ったものよ。


着いた先のお屋敷がどんなに素敵でも気を抜くもんかって、……なんだか見えない敵と戦ってたわね。


でもわざわざ出迎えてくれたの、ブレント様が。


信じられる?クリフォード家のご当主だったブレント様が、娘をよろしくって私に頭を下げて下さったの!


ビックリしたなんてもんじゃなかったわ、噂を聞いてると高名な貴族の男は特に高慢ちきが多かったんだもの。


失礼だけど、今思えば変わり者なんて言われていた訳はわかるわね。


彼が旦那様ならお嬢様がどんなに威張り屋でも、なんとなく大丈夫な気がしたわ。


え?……だってブレント様が実際どんなにいい方でも、親ばかでその影響が子供に出てないとは限らないじゃない。


事実うちの弟達はあのクソ女に似ずにいい子だし。


誰が元継母なんて呼ぶもんですか、継母であった事すらないのに。


 それで一人で勝手に気を張りながら、案内されるままにお嬢様の部屋へ行ったんだっけ。


またビックリしたなんてもんじゃなかったわよ、度肝どころか腰まで抜けそうになったんだから!


だって髪から肌から瞳から、もう何から何まで美し――ううん、とても言葉になんか表せないわ。


私より随分お小さかったけど、挨拶は大人顔負けでね、自分の方が恥しくなったくらい。


それでね!「貴女がティアのお姉様ね!」ってにっこーっと笑って下さったの!


あああああああああもうあの時の笑顔を肖像画にしておきたかったくらい!って隣にいたブレント様も言ってたけど。


もうよくあの時直視出来たと思うわ、眩しさに目が潰れるかと思ったもの。


これが同じ人間なんて信じられなかった、私が見たお人形なんて比べものにもならなかったし、今でも私はティアファナ様よりお美しい方を知らないわ。


はあ?私なんか月と亀どころか月とダンゴムシよ!そもそも比べるにも値しないわ、何言ってるの、医者に目を診てもらう?


 ああでも私ってば、例のクソ女の所為で捻くれ切ってた時期でね。


どうせ父親がいなくなったら無茶な命令とかして私を困らすんだろうって考えちゃってたの。


でも勿論そんな事はあるはずもなかったわ。


突然「お姉様」呼ばわりされてビックリしてる私に、ティアファナ様ったらしょぼんてしたの、それはもうしょぼーんって!ああああああああああもうあの可愛さによく卒倒しなかったもんだと自分を褒めたいわよ!


どうやら話し相手として来た私の事を「姉のような存在」とでも言われていたのね、ブレント様に向かって「お父様嘘をついたの?」ってしょぼーんてするとこもまた!可愛くて!


え?ああ、勿論慌てふためきながら「誤解だよティア」ってあの時二百回くらい言ったんじゃないかしらね、ブレント様。


やっとお話し相手として来たってわかってもらえて、でもにこにこしながら仰ったの、「心の中でお姉様って呼ぶのはいい?」って!……!……!!


あ、ごめんなさい、クッキーが粉々だわ。


 まあそんな事よりもティアファナ様なのよ。


家じゃ弟達がもうごった煮状態で、そんな風に呼ばれた事も慕われた事もその時はなかったもんだから、すっかりもう舞い上がっちゃったのよね。


でも知れば知るほどティアファナ様って当時から凄かったわ。


私がティアファナ様付きの侍女に召し仕えられたのも、あの方のお取り計らいなのよ。


本当にお嬢様のお話し相手としてだけで終わっていたのなら、侍女になれるほどの教養も身につけられなかった。


お笑いになって誤魔化してしまわれるんだけどね、多分私がきちんとした挨拶も出来なかったのが恥しかった事を憶えていてくれたんだと思うの。


ティアファナ様は私と一緒じゃなきゃ嫌だって駄々をこねるようにして、ご自分の教育を私にも施して下さったわ。


そうそう、勿論ティアファナ様にあのしょぼーんて顔をされて、否と言える人なんか執事でさえあの家にはいないわよ。


 それだけじゃなく、弟達の事も気に掛けて下さって、才能ある子達はいい勉強場や働き口も見つけて下さった。


……本当に、感謝してもし足りない。


世間じゃティアファナ様のご容姿だけで女神だなんだと言っているようだけど、私に言わせればそんなものはちゃんちゃら可笑しいのよ。


どんな事にも素直に真摯に取り組む、あのお心にこそその形容が相応しいんだから。


 ………………ああ、ケニス様ね。


もしティアファナ様が少しでも否と仰っていたのなら、私が抱えてどこかに逃げてたわ。


貴方も知ってるでしょう、ケニス様の当時の悪評の数々!


はあ?仕事が出来る事がティアファナ様を幸せにする事じゃあないのよ!これだから男って……。


とにかく、私は反対も反対、大っ反対、だったわよ勿論。


クリフォード家の使用人で賛成していた人なんかいなかったわ、ティアファナ様のお兄様のディーン様も含めてね。


でも肝心のお嬢様に是と言われたらどうしようもないじゃない、私に出来るのは精々ケニス様のお名前を書いた人形を馬糞の山に埋める事くらいだったわ。


 それに当初の予感はご結婚後に的中した、最悪も最悪にね。


何度ブレント様にお知らせに行こうと思ったか知れないわよ、もしくはディーン様。


でも私が行動に移そうとする度に、またしょぼーんてされちゃう訳。


悔しいけど結局認めざるを得なかった、何者でもなくあのティアファナ様が恋をしたお相手だったから。


まああと数ヶ月でもティアファナ様が不遇の状態を続けさせられるようだったのならやっぱり私が抱えて逃げてたけどね。


ええ、そう、やっぱりティアファナ様のお目は確かだという事なのかしらね。


……他に幾らでもいい人がいたと思うけど。


 これも未だに教えては下さらないのよね、どうしてケニス様がああも豹変したのか。


大奥様もそうだわ、お二人のご結婚当初は朝鳥が鳴いてもティアファナ様の所為にしていたくせに。


私の言葉が信じられないって言うの?


お二人とも他所ではそれらしく振舞われていただけよ、ああ今思い出してもイライラするわ。


確かに、改心されてからのケニス様はティアファナ様を大切に扱われてはいらっしゃるけど。


でもとにかくティアファナ様を傷つけるような事があれば、例えケニス様だろうと国王陛下だろうと、私は絶対許さないって事な――むごご!……ちょっと、いきなり口を塞がないでよ!どうせ誰も聞いてやしないわよ!小心者なんだから。


あんなに素晴らしい方にあんなお顔を一度でもさせただけでも許し難いくらいなのよ、万死に値するのよ。


 実は辞めようと思った事がなかった訳じゃないの。


給金の殆どは家に送って弟達の為に使っていたから、私、自分の欲しい物一つ買えなくて。


それなのに当時幼かった弟達はそんな恩なんかも忘れて大きくなって家を出てったまま帰って来もしなくなったらどうしようって、そんな事ばっかり考えた時期があってね。


お屋敷の仕事は大変だったけど楽しかった、でも段々と同じ年頃の女の子達が町では不自由なく暮らしているのを見て羨ましくなっちゃったのよ。


 でもね、そんな時まだお小さかったティアファナ様が決まってやるのよ。


木登り、泥遊び、庭弄り、果ては馬小屋に忍び込んだりね。


ふふっ、ちっとも想像つかないでしょう?


勿論当時でもそんな事をする方じゃなかった、本当に時々思い出したようにやり出すの。


――当たり。


私が町の方を眺めていると突然走り出して、外の木に登ったり泥遊びし始めて、それで決まって私も一緒に遊ぼうと誘うのよ。


ううん、大概腕を引かれて引き摺って行かれて無理矢理。


何もかも忘れて散々遊んで、二人して顔も服も泥だらけにして。


それでね、ティアファナ様は仰るの、「アナの服が汚れたから新しいの買いましょう」って。


……ありがとう、ハンカチ洗って返すわ。


 それまでにだって、私の誕生日にはご自分で編んだレースとかを下さったのよ?


私、初めてあの言葉を言われた時の事、絶対に一生忘れないわ。


ブレント様にはティアファナ様と一緒にとても可愛い服を頂いたの、私の宝物の一つよ。


それがあってから気をつけていたつもりなんだけど、どうしてかティアファナ様にはわかってしまってね。


そう思う?……そうだと嬉しいわ。


私だってティアファナ様が塞ぎ込んでおられた時は、もう世界が真っ黒だったもの。


…………万が一の為に新しい鉈を買っておく事にするわ。


ケニス様が二度とあんな真似をするとは思えないけど、まあ念には念を入れてよ。


 ええ、そう、家族のようだとか親友のようだとか、そんな言葉じゃ言い表す事なんて出来ない。


とても大切な人、とても、とても。









「ところで、どうして突然そんな話を聞きたがったのよ?」


「勿論、君が敬愛して止まない君の主がどんな方か、知っておかないと」


「そう?でも前にお会いしてみてわかったでしょう?私がどんなに言葉を尽くしたって、あの方の素晴らしさは目で見て心で感じて初めてわかるものなのよ」


「うん、よおくわかった」


 深く頷いちゃって変な人ね。


そういえばこの人に初めて会った時も変な人だと思ったっけ。


学者を目指してる末弟がお世話になってる学者先生だって言うから、一体どんな偏屈そうなお爺さんかと思ったら二十代も半ばのこの人で。


休暇に時折ふらりとこっちにやって来て、今日みたいに私が食事の差し入れをしたりして早数年。


今じゃもうこの人相手に敬語すら使わなくなった。


学者ってやっぱり変わり者が多いんじゃないかと思うわ、この人ったらそういうのも気にしないし。


「それで、お願いしていた物は?」


「大丈夫、ちゃんと持って来たよ」


 手渡された袋の中身を確認すると、ティアファナ様の笑顔が浮かんできて嬉しくなる。


これは西の方の町にしか流通していない花の種だ、あの方はきっと喜ぶに違いない。


「今回はどれくらい滞在するつもり?」


「うーん、事と次第……いや、君次第かな」


「私?まあ、ティアファナ様方は今ちょっとしたご旅行中だからいいけど。図書館漁りでも付き合うわよ」


 学者と言うよりこの人は本当に本の虫だ。


専攻しているのは地形学というやつで、以前ティアファナ様と初めて顔を合わせた時に二人で何やら話が弾んでたっけ、それを見て不機嫌そうだったケニス様まで後には楽しそうに参加していたけど、私にはちんぷんかんぷんだ。


顔は悪くないと思うのに、この人にとったら女性より本の方がセクシーだなんて言い出しかねないわ。


「ああ、聞いたから知ってるよ」


「ご旅行の事を?お二人から?」


 また頷かれるのに首を捻ってしまう。


それになんとなくむっとした、私でさえあの時はまだご旅行に行かれるなんて聞かされていなかったのに。


すると違うよと苦笑される。


「僕が小さい頃住んでいた場所がとても美しいところでね、地形学を始めたのはそれがきっかけだと話したら、お二人が興味を持たれたというだけの事だよ」


「そうだったの。でも何も私を置いて行かなくてもよかったのに」


「それは僕が頼んだんだ」


「はあ!?な、なんて事するのよっ、私はティアファナ様の侍女なのよ!?どんな時でもお傍を離れないと誓ったの!」


「うん、そう言うだろうと思ったから、直接ミセス・バークレーにお願いしに行ったんだ」


 さっぱり意味がわからない。


でもいつの間にかこのへんてこりんなこの人を好きになっちゃっていた自分もよくわからないのよね。


本にばかり噛り付いてて、私にはわからない土の話を楽しそうに話すこの人を、いつの間にか好きになっちゃってた。


この人は女性より本に夢中だから横から妙な女が出て来る事はないだろうけど……でも恋敵が本ってどうなのよ。


「アナ」


「何……え?」


 突然手を差し伸べられて、思わずそこに手を置くとぎゅっと握り締められた。


どうかしたのと尋ねる前に私は息を飲んでしまった。


だって、だってこれって!


「君がミセス・バークレーをとても大事に思っているのはよくわかった、彼女と同等やそれ以上にして欲しいとは言わない。彼女の事を、弟達の事を、お父さんの事を、大事に思う君を愛する権利が欲しい」


 私は自分の指に嵌められた指輪からそっと顔を上げる。


そして小さく笑いが零れた。


「愛する権利なんて、仰々しいわね。私はお貴族様じゃないのよ、学者先生」


「僕だって先生なんて呼ばれるにはまだまだ若輩だよ」


「だったら先生でも学者さんでもない、貴方の言葉で言えばいいの、本じゃなくて心から出た言葉でいいの」


 その言葉に笑って頷かれる。


「君を愛してる。僕の花嫁になって欲し――」


「なるわ!私も愛してる!」


「うわっ」


 飛び上がって抱きつくと、私達は勢いのまま床に倒れ込んで、顔を見合わせてからお腹を抱えて笑った。


 ご旅行から帰られたティアファナ様にちょっと拗ねながら打ち明けると、私と同じように飛び上がって抱きつかれた。


今お心はもうすっかり大人の女性になられて、昔のような振る舞いをしなくなった淑女のティアファナ様が。


歳相応の少女そのものにはしゃいだ声でおめでとうと何度も言って下さった。


 自分で言うのもなんだけど、顔には出してなかったつもりだったのに、ティアファナ様にはやっぱり私が彼の事を好きだったのがわかっていたみたいだった。


気付いてからどうにか彼と対面して彼の気持ちが私にないなら、好機を作ろうと彼の滞在地まで用意するつもりだったらしい。


私の為にそこまで考えていてくれたなんてと、また泣きそうになってしまった。


「ありがとうございます、ティアファナ様」


「いいのよ、私も貴女が幸せになってくれるのがとても嬉しい」


「わ、私……私っ、ティアファナ様とお会い出来て、お仕え出来て、ほ、誇りに思いますっ」


 私の涙をハンカチで拭きながら、ティアファナ様はそれはお美しく微笑まれた。


「私も同じ。だってアナは、私の心のお姉様ですもの」









 彼女と出会えていなかったのなら、私の人生はどうなっていただろうか。


最悪、下請けの小さな町工場で奴隷のように扱われていたかもしれない。


逃げ出さずとも大方、原因を作った父を恨み、弟達を疎ましく思った事だろう。


今全てに感謝を捧げる事はなかっただろうと断言出来る。





大好きです、ティアファナ様。







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