私の中の一番
「あ、お嬢様……?」
客間の扉の前まで到達した時、メイドが私とジークに気づいた。
「今すぐ氷嚢を用意して! 早く!」
「は、はいっ」
「リエット、大丈夫だよ」
「大丈夫なわけがないです! 足だってふらふらじゃないですか! なんで、どうして……!」
視界が歪み、涙がポロポロとこぼれる。
「どうして、無茶するんですか! これで死んだらどうするんですか!?」
「いや、リエット、僕は煮ても焼いても死なない男だろう?」
客間の寝室までジークを連行していた私は、今の一言にカチンと来る。
「……死にましたよね」
「いや、あれは仮死で……」
「あの時、私はジークが死んだと思いました。私のせいで、死んだと思ったんです!」
「リエット……」
「ジークはいつも厳しい訓練ばかりで、苦手なアナグラムも免除してくれないし、女だからって容赦もしてくれない……いなくなったらせいせいすると思いますが、本当にいなくなったら……いなくなったら……誰が私をかまってくれるんですか!!!!!」
「リエット」
ジークがこちらに伸ばした手を振り払い、そのまま足払いでベッドに倒す。
「ホワイティア先生を呼んできます! そこで大人しく寝ていてください!」
私が叫んだまさにその瞬間、寝室に父親が入って来た。
「マリエット、何をしているんだ!? この男性は!? どう見ても高貴な身分の方に思えるが……え、血!? マリエット、まさか」
「お父様は黙っていてください! これから宮殿まで行って、ホワイティア先生を呼んできますから!」
「宮殿!? ホワイティア先生って……宮殿医だろう!? なぜ、町医者じゃないんだ……? それになぜ暴力を」
「お義父さん、この怪我はリエットとは無関係です!」
「!? お、お義父さんだと!? わしは知らんぞ、こんな男は! なんなんだね、君は! いくら顔が良くても人の屋敷に」「お父様は出って行ってください!」「マリエット」
そこで寝室を出て前室に出ようとした瞬間、メイドと鉢合わせする。
メイドは驚いて「ひぃ~」と叫ぶ。
「早く、ジークの世話をして! 全身が燃えるように熱いの!」
「は、はいっ、お嬢様!」
「マリエット! これから縁談相手と会うんだぞ!? 宮殿に行っている場合か!?」
「毒で発熱している可能性があるんです! 今すぐ、ホワイティア先生に診てもらわないと……ジークが……ジークが死んじゃうかもしれないです! だからお父様は黙っていてください!」
「マリエット!」
そこからは無我夢中だった。
せっかくのドレスが滅茶苦茶になるのも構わず、鞍もつけずに馬に飛び乗り、一目散で宮殿へ向かう。
頭の中で思うことは一つ。
(嫌だ。カタコンベの二の舞にはなりたくない! ジークを失いたくない。ジークを死なせるわけにはいかない!)
泣きながらホワイティア先生のところへ行くと「ど、どうしたんじゃ、オルリック嬢!?」と仰天され、ジークの容態を伝えると……。
「わかった。そういう刺客が使う毒はある程度相場が決まっとる。それに症状を聞くに、思い当たる毒がある。解毒剤の用意もあるから大丈夫じゃ。それにジークフリート卿ほどになると、ある程度の毒に耐性をつけておる。少しずつ毒を服用し、体を慣れさせるという特殊な訓練を受けているんじゃ。誰もができる訓練ではない。だから安心するのじゃ。……どれ。久々に馬車ではなく、馬に乗るかのう」
こうしてホワイティア先生は厩舎で馬を借りると、私と一緒に屋敷へ向かってくれる。そしてすぐにジークのことを診てくれて……。
「大丈夫じゃ、オルリック嬢。話を聞いたところ、ジークフリート卿は自身で応急処置をしていたし、毒を抜くための処置も自分で行っていた。だからこそ、熱と血が止まらない程度済んでいた。そして今、解毒剤も飲ませたから、もう大丈夫じゃ」
ホワイティア先生の言葉に、私は安堵と共に緊張の糸が切れ、その場にへたりこむ。その体を支えてくれたのは、ホワイティア先生とお父様だった。
◇
ホワイティア先生を乗せた馬車が宮殿に向け出発すると、父親は私をリビングルームへと連れて行く。
「縁談相手には仲介人を通じ、連絡をしておいた。屋敷で病人が出て、それが感染る可能性がある。ゆえに延期して欲しいと。仲介人は事情を察し、快諾してくれた。おそらく先方も出来た方だから、理解を示してくれるだろう。……縁談の顔合わせは、やりなおせると思うよ、マリエット。まあ、本当にお前がそうしたいのなら」
「お父様……ありがとうございます。そしてごめんなさい。取り乱してしまい、詳しい説明もせずに……」
「いや、さすがにわしでもわかった。あのジークフリート卿というのは、マリエットにとって、大切な人なのだろう? だからこそあそこまで取り乱した。自分のためではなく彼のために、マリエットは必死だった」
「そんな……私はただ、ジークが目の前で死んだら寝覚めが悪いからと……」
すると父親は首を振る。
「それだけじゃないと思う、マリエット」
「お父様……」
「マリエット自身が気付いていないようだが、間違いない。マリエットはあのジークフリート卿が大切なんだ。かけがえのない存在。自分の半身のようなものだ。絶対に失いたくない。失ったら光がこの世界から消える。それぐらい大事に思っているはず」
「そんな……」
そんなはずはない――そう思ったが、ジークを失ったら私は……。この世界が闇に包まれる。そして私は絶対に復讐するだろう。ジークを傷つけた人間に。ジークを死に追いやった人間を、私は決して許すつもりはない。必ず見つけて、息の根を止める。私の全てをかけ、地獄の果てまで追い詰めないと気が済まない。
「マリエット」
ハッとして父親を見る。
「……縁談は……断ろう」
「お父様……!」
「ジークフリート卿から聞いた。彼は……あのミラーの副長官なのだろう? そしてマリエットは……彼の部下をやっていると」
「……っ、ジークのバカ! どうしてお父様に」
「これまでマリエットがコルネ伯爵やレグルス王太子殿下や宮廷医を守るため、奮闘したという話も教えてもらった。メイドをやりながら、諜報員もやっていたなんて……。我が娘とは思えない」
「申し訳ありません、お父様。とんだじゃじゃ馬娘ですね」
「その逆だよ、マリエット!」
ビックリする私に父親は驚きの言葉を告げる。
「誇らしく思うよ、マリエット」
「……お父様……!」
「ジークフリート卿がマリエットをミラーにスカウトしたのだろう? 彼は先見の明がある。わしなんかよりマリエットのことをよーく見ていると思う。父さんは……ジークフリート卿こそ、マリエットに相応しく思える。彼は心からマリエットのことを愛していると思う」
◇
まさか父親に諭されて、自分の気持ちに気が付くなんて。
嫌い、嫌いも好きのうちなんて、あるわけがないと思っていたのに。
(一体いつからなのかしら? 私、いつからジークが好きだったの?)
答えはわからない。
ただ、ジークが気付けばいつもそばにいて。
何かと私を構い、気にかけてくれること。
それが当たり前であり、それがなくなる人生はもう考えられない状態になっていることを、今さら自覚した。この気持ちが何に基づくものなのかも、わかってしまった。
ルイーザ様命、だったのに。ジークはとっくに私の中の一番になっていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
リエットが遂に自分の気持ちを自覚するも
ジークの容態は……?
明日も更新いたします☆彡
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