ちょっと無茶をしたかな
「……しばし王都を離れる必要がある」
そう僕がリエットに告げた瞬間。
最愛の表情が変わる。
でもその変化は普段から彼女のことを見ている人間にしかわからないだろう。
瞳の奥が輝き、口角が少しだけ上がった。
頬がほんのり淡く赤くなっている。
色っぽくもあり、何やらよからぬ企みが浮かんだ時の表情だ。
(うーん……。僕の最愛は何を考えているのかな)
「そうなのですね……! それは……とても好都合ではなく、残念です。はい、心から残念に思っています」
(なるほど。間違いなく、悪いことを考えているなぁ。僕が王都を離れることが好都合。これは……)
もし僕とリエットが正式に交際しているなら、「浮気」に当たる案件が動きそうな気がする。
ミラーの副長官ともなると、百戦錬磨で生きるしかない。ありとあらゆる経験を積み、多くの人間の表情の変化を読み取ることで、脳内で独自の分類ができている。
(まいったな。今回の任務、わりと面倒なんだ。他の者には任せられないし、任せたところで犠牲者を出すだけ。辞退はできない。そしていくら僕でも移動時間は必要で、どうしたってある程度、王都を離れる必要がある)
「……リエット、棒読みに思えるのは気のせいかな?」
平静を装い、軽口を叩くようなノリにしているが、心中は穏やかではない。
「気のせいだと思います。あ、よかったらこちらをどうぞ」
そこでリエットが差し出した物を見て「Oh my goodness!」だ。
(新人に毛が生えた程度の諜報員がやりがちな失策その5をリエットがやるなんて……。僕の教えが甘かったな)
気配を消すのが得意な相手に香水を振りかける……気配で察知できなくても、匂いで感知する。その発想自体は悪くないが、簡単に覆されてしまう。
なぜならその香水を別の人間につけて近づかせ、そちらに気が向いている間に、別の角度から狙うことができるからだ。
(はあ……リエット、そんな初歩的なことなのに。「私の好きな香水です。……ジークにぜひつけていただきたくて!」だ、なんてな)
そうまでして僕をぎゃふんと言わせたいのかと、拳で頭をごりごりしたくなるが、それ以上に。
そのリエットの華奢な体を抱きしめながら、胸に切ない気持ちが込み上げる。
(こんなにも好きで、大好きで、愛しているのに。僕の気持ちはリエットに届かないのか)
甘くほろ苦く狂おしい気持ち。
(では諦めるか? ……無理だ。初めて会った時。諜報員でもないのに、豪胆で物怖じしないリエットは、僕の好みのど真ん中だった。一目見た時から運命を感じた。僕には……リエットしかいないと)
諦めが悪いのもジーク様の強みだ。
こうして僕は一計を案じることになる。
◇
「えっ、ジーク副長官、一人で任務を遂行するって……どうして、ですか……?」
「すまないが、急いでいるんだ」
「へ?」
僕の言葉に部下は、ぽかんとした表情で固まる。
「僕は今回の任務を、最短最速で終えて王都に戻る必要がある。移動は強行軍、任務遂行は荒っぽくなるだろう。それに君を付き合わせるのは申し訳ない」
「!? ジーク副長官、今回の敵は凄腕の刺客約二十人と聞いています。もう少し多いかもしれない。それをお一人で……それはさすがに」
「無理ではないさ。僕の最高記録は君ぐらいの年齢の時の三十九人だ」
笑顔でウィンクすると、部下は今度は驚愕の表情に変わる。
「さ、三十九人!? 相手はただの兵士や騎士ではないですよね!? その道のプロだと思うのですが!」
「まあ、その時は運がよかったかな? 何しろ殿下が一緒だった。殿下が残りを引き受けてくれたから、倒せたようなものだ」
「な……それならば自分が今回、殿下の役目を負います! ジーク副長官をサポートしますから!」
この健気な言葉にはグッとくる。
「いい心意気だ。君は伸びしろがある。間違いなく、いい諜報員になれるだろう。ここで僕の荒行に無理に付き合う必要はない。王都は共に出発している。任務に出向いていないとはバレない。残りの三人と共に、しばらく好きにしていてくれ」
「そんな……ジーク副長官……!」
◇
「貴様、よくも……うぐっ」
「すまないね。急いでいるんだ」
「かはっ」
残りは三人、か。
剣についた血を払い、目の前の敵に向け構える。
(しかし、偵察した奴は誰だ? 他国からの刺客?)
突き出される剣を避け、三時の方角からの矢をかわす。
(刺客というのは半分は正解で、半分は間違い。半分は確かに刺客だった。だが残りは……)
「おっと、こんなところに罠があるじゃないか」
足元の地面には落とし穴。それを避けるとロープが張ってある。
(なるほど。この方角に追い詰められていたわけか。やっぱり暗殺組織の相手は骨が折れるな)
「はあっ」
「ええいっ」
二人の剣を受け流し、矢を避ける。
(射手が邪魔だな)
「よーし、わかったぞ。あえて隙を見せたら、見事に狙ってくれた。どこにいるかも見抜いたぞ」
いくら軽口を叩いても、敵は完全無視。そして――。
「はーっ」
「やーっ」
二人同時で振り下ろされる剣を受け、押し返し、左手でスリングを勢いよく振る。
射手は僕の動きに気づき、逃げるが――。
(惜しかったな。逃げる方角を把握した上で投げたのだから)
これで目の前の敵にだけ集中すれば――。
その目の前の敵の一人が、わざと自らが仕掛けた罠に足を引っ掛けた。
(やられた……!)
耳を澄ましながら、どこから矢が飛んでくるかと考える。
(ロープを使った罠の常套は、飛んでくる矢だ!)
わざと罠のロープに足を掛けた男の顔を見て、その目の動きを読み取ると……。
(正面! まさかこいつら、死ぬ覚悟で……)
「うっ」
「うぐっ」
ギヌウスの二人は同時にくぐもった声を出し、口から血を流す。
(逃げきれない……!)
仕方なく全身の力を抜き、仰向けに倒れこむ顔面すれすれを、血を散らしながら、矢がものすごい勢いで通り過ぎていく。
ロープに足を引っ掛けると矢が飛んでくる仕掛け。自らが射貫かれることを覚悟で罠に踏み込むなんて。
(だがこれで敵は自滅して任務完了――)
全身に矢を受け、もう絶命していると思ったギヌウスの一人が、倒れながら短剣を取り出した。
(おいおい、それはさすがに反則だろう! 死者は死者らしく、安らかに眠ってくれよ!)
慌てて横に転がり、なんとか避けた――と思ったが。
(かすったか……)
短剣がほんのわずか、脇腹に触れた。
着ていた上衣を切り裂いたが、皮膚が裂けたぐらい……そう思ったが……。
「血が止まらないな……」
そこで「ああ」と気づく。
おそらく短剣に毒が塗られていた。
応急処置をしたが、解毒剤は……。
(王都に戻るしかないな)
ギヌウスが使うような毒に効く解毒剤は、材料を集めて調合するしかなかった。そしてその材料を全て集める時間と王都へ戻る時間を考えたら……戻った方が早い。
「今回は……ちょっと無茶をしたかな」
リエットの顔が瞼に浮かぶ。
「会いたいな。リエットに」
(もつか。いや、もたせて見せる。最期にリエットの顔が見たい)
しだいに熱が上がる体に鞭を打ち、僕は最愛がいる王都を目指す。
お読みいただき、ありがとうございます!
明日でGW終わりですね
のんびり過ごせましたか?
お出かけで忙しかったですか?
筆者はひたすら原稿を書いていましたよ~
さてさて。次は来週13日の金曜日ではなく水曜日に公開します☆彡
















